リハーサルが始まる前の空っぽの音楽ホールには、完全な静寂が広がっている。そこに演奏家が登場し歌を歌い楽器を奏でると、その音の振動は空気を伝わり、ホールを響かせる。その響き、音楽は、ホールに集い聴く私たちひとりひとりの心を震わせる。

新型コロナウイルス感染症によるパンデミックで私たちは、一度は、ホールに入ること、人と集うことすら許されない状況に置かれた。再びホールに演奏家たちが楽器を手に集まり、音楽を奏で、客席に集う人たちがその音楽を聴いた時、その聴き手の心の振動がホール中に満ちるのを感じた。集まって、音楽に耳を傾ける。その心の震えをお互いに感じる。これは人間が大昔から行ってきた営みであり、人間が人間らしく豊かに生きるということではないか。

心の震えを感じるのは、人が集えばホールでなくてもよい。ホールに来られない方のもとへ演奏家と音楽をお届けするアウトリーチでは、学校でも病院でも介護施設でも、心がこもった音楽があって、聴き手が耳を傾けている時、その心の振動が、その空間に満ちている。
最初の緊急事態宣言後、初めて再開できた保育園のアウトリーチは、私たちも手探りだった。演奏家は園庭で演奏、トークもまったくなしで、窓を開けた部屋の中にいる園児たちに次々音楽を聴いてもらった。子どもたちは1つ1つの音楽に反応して、その音に心を震わせて、身体を動かしたり、くすくす笑ったり、感じたことを思い思いに口に出していた。

コロナ禍だろうと、手軽に手のひらで音楽が再生できる時代になろうと、音楽が空気を動かし、その場に集う人々の心を震わせ、「音楽ってすばらしい」「生きているってすばらしい」と思わせてくれる、それはずっと変わらない。パンデミックを経験した今だからこそ、よりその想いを強くしている。