奇跡のバランスでなりたつ美術の場所
秋田市内の古くから栄えた歓楽街のはずれで「ココラボラトリー(通称:ココラボ)」というアートスペースの運営を始めて3年半がたつ。
「ココ」(coco)に、「地域」(ここ)、「個人」(個々)、「共同」(co-)という3つの意味を込め、このスペースが「それぞれが自分の得意分野で力を出し合って、皆で地域を充実させる実験室」となるよう思いをのせた。展覧会のみならず、芝居や音楽ライブ、パフォーマンスやトークイベント等、ジャンルを越えた表現活動を日常的に楽しんでいただけるよう、スペース提供と企画でプログラムを構成してきた。
地方都市でこのようなスペースを個人事業として展開するには相当な勇気が必要だったが、3年半の継続が実現できているのは、この土地に存在する「奇跡のバランス」によるものだと実感している。
スペースはこんな感じです。 |
いつも手作業で改装。 |
田舎には無い刺激を求めて京都の美大へ進学し、卒業後もそのまま天下の文化都市に住みついていた私は、正直に言って当時、秋田の美術をどこかばかにしていた。
しかしながら帰郷してみると、地元の美術工芸短大の卒業生が地域で存在感を増していて、特に、グラフィックデザインの事務所や、工芸の個人工房を立ち上げていた同世代の人の持つセンスの良さに、はっとさせられた。秋田の現在進行形の文化に可能性を感じはじめた瞬間だった。彼らの中で地方文化は、前進することをやめていなかったのだ。
そのような状況で、彼らのようなデザイナーや美術、工芸作家など、地域で点々として存在するあらゆる表現者のミーティングポイントの必要性を感じるようになり、ココラボの開業を構想していた時に、その実現を確信できるいくつかの出会いに私は恵まれた。
第一に、現役のアートコレクターの存在。秋田市在住の医師で、驚くことに彼は、数百点に及ぶ草間彌生氏のコレクションをはじめとし、さらにリチャード・ロング氏が滞在制作した壁画のコミッションワークなども自身の医療施設に展示している。さらに彼は、フォーエバー現代美術館というノンプロフィットのスペースで、コレクション作品と最新の現代アートを紹介する企画展を随時開催している。
第二に現代美術作家、村山留里子氏。秋田に在住しながら東京のコマーシャルギャラリーに所属して勢力的に作家活動を続ける彼女は、沢山のアート関係者や作家仲間に秋田を紹介してくれるキーパーソンだ。
第三に、移住またはUターンしてきた、驚くほどハイセンスでクオリティーの高い「空間」や「食」をつくり出す、同世代の経営者たち。私は彼らのセンスに絶大な信頼と尊敬の念を持っている。この同世代の存在が最終的にココラボの開業を後押ししてくれたと言っても過言ではない。
同ビルの書籍販売店。 |
同ビルの服飾資材工房。 |
このように、作家のインスピレーションを支える最高の空間と食を提供してくれる店があり、現代美術の最先端を体現するアーティストがいて、アートの最高峰を鑑賞できる環境を与えてくれるコレクターがいる。そしてさらに、それぞれの表現にフィットする発表の場、その活動の魅力を最大限に生かして伝えてくれるデザイナー、洞察力に優れた鑑賞者もいる。これが先に述べた「奇跡のバランス」である。
私は、実に贅沢なこの巡り合わせの間に立って、これらが全体としてよく機能するようにバランスを維持していくことを自らの役目だと考えて活動してきた。言い換えると、何か地域で表現しようとしている全ての人が、ベストの状態でそのイメージを成就できる環境を整えるということを必死にやってきたのだ。
「すてき!ヒューマンスケールね!」
上海から訪れたキュレーターが秋田のまちを見て言ったこの言葉が、なんだかとてもキラキラして私の中で輝いている。この小さくても良質なアートを取り巻くコミュニティーが今は誇らしい。3年半を過ぎたココラボの活動は現在、そうして安定した環境を整える一方で、この物理的に小さなコミュニティーに必ず訪れる閉塞感に、ベストのタイミングで風穴をあけていくことにシフトしてきている。
100m歩いて100人とすれ違うか、1人とすれ違うか、これは表現し続ける者にとって実はとても重要なことだと気がついたからだ。人口の少ない地方都市では他者から受ける刺激が少ない分、クリエイティブな精神が滞ってしまうことがあることは否定できない。
そこでココラボでは別のコミュニティーから積極的にゲストを招くようにした。それは都心部でアートを生業とするプロであったり、農家の人であったり、自転車乗りであったりとさまざまであるが、彼らゲストが吹き込む新しい風によって閉塞感が打破された時、ここでしか存在し得ない、濃密な場が生まれる。また逆に、それがゲストにとってもまたとない貴重な表現の場になり得るところが本当におもしろい。
時にはお膳並べての座談会も。百杯会HP参照。 |
美術批評家の方に「都心部が美術の中心であるというのは幻想だ。実際には中心になるような場所などどこにもなく、各々がベースとする場所を互いに移動するしかないように思う」という言葉をいただいた。移動する時も移動を受け入れる時も、この奇跡のバランスが最もその価値を生かせる場を追求していきたい。
(2008年8月21日)
今後の予定
2008年8/30-9/7
秋田駅前のストリートにて音楽とアートの野外イベントを開催します。
金氏徹平個展 12月上旬
ココラボのビルの3階にある企画室「project room sasao」にて、新進気鋭の現代美術作家金氏徹平氏による個展を開催します。
関連リンク
おすすめ!
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福禄寿酒造株式会社
>特別純米酒「一白水星」
「奇跡のバランス」には秋田の美酒もかかせません。私の幼なじみが心をこめてつくっているお酒。本当に美味しい!
次回執筆者
バトンタッチメッセージ
2008年は北東北アートネットワークの中心になってオペレーションしながらも広報、作品制作もしっかりこなす、そのパワー。そして優しさ。尊敬しております!
日本の各地でアートプロジェクトを率いてきたそのノウハウをこうして近くで学べることに感謝しつつ、ともに盛り上げていきたいと思います。