第2回トークセッションレポート
ゲスト:森隆一郎 [アーツカウンシルさいたまプログラムディレクター/合同会社渚と 代表社員]
田村かのこ[アートトランスレーター]
Introduction
TAMスタジオは、アートマネジメントの現場にかかわっている人の学びたいことや悩みごと、相談ごとを取り上げ、「みんなが抱える"もやもや"に向き合う」トークセッションを開催し、それを柱に前後で参加者ミーティングとグループワークを実施しながらメンバーの学びを深める通年のプログラムです。アートマネジメントをとりまくさまざまな人・モノの関係性の再構築を試みるとともに、勉強会の実施やTAMスタジオで得た学びをネットTAMのサイト上で共有するためのコンテンツを制作していきます。
第2回のトークセッションはゲストにアーツカウンシルさいたまプログラムディレクター/合同会社渚と 代表社員の森隆一郎さんを迎え、日ごろのもやもやについて存分に語り合った様子をレポートします。
江東、いわき、東京、そしてさいたまへ
数あるアートマネジメントの職種の中でも、自身の軸は「コーディネーター」であると語る森さんのキャリアのスタートは、江東区文化センター(東京都江東区)の非常勤職員。のちにティアラこうとう(江東公会堂)へ移り、90年代は江東区の地域に根づいた講座やイベント企画を経験されました。2002~2016年で実施されたアサヒ・アート・フェスティバルには実行委員として参加。2007年からは福島県いわき市に拠点を移し、いわき芸術交流館アリオスの立ち上げに携わります。震災後は東京に戻り、東京文化発信プロジェクト(現・アーツカウンシル東京)のPRディレクターに就任。2022年からアーツカウンシルさいたまのプログラムディレクターとして、さいたま市の地域における文化活動に向き合いながら、2018年に立ち上げた「渚と」の活動も継続されています。個人では、トーキョーアーツのれん会と題したコミュニティの運営も自主的に行い、情報交換と交流の場を創出し、コロナ禍以降もオンラインとリアルの併用で続けています。
いわきアリオスで実践した「関係性のマーケティング」
いわきアリオスでは、全国初の"マーケティング・マネージャー"という肩書を得て、地域とかかわっていくことになった森さん。全国初の役職なので当然前例がない中で、森さんは「関係性のマーケティング」という概念を考え出し、市民とどう関係をつくるのかを主軸に、企画、広報、宣伝、リサーチなど幅広く地域にアプローチしていったそうです。
たとえば2008年~2010年に取り組んだ「アリオス・プランツ!」は地域で活動している人たちと意見交換や実践などを通して、新たな活動や場づくりを考えるプロジェクト。東日本大震災発生直後には自分たちなりの「復興」を考えていこうと「アリオス・プランツ!」の新たな試みとして「アートおどろくいわき復興モヤモヤ会議」を行いました。
森:震災後、みんな意気消沈していました。プランツはそもそも何もないところからみんなが物事を立ち上げていく場だった。だからこそ、もう一度やったほうがいいのではということになって、2011年に再始動したんです。
アリオスは避難所になっていて使えなかったため、駅前の会議室を借りて、"アートな視点"というテーマで、この複雑な状況をどう考えるかを話し合ったそうです。
森:たまたま会った人と「最近どうしてたの?」とか「あのときどうしてたの?そのあとどうしたの?」といった話をすると2〜3時間あっという間に経つんですよ。これはみんな喋りたいことがいっぱいあるんだなと思って、徹底的に話をしてもらおうとつくった場でした。興味ごとにテーマを設けて話し合って「また新しい活動をここから始めようよ!」という方向につながっていきました。
文化的コモンズの構築を目指して
いわきの事例も含めて、森さんの多岐に渡る活動は、「文化的コモンズ」の構築につながるものだといいます。ある共同体の中で誰のものでもないけれど、みんなのものである、曖昧で緩やかに共有しあえる場を文化的なジャンルの中で実現していこうというのが、その目指すところです。
森:文化拠点や博物館、図書館、公民館、神社仏閣、出来事も場所も、お互いが有機的につながり合って構築された「文化的コモンズ」では、そこにある資源、知見やネットワークに誰もがアクセスできる状況になる。誰々がこういうことやってるんで、行ってみてくださいみたいなことが自由に行われる状況がまずあれば、何かを始めたい人のきっかけになりますよね。一方、経済的な効果を追求してしまうことで、一人ひとりが孤立していって、つながりのない社会に結びついてしまうかもしれない。そうならないためにもこういうものが大事だと考えています。
コーディネーターとしてのアイデンティティ
大学時代、社会教育を専攻していた森さん。高校教員と文化センター職員という二足の草鞋からスタートした社会人生活でした。どちらかを選ばなければとなった場面で、江東区文化センターの常勤職員への道を選択します。
田村:仕事を始めた当初に描いていたコーディネーター的な役割と、今とで、森さんの中でコーディネーターの定義って変わってきていますか?
森:最初のころは自分で企画するのが楽しかったんです。こういうコンサートがつくりたいとか、こういう場をつくりたいとか、まずやりたいことが頭にあって、それをやるためにこういうアーティストに頼んで...とか、いわゆるプロデュース的なこと。だから最初は制作とかプロデューサーになりたいと思って仕事をしていたと思います。20代のころから現場を任せてもらえる機会が多かったから、自分で企画したものを最後までやり通す経験を積み重ねて、30代まではそれがおもしろかったですね。
それが40代くらいのあるとき自分で企画した公演を客席の後ろから眺めていて、1200席の大ホールが満席のお客さんで湧いてるのを見て、今まではうれしかったはずなのに、逆に怖いと感じたことがあったんですよ。田村:というと?
森:芸術文化というのは、人の心を焚きつけたり、高揚させたり、とりあえず同じ方向に向かわせてしまう力があると思うんです。劇場でやるコンテンツは比較的そういう方向で盛り上がりやすい。そういう熱狂をつくり出せてしまうことが怖くなったというか。そういう実感もあって、もっと小さいことをやりたいと思ったんです。
アートマネージャー、コーディネーター、ディレクターとは結局何なのか
アートマネージャー、アートディレクター、コーディネーターという仕事の違いについて、とある受講者から、プロデューサーは自分が率先してどんどんプロジェクトを進めていくイメージである一方で、コーディネーターやマネージャーは「伴走者」という表現が近いのではないかという見解が提示されました。そのうちコーディネーターはアイディアを引き出す役割、マネージャーはディレクターやプロデューサーが考えていることの解像度を上げてほしいものを渡す役割を引き受けているのではないか、という指摘も。
これを受けて森さんは「公的なところで働くアートマネージャーの場合は、『社会のさまざまな関係性をアートを通じてマネジメントする』のが仕事だという説明がしっくりくる」と答えます。実際にアーツカウンシルさいたまに寄せられる相談に対して、コーディネーターである森さんの向き合い方は、何かを教えるという立場ではなく、一緒に悩むという立場を取ることが多いそう。まさに伴走するというわけです。
森:できることは相談に乗ること。持てる知識は全部動員して、相談に乗る。そうこうしているうちに相手が目覚めたり、やる気になったりして帰っていく。人の話を最後まで聞くって大事ですよ。アイディアが湧く人ほど、途中で遮ってしまいがちだけど、思いついてもそこは我慢する。それも訓練。専門性にこだわらずに他者を受け入れる余白がある人はコーディネーターに向いているなと思います。
すると具体的な相談の乗り方について、 受講者からこんなお悩みが。
受講者:自分と話したことによって相手が自分の示した方向を信じて進んでいってしまう怖さもある。指導しているつもりがなくても、結果的に相談に乗る/乗られるの関係の中で教育的な側面も生まれてきてしまう気がするんです。
森:コーディネーターの場合は、お互いに知恵を絞る立場であって、壁打ち相手と表現してもよさそうですね。だから上下関係がなくて同じようなキャリアの人同士でも成り立つ。教える立場にならないようにすることもコーディネーターに求められるスキルの一つかもしれません。
コーディネーターに求められる機能は人に蓄積する。コーディネーションを進める際には画一的な対応を前提とした普遍的な仕組みではなく、あの人だからできるという属人的な能力や考え方を活かしていくべきである、という森さんの言葉には、自分の視点に立ち、相手と考えを共有してともに歩む存在としてのコーディネーターの居住まいが表れていると感じました。
地域の暮らしをおもしろく豊かにするためにできることを考える
受講者から続いて挙がったのは、地域との距離感について。地域における劇場ホールのあり方についても、森さんはミクロな視点に徹底してこだわります。
森:地域にいる人材とどういうふうにその場所の生活をおもしろくしていくのか、それが地域に根差した劇場・ホールが取り組むべきことだと思うんです。
そんな地域の劇場の活動を後押しするのもコーディネーターの役割の一つ。
森:社会の中での文化資源の配分を適正にするための職種がコーディネーターなんじゃないかな。そういう意味では、公的な仕組みの中で立場を得て、地域に自分の経験や知識などの資源を還元すること。それによくわからないものに対して一所懸命考える人って意外といない。よくわからないけど大事な気がするみたいな曖昧なことについて、本気で向き合って考える人は、自分以外にはいないのではないかと思って使命感を持ってやっている部分もあります。
予定通りにいかないことを受け容れて進んでいく
アサヒビールのメセナ事業の一環として立ち上がったアサヒ・アート・フェスティバルに実行委員として毎年運営に携わった森さんは、フェスティバルのコンテンツ自体と同様あるいはそれ以上に、そこで生まれる参加者同士のネットワークに意味があることに、次第に気が付いていったといいます。参加者がお互いのプロジェクトを見に行くために交通費を支援したり、参加者同士が各々の取り組みを相互に評価しあう仕組みをつくったり、参加者同士のネットワークの構築を後押しする実践が行われました。
森:実際に起こったことを、後から解釈してこういうことだったのか!と意味付けしていくのっておもしろいですよね。目標を立ててその通りに進めると想定して、全うにいくことはなく、必ずズレる。こういくはずなのにこうなった。これが真理であろうと、震災以降、特に実感をもてるようになりました。
都市に対する鋭い観察と緻密な調査をもとにした都市論で知られるジェイン・ジェイコブスも、発展する都市に重要なものの一つは、状況に応じてその場で対応を考えていく力だといっている。生き残っていくには、そういう不確定性の中で、次の打ち手を考え続けることが肝要なのではないかなと思います。
物事は自分の理想通りには進まない。それは当たり前のことのようで、いざプロジェクトを進める段階で目の当たりにすると戸惑ってしまう場面も多いのではないでしょうか。
「社会はもっとモザイクで、いろんなことが起こるのが当たり前。ある程度行き当たりばったりで余白がないと、こうしたいというのが自分の中にあまりにも強くあると、うまくいかない。」という森さんの言葉には、森さんが今まで曖昧さの中を模索し続けてきた時間と経験の蓄積がもつ説得力がにじみ出ていたように感じられました。
森さんが代表を務める「渚と」には、「陸でも海でもなく、境界線が揺らぐような渚にちなんで、アートと社会とをつなぐ渚のような場をつくりたい」という想いが込められているそうです。それはまさに境界のない、曖昧なものを探ってゆく森さんの生き方そのものであり、それこそがコーディネーターとして、「あなただから」の仕事との縁をつなぐものなのでしょう。
レポート概要
- 開催日:2023年1月28日
- 会場:両国門天ホール
- 登壇者:
ゲスト 森隆一郎さん[アーツカウンシルさいたまプログラムディレクター/合同会社渚と 代表社員]
ファシリテーター 田村かのこさん[アートトランスレーター] - 取材者:前田真美(メセナライター)
森隆一郎(もりりゅういちろう)
合同会社渚と 代表社員/アーツカウンシルさいたま プログラムディレクター
芸術文化の現場制作・広報やリサーチなどに携わる。陸でも海でもなく、境界線が揺らぐ場 =「渚」にちなんで、アートと社会の間に新しい関係性を育むことを目指す。これまで、東京都江東区や福島県いわき市で文化施設の新たなあり方を実践、アーツカウンシル東京でPRディレクターを務め、2018年に独立。現在は、東京藝術大学のプロジェクトや銀座ヴィジョン会議、横浜美術館ウェブリニューアルなど多様な活動を進める。2022年10月よりアーツカウンシルさいたまプログラムディレクター。共著に「文化からの復興 市民と震災といわきアリオスと」水曜社
https://www.facebook.com/nagisatoinfo
田村 かのこ
アートトランスレーター
アート専門の翻訳・通訳者の活動団体「Art Translators Collective」代表。人と文化と言葉の間に立つ媒介者として翻訳の可能性を探りながら、それぞれの場と内容に応じたクリエイティブな対話のあり方を提案している。札幌国際芸術祭2020コミュニケーションデザインディレクター。
前田真美(メセナライター)
1992年生まれ、東京都出身。東京大学建築学科を卒業後、同大学学際情報学府にて修士号を取得。大学院では、島根県の《しいの実シアター》で行われる国際演劇祭にボランティアとして参加し、「劇場とまちづくり」テーマに研究を行う。2017年より建設コンサルタント会社に勤務し、公共施設の整備や海外の都市開発計画を経験。アーツアカデミー東京芸術劇場プロフェッショナル人材養成研修・令和3年度研修生(演劇制作)。
※メセナライターとは
公益社団法人企業メセナ協議会が情報発信事業の一環として、企業による多様なメセナ活動の姿や現場の声を、企業をはじめ一般の方にも楽しくわかりやすく伝えるため、2015年度より取り組む外部ライターによる企業メセナの理解促進とそれによる人材育成活動。
https://www.mecenat.or.jp/ja/column/visit/14055