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第2回トークセッションレポート(後編) 「生活と地続きに展開するアートマネジメント」

ゲスト:堀切春水[NPO法人BEPPU PROJECTプロジェクトマネージャー]
モデレーター:野田智子[アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役]

アートマネジメントを志すうえでの心構えやこれからの未来のアートマネジメントについて1年間にわたり実施してきたTAMスタジオ2023。いよいよラップアップ目前となった2024年2月に第2回のトークセッションが開催され、スタジオメイトの学生たちが再び全国各地からトヨタ自動車株式会社東京本社に集結しました。モデレーターの野田智子さんとゲストの堀切春水さんのトークから、アートマネジメントの現場で起きていることを学生たちが自分ごととして捉え直し、それぞれが自分の次の一歩を踏み出すための手がかりを探っていった1日をレポートします。

自分たちの生活に必要なものをプロジェクトにしていった甲府の日々

レクチャーの後半は、堀切さんのBEPPU PROJECT参画の前日譚として、山梨県甲府市で取り組んでいたアートプロジェクトについて語っていただきました。

愛知で初めてアートの仕事で手応えを感じ、その後もアーティストのマネジメントや企画運営をするなどの活動を続けていたが、妊娠を機に夫の待つ甲府市に移住。自身のキャリアと家族との生活の二択を迫られ、悩みながらも、子どもとの生活の想像以上の楽しさに、働くという考えを一度捨てたといいます。しかし、縁もゆかりもない甲府で子育てをするなかで、まちに子どもの成長を見守ってもらおうと毎日散歩していたところ、ドーナツ化現象で空洞化が進んでいた中心街の光景を目の当たりにした堀切さんは、自身の子どもがこれから地域で育っていくための土壌をつくらなければという切迫感の中で、気がづけば手探りでプロジェクトを始めていったそうです。

堀切:最初に取り組んだのが、廃業して10年経つ元銭湯「竹の湯」を使った3日間限りの展覧会でした。甲府出身のアーティストで『こうふのまちの芸術祭』を立ち上げた五味文子と出会って、2人で活動を始めて、展覧会をキュレーションしました。小さなイベントを継続して開くことで、アートがお湯のように甲府のまちにあふれ出るきっかけになってほしいなという願いを込めて展覧会タイトルを「Flowing out」と名づけました。

銭湯を老若男女が集える交流の場所と捉え、アートを通した新しいコミュニケーションの場をつくろうとした堀切さん。この展覧会の様子は地元紙でたびたび記事に取り上げられ、生活に潤いをもたらすような現代アートに触れる場をつくりたい思いや、まちの課題である空き家や有休不動産の活用例として見てもらいたい意図が伝えられただけでなく、廃業が続く県内の銭湯の現状が取り上げられるなど、展覧会をきっかけにまちが抱える課題に対する問題提起にもなった。アートを通して、自分たちが必要だと思う場をつくっていただけのはずが、そこから交流や応援の輪が広がっていったといいます。

堀切:地元の住民や高校生、ママ友、市役所の人たちまでが手伝いに来てくれたり、レジデンスに滞在している海外のアーティストが力を貸してくれたり、自然発生的にまちのコレクティブみたいになっていきました。自分たちはやりたいことをやっていたんだけど、周囲の人が社会的な文脈でまちの課題を自覚するきっかけとして受け止めてくれたことも手応えを感じられた瞬間でした。アートは敷居が高いというイメージを持っている方もいるけれど、それが老若男女に開放されて、機能が失われてしまっていた廃業した銭湯という場所の本質的な機能さえも取り戻したという点で、場の空気が動いてることを強く実感した展覧会でした。

それから、甲府では美術教育の基盤がないことに気がついたという堀切さん。将来美術を学びたいと思った若者が学べる場所があまりにも少ないこと、美術に触れ学ぶ場として、県立美術館以外の選択肢として、美術大学や映像系の専門学校がないことが気になっていたところに、NHK甲府放送局から空間活用の相談ごとが飛び込んできたといいます。そこで堀切さんが提案したのが、映像作家の山城大督を講師に迎えた若者向けの映像スクールでした。NHKの映像アーカイブや映像技術・機材を活用した高校生・大学生対象の「映像スクール」プロジェクトとして、山城大督さんディレクションのもと、10名程度の学生とともに3日間の講習と2日間の実習を実施。映像の技術を学ぶためのものではなく、映像の使い方を学ぶプロジェクトというコンセプトのもと、甲府の今を記録する「KOFU RECORDS」というプロジェクトとして動き始めました。NHKが所有する本格機材での撮影・編集の練習などを経て、そのアウトプットとしてファミリー向け撮影会「ビデオレターズ」が開催されました。

堀切:ファミリー向け撮影会「ビデオレターズ」では、2日間で136組484名の家族が参加してくれました。山城さんと3日間映像について学んだ受講生がファシリテーターになって、参加いただいた家族から話を引き出して、それを撮影、編集、DVD化して渡すところまでをやり遂げました。家族の今を撮影し、ビデオレターとして映像記録に残すのですが、日常の当たり障りない会話を引き出して、いつもの普段着のままの家族の会話を残すことを大切にしていたのが特徴です。「家族のいつかの日常」が未来の「わたしたち」に送る、映像の手紙となる。震災やコロナなどを経てみると、何気ない日常が一番大切な家族の記録になるんじゃないかなと思うんですよ。山城さんの掲げた「変わりゆく映像の世界で、人の変わらない思いを撮影する」映像スクールとして、「映像」とは何かを受講生とともに学んだプロジェクトでした。

有休不動産を活用したアートプロジェクトの展開として、次に堀切さんが手がけたのが、一時的な店舗空間をつくり出すアートプロジェクト「temoporary tempo (てんぽらりー店舗)」。買い物をしたいと思った際に、甲府市内に路面店が驚くほど少ないことに気がついたのがきっかけでした。

堀切:甲府は東京から近いこともあって、少しおしゃれな買い物をしたい時には、みんな東京に買い物に行くそうです。でも子どもを連れていちいち東京に出ることはできない。そこで、自分があったらいいなと思える店のようなアートプロジェクトを展開しました。もともと惣菜店だった空き店舗を活用して、「子育てとアート」をテーマに、会場内に親子で楽しめる遊び場やアーティストによるワークショップ、架空のセレクトショップをつくりました。「temporary tempo project」という名称は、いつかテンポラリーがパーマネントになるといいなと願って名づけました。どれくらい人が来てくれるかなと思ったら、開店前に行列が出来てびっくり。自分がほしかったものをみんなも求めていたんだ!とうれしくなって、"とにかくやってみる"ってすごく大切なことだなと感じました。

ほしいものを自分の手でつくり出す、という堀切さんの試みはまだまだ広がりをみせます。学びの場をつくろうと、コーヒーのお伴にアートの話を聞くトークイベントをコーヒーショップで企画。その発想の原点にも、子育てしながら東京に講演会を聞きにいくことが難しいもどかしさや、堅苦しいレクチャーへの苦手意識など、堀切さん自身の切実なニーズや学び続けたい想いがありました。そのほか、リノベーションスクールの構想委員会メンバーとして活動したり、商店街を使ったプロジェクト、アーティストと協働した商品開発、ワイナリーのリノベーションにまで活動の幅が広がり、3年間のうちに個人では抱えきれない規模に膨らんでいく中で、組織でまちとかかわりながら継続したアートプロジェクトに取り組むにはどうしたらいいだろうか、と課題感をもったタイミングで、堀切さんの頭に浮かんだのがBEPPU PROJECTだったというわけです。

自分が求めていることはきっと他の誰かも求めていることだから

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Photo: 冨田了平

堀切:私は子どもや自分がそのまちで暮らして行くために必要だと思って自分がかかわってきた「アート」を通して場を耕したり、自分が必要とすることを実現していったりすることを続けてきました。子どものころ、親から「これからの時代は想像力と創造力だ」といわれて育ったんですが、正直その意味がずっとわからなかった。でも最近は、それって「経験」なのかなと気がついたんです。たとえば自分が子どもを産んでベビーカーでまちを歩いていた時に初めて道の凹凸に気がついて、高齢者や車椅子の方がまちを歩くときの大変さを想像したり、自分が経験してやっとそういう他者への想像力がついてきたなと思えてきたんです。

自分が住んでいるまちに元気でいてもらうこと、生活をする中で必要なものをアートを通して獲得していくことそのものが、堀切さんの中では大きな意味を持っていると語ります。

堀切:段差の話もそうなんだけど、世界って残念ながら弱者のためにつくられていないことに気づいてしまった。自分がそれまで生きてきた世界が揺らぐ感覚になりました。困っていることやこんなものがあったらいいのにっていう声は言葉にして、見えるように発信すると、絶対に自分以外にも同じように感じて賛同してくれる人がいるんだということが、これまでの経験から骨身にしみてわかりました。なので、もしかしてこれって自分だけが抱えている問題なのかもと思ってしまうようなことも、ちゃんと発信して、ここに居るみなさんと一緒にこれからより生きやすい世界をつくっていくために頑張っていきたいんです。

それから出産を経験してみて、アートプロジェクトと出産現場の共通点についても発見があったそう。担当医とは別に、出産前後の日常を妊婦と伴走してケアしてくれる助産師さんたちの存在が、アーティストと伴走するアートマネージャーの姿に重なったといいます。

堀切:ディレクターや行政や市民とアーティストの間に立って調整をしたり、作品制作を実現するために名もなき仕事に奔走することに自信がなくなったり疑問に感じる瞬間も多々あります。でも、命が生まれる瞬間と一緒で、例えこれまでにたくさんの作品を産み出してきたアーティストだとしても、一つとして同じではない作品制作の機会に、自分の限られた想像力や慣れや時間のなさを理由にして、これくらいかな、と簡単にあきらめないようにしたいと思いました。自分の想像を超えてくるアーティストに対して、誠実に対話をしなきゃいけないなと感じたんです。こんなふうに、生活とか自分の身に起きていることが必ずアートの現場での体験につながってくると実感しているので、皆さんももやもやしたり悩んだりすると思うんだけど、それをかたちにして何かプロジェクトに還元していくっていうのができていくといいなと思います」。

伝わる言葉で、伝えるべきことを伝えていくために

レクチャーを受けて野田さんやスタジオメイトから、堀切さんへ質問が投げかけられました。「甲府での活動の源泉には、まちで暮らしていく中で堀切さん自身が気がついた課題に一つひとつ向き合う中で生まれたというのが伝わってきて鳥肌が立ちました。まさにタイトル通り"生活と地続き"」と野田さん。堀切さんは、「教育も文化もアートも、今種を蒔いてもやっと10年後に目が出るくらいのスピード感なので、子どもを背負いながらでも今すぐやらなきゃ!っていう切実さがあったんです」と答えます。

野田:コレクティブっていう言葉は今でこそアートシーンの中で普及してきたけれど、竹の湯の展覧会のように、まちの人たちとのコレクティブを組んでいるような協働体制が自然と生まれてどんどん仲間が広がっていったんだと想像しました。そういったの中で、アートの文脈ではない人たちとコミュニケーションをするときのコツや、堀切さんが意図的にやってることってあるんですか?

堀切:意図的も何も、甲府では周りの人が助けてあげなきゃって思うほど、私が毎日赤ちゃんを背負って必死だったのを見かねて手を差し伸べてくれたんだと思います。一方で別府では、私は組織の一員として仕事でやっているので、まちの人に何か手助けをお願いする時はていねいに説明を重ねます。専門用語をできるだけ使わずに、相手が理解できるであろう分野の何かにたとえて説明すること、平易な言葉で説明することを心がけています。あとは日常のコミュニケーションですね。一方的に、業務的に頼みごとだけしに行くのではなくて、常にまちに顔を出すこと。地域で開かれる会議だけでなく、地区の運動会やバレーボール大会などの集まりにも顔を出しているうちにだんだん楽しくなっちゃって、ビジネスもプライベートもいい意味でまぜこぜになっています。

そのほか、広報や資金調達、個人と組織のプロジェクトの違いなどについて質問がおよびました。別府では、地域への説明や助成金の申請書を書くことを通して、伝えることの大切さを学んだという。自分のやりたいことを実現するために、まっすぐに自分の要望を押しつけるのではなく、言葉を替えて相手に共感してもらえるように翻訳していく技術が必要だといいます。

堀切:相手に伝わるように言葉を選ぶことで、アートが正当に市民権を得て、プロジェクトを実現するために必要なことを知ってもらうことができたりする。組織のおもしろさと、個人のおもしろさは両方あります。個人のよさは自分で判断して自分の責任のもと決断を下せること。でも組織の一員だと、組織としての考えと個人としての考えが違うこともあるので葛藤があります。一方で収入の安定や、活動の場がすでにできているメリットもある。絶対に個人では扱えない規模の予算でプロジェクトを動かせる経験はみなさんにも一度通ってほしいなと思います。

若手のころ、芸術祭の事務局で勤めた経験を回顧すると、会期つきの芸術祭とBEPPU PROJECTのようなアートNPOでは、向き合い方の違いも大きいといいます。

堀切:芸術祭は会期が終わったら一息つけますが、BEPPU PROJECTのような組織は常にプロジェクトが回り続けているので、休む暇もありません。常に火をくべ続けている状態で、人と人の間に立って取り持つ場面も多いし、両者の主張がどうしても噛み合わない時にはどうしようもなく悩んだりするんですが、そういう苦しみが報われる瞬間もあるからこの仕事を続けているんだろうなと思います。

まずは飛び込んでみること、発信してみることで、道を拓いていく

休憩を挟んでワールドカフェ形式のディスカッションが行われ、3〜4人でのグループ対話が繰り広げられました。レクチャーを受けて考えたことや、自分の抱える悩みごと、これから進む先の話など、近い興味関心を持つ同世代だからこそ共有できる率直な思いが飛び交いました。一通りディスカッションを終えたのち、最後に野田さん、堀切さん、スタジオメイト全員で一つの円になり、それぞれのグループで話したこと、今日1日の感想などを発表し合いました。

まずは、自分の企画に誰かを巻き込んでいくときの仲間のつくり方について。自分のアイディアを、相手に自分ごととして捉えてもらうために堀切さんがしていることを質問しました。

堀切:私の場合、たとえば甲府では、やりたいと思っていることや困っている事実を発信して誰か一緒にやりたいと思ってくれる人いるかな?と聞いて回っていました。やりたいことや探していることをまちの人に共有していくことで、仲間になってくれる人を見つけるんです。魔王を目指しつつ、歩きながら道具を集めたり力を貸してくれそうな人を見つけたりする。今思えばRPGのようでした。

野田:BEPPU PROJECTを始めた山出さんも、きっと立ち上げる時には一人じゃできなくて、周囲の人がどうやったら自分のビジョンに賛同できるかって考えたと思うんです。

堀切:BEPPU PROJECTに入って驚いたのが、企画書のつくり込みが徹底していること。それぞれ頭の中で想像力の限界が違うから、こういうことを実現したいです、と言葉だけで説明してもイメージが共有できない。だから、目的やゴールをきちんと描いて、誰が見てもある程度同じイメージが想像できるようにしているんです。アートは、まだ現実に存在しないものをつくり出すわけで、特にまちの人は必ずしもアートの世界で生きていないからこそ、きちんと言語化し、ビジュアルをつくって共有するっていうのはすごく大事です。

次の話題は、アート業界における就職活動で度々目にする「業務経験○○年以上」の応募条件について。

堀切:業界に入って思ったのは、公に募集しているものよりも、直接声をかけてつながっていくパターンの方が主流だということ。気になった活動やプロジェクトがあったら、「何か仕事ありませんか?」って直接行ってみちゃうのもあり。自分も学生のころ、遠慮がちなタイプだったけれど、やりたいことはいわないと伝わらないとある時気がついて、言葉にすると、誰かがヒントをくれたりもします。自分で動けば、チャンスはいっぱいつくれるんです。

この回答を受けて、一度興味のある場所に飛び込んでみて、そこでぶつかった課題やその先にどうつなげていくかが悩ましいという声も。うまくいったりいかなかったりした個人の体験が他の誰かのヒントになればとそれぞれが自身の体験を語り、まさに今この瞬間も手探りでもがきながら自分の進む道を模索しているスタジオメイトたちの切実な思いが表れていました。

悩んでいるからこそやってみるってかっこいい

一人ひとり、1日の感想を話していく場面では、就活中に考えたことや春からの新しい進路と、今日のレクチャーから受けた刺激とが交差するポイントについてそれぞれの視点からの気づきが語られていきました。

「10年後のキャリアビジョンなんて描けない」という意見には賛同多数。「アートにかかわる仕事でおもしろそうなアルバイトはたくさんあるのにおもしろそうな企業が全然見つからない」という声も。一方で、「アートを続けていくか、就職をするかの2択で、どちらか一つしか選べないと思い込んでいたけれど、TAMスタジオのようにアートに関心がある人たちとのネットワークと緩やかにつながりながら、自分とアートのちょうどいい距離感を探っていってもいいんだと思えた」と、前向きな発見をしてくれたスタジオメイトもいました。

また、「今日のトークテーマでもあった"生活と地続き"が、自分がアートとかかわる時に一番大切にしたいことだと再確認できた」というコメントも。多様な実践にチャレンジしているスタジオメイトの一人は、「芸術の周りで社会に接続していくことを考えていて、そのとき、できるかたちで、そのときできることをやっている」と語ります。複数の角度から社会との接点をつくり出すことで色々な人を巻き込んでいく効果的な戦略だと感じました。

同じように、活動の拠点を東京にすることのよさと難しさにも多くの共感が寄せられ、中には両方を経験したことで生まれ育った地元で何かできることがあるのではと気がついたメンバーも。自身のこれまでの生活や人生を振り返り原点に立ち返ることで、新たな展開が生まれていきそうな予感がしました。

アカデミックでの研究を進める中で悩みにぶつかり、春からアートの現場で働いてみることにしたというスタジオメイトは、アートを仕事にしていくうえで生活にかかる収入面で周囲との差を感じてしまうという不安を投げかけました。「たとえば一般的に子育ては収入の差が子どもの体験格差につながる、といわれているけれど、体験という点ではわが家はかなり充実していると自信を持っていえる。それは地域に根ざした活動をしているBEPPU PROJECTで働いて、BEPPU PROJECTの活動に触れられる別府で生活をしているから。どれだけお金を稼いでいるかを気にするのではなくて、自分や家族がどうありたいかを考えて、これで大丈夫と自分が納得できればいいんじゃないかなと思う。私自身、これまでやってきたことは意味があってつながっていると感じるので。「悩んでいるから、やってみる」っていう選択ができるのはかっこいいよ」と堀切さん。会場からも温かい応援の拍手が贈られました。

最後は「タフさがある程度求められるアートの仕事の中で、みなさんどうやって自分のペースを見つけていますか?」という質問が。堀切さんは、自分が楽しいと思えることをしてバランスを取っているそう。野田さんはセルフケアを心がけて、自己肯定感を高めるアクションを意識的に取り入れているといいます。加えて「がんばりすぎないこと」も最近のアートの現場で起こり始めている変化だ、と堀切さんと野田さんは指摘します。

堀切:後続の人のためにもタフに頑張りすぎない。子育てしながら頑張っちゃうと、独身の人はもっと頑張らないと、と負担になったり、子育てしていてもこれくらいできるよね、と変な基準になってしまうと組織自体が疲弊していってしまうのではないかと思います。若いころのように勢いだけで「やれます!」「大丈夫です!」といわずに、家庭の都合や自分の体力を正直に伝えるということを心がけています。それは子どもの有無にかかわらず、自分が長く働き続けるためにも、これからの社会のあり方としても大切なことだと思っています。

野田:たしかに40代のアートマネージャーたちは、長く続けられる仕事として労働環境の整備や、雇用条件や安定的な賃金基準を求めるなど、現状の課題を可視化して変えていきたいと考えていると思います。

タフさがないとアートの現場ではやっていけない、という厳しい環境を少しでも働きやすく、長く健やかに続けていけるような仕組みに変えていこうとする動きによって、「アートを仕事にする」と考えたときの選択肢も、これから先は今よりももっと広がっていくのかもしれません。

社会とアートと私自身と、つながりながら生きていく未来へ

堀切:アートマネジメントの仕事は大変なことの方が多いけれど、まちの人とわかり合えたり、アーティストから労いの言葉をかけてもらったり、自分がかかわった作品を見て誰かが感動している様子を見たりする喜びをみなさんにも見つけてほしい。私はみなさんと同じ歳のころ、自分から湧き上がるエネルギーのやり場がわからない時期があったけれど、みなさんは悩みながらも進んで実践もしていて、尊敬します。アート界の未来は明るいなって思えました。私たちはちょうど価値観の転換の狭間を生きている世代で、気合と根性で乗り切るやり方と、その限界を自覚してどうにかしなきゃいけないこともわかっているので、みなさん世代の考え方や活動は励みになります。

野田:生活を基軸にしてアートプロジェクトに取り組んでいる堀切さんの生き方を尊敬しているので、今日みんなに実践者としての等身大の言葉やこれからの世の中を生き抜いていくための技術を届けてもらうことができてよかったです。春から新しい道に進む人も多くいると思うけれど、今日の時間やTAMスタジオのコミュニティを拠り所の一つにして、健やかに進んでいきましょう。

1年間学びをともにしてきたスタジオメイトにとって、TAMスタジオで出会った言葉や仲間の存在は、大学や大学院という場所を旅立ち、社会とアートとのかかわりの中で自分の役割や生きがいを探っていく過程で、ある種のお守りのようなものになることでしょう。アートとのかかわり方もキャリアの積み方も一つとして同じものはなく、人それぞれのペースがあり、距離感があり、本当の意味で多様です。仮に現時点でどんな選択をしようとも、この先の長い人生の中でアートと接点を持ちながら生きていくことは、あらゆる方法で誰しもに開かれています。ずっと近くでかかわり続けることも、一度離れてまた出会うこともできるのです。アートが人間の自然の営みである以上、「生活と地続きである」と感じていられること、そのこと自体が私たちの行く先を照らす希望です。

レポート概要

  • 開催日:2024年2月22日
  • 会場:トヨタ自動車株式会社東京本社
  • 登壇者:
    ゲスト:堀切春水[NPO法人BEPPU PROJECTプロジェクトマネージャー]
    ファシリテーター:野田智子さん[アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役]
  • 取材者:前田真美(メセナライター)

2023年度 目次

TAMスタジオ2023 連続ゼミナール
ここからはじめるアートマネジメント
野田智子さんメッセージ
トークセッション
TAMスタジオ2023
第1回トークセッションレポート「アートマネジメントを志す心構え」
ゲスト:戸舘正史(文化政策、アートマネジメント)
ファシリテーター:野田智子(アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役)
トークセッション
参加メンバー〈スタジオメイト〉の声
第1回トークセッションレポート「アートマネジメントを志す心構え」
トークセッション
第2回トークセッションレポート(前編) 「生活と地続きに展開するアートマネジメント」
ゲスト:堀切春水[NPO法人BEPPU PROJECTプロジェクトマネージャー]
モデレーター:野田智子[アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役]
トークセッション
第2回トークセッションレポート(後編) 「生活と地続きに展開するアートマネジメント」
ゲスト:堀切春水[NPO法人BEPPU PROJECTプロジェクトマネージャー]
モデレーター:野田智子[アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役]
トークセッション
参加メンバー〈スタジオメイト〉の声
第2回トークセッション「生活と地続きに展開するアートマネジメント」
出会うことからはじまる
TAMスタジオ2023 連続ゼミナール
「ここからはじめるアートマネジメント」を終えて
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