「TAMスタジオ 次代のアートマネジメントのつながり方」を終えて
2022年7月より活動してきたTAMスタジオですが、2023年1月に2回目のトークセッションを実施し、3月で一区切りを迎えました。
TAMスタジオの開催経緯や趣旨については中間報告でお話した通りですが、そのなかでTAMスタジオが目指す場のあり方についても触れました。掲げたのは以下の2点です。
① 同僚でも友達でもない、でも本気で相談できる相手のいる場
② 今後の活動に還元できるような気づきや視点を自ら獲得する場
そのような場が実現したかどうかは、私のみが判断できるところではありませんが、ここでは後半のプログラムも含めて参加者のみなさんとお話したことや取り組んだことに触れながら、「次代のアートマネジメントのつながり方」を考える人たちにとって今なにが大事なのか、考えてみたいと思います。
まずプログラム全体を通して繰り返し議論に上ったのは、「アートマネジメントとは何か?」という問いです。アートマネジメントという言葉が何を意味し、どんな仕事を指すのかは、文脈や地域や文化によってまったく異なっているのが現状で、それがしばしば仕事への理解の妨げになったり、課題を外に共有しづらくしたりしています。アートマネージャーやコーディネーターなど、さまざまに存在する肩書きについても同じで、TAMスタジオ参加者の皆さんも、自分たちがどんな肩書きや職業名を名乗ればよいのか、常に悩んでいるようです。
この点については、森隆一郎さんをゲストにお迎えした2回目のトークセッションでも多いに議論され、森さんもご自身の経験に根ざした、森さんならではの定義や理解を共有してくださいました。また参加者の阿部さんと諒さんは、この問いを教育の観点から検証しようと話し合い、国内外のアートマネジメントに関する育成が行われている教育機関とそのプログラムについてリサーチし、その結果を報告しました。
皆さんとの対話を通して明らかになったのは、アートマネジメントの普遍的な定義を打ち出すことで(それがもし可能だったとしても)何かが解決するわけではなく、それぞれの人がそれぞれの現場で、どんな仕事をどんな立場でやっていくのか、個別に見つけていくしかない、ということだと思います。自分の仕事が何であるかを言葉にしていく行為は詰まるところ、自分が何者なのか、どういう存在として社会にかかわっていくのか、ということを提示することと同義なのです。
であるならば、「アートマネージャー」や「コーディネーター」といった言葉で人や仕事を理解しようとするのではなく、一人ひとりまったく違う人間として向き合い、捉え直してみよう──。これも、プログラム後半に参加者の皆さんから出てきた興味深い視点だと思います。
参加者の宮越さんは、1年間オンライン・オフラインで会話を重ねたTAMスタジオ参加者のことをあらためて知りたいと、アンケートを取りました。質問の内容にも、皆さんの回答にも、人柄や個性が滲み出る結果となりました。
ともたまさんは、TAMスタジオの運営を支えてくれているチームの一人である入江さんにインタビューし、日々現場で「もやもや」に寄り添っている入江さんでなければできない話をふんだんに引き出しました。
中川さんもインタビューという形式をとりましたが、ともたまさんとはまた別の視点から、「どうやって自分たちの面白いと思うことを実行し、受け手の需要を満たしていけばよいのか」というご自分の問題意識について、関心のある3人に話を聞き、考察を深めました。
そして石塚さんは、そのように一人ひとりの人と話をする、話を聞くことをより実践しやすくなるようにと、「アートに関係のある場所、ご近所さん探し」を手助けしてくれるマップを作成しました。
- 【アンケート】TAMスタジオ参加メンバーへの15の質問
- 【インタビュー】もやもやは消せないけれど──SETENV(セットエンヴ)入江拓也さんインタビュー
- 【インタビュー】地域とアートの交点
- 【マップ】アートのお仕事図鑑2.1-アートなMAP-
人を属性に当てはめて理解しようとするのではなく、一人ひとりが違うということを前提に、出会いのたびに新しい気持ちで人と向き合い、その人の話に耳を傾ける、という姿勢は、TAMスタジオを皆さんが安心して参加できる「セーフスペース」にするために、最初に皆さんにお話ししたことでもありました。なので上記のような実践が皆さんから自然に起こったことは、私としても喜ばしいことでした。
森さんとのトークセッションのあと行った振り返りのセッションでも、いろいろな規模や方法で対話する時間を設けたのですが、これは今後TAMスタジオのようなプログラムがどのような場であると皆さんの助けになるのか、手応えとヒントを得た時間となりました。
まずは3、4人のグループに分かれて、森さんとのセッションの感想をそれぞれ話し合ったあと、次は1体1のペアに分かれて、徹底的に相手の話の「壁打ち相手」(森さんのトークで出てきた言葉をお借りしました)になるエクササイズを行いました。自分の悩みを人に話してみたら、とくに解決策をいわれたわけでもないのに自然と話が整理されてなんだかスッキリ、という経験は誰にでもあるでしょうから、話す側が得る効果についてはいわずもがなですが、聞く側(つまりアートマネージャーやコーディネーターに求められる立場)の練習をする機会はあまりないように思います。そういった意味で、今後アートマネージャーの育成やサポートを考える際、話を聞くスキルを伸ばすトレーニングを受けたり、さまざまな場に対応したコミュニケーションの取り方を専門的に学んだり、練習したりできる場があると、皆さんが実力を発揮するための手助けになると感じました。(アートの現場は「練習の場」がほとんどなく、常に実践・本番で失敗を重ねるしかない、というのも大きな課題ですから。)
そして次のエクササイズとして、誰とも話さず、静かに自分と対話する時間も取りました。せっかく対面でみんなに会いにきているのに、一人の時間なんてもったいない、と思うかもしれません。しかし、日常に追われる生活のなかで、自分の心の声を聞く時間を持つことは、意外と難しいのではないでしょうか。そういった場が設定されてはじめて気づく自分の気持ちもあるでしょう。また、周りの人も同じように、自分との対話の時間を過ごしている状況も効果的だったと思います。自分の声に耳を傾けるのも、やりたいことを行動に移すのも、結局は自分です。でも周りにも似たような境遇の人たちがいて、それぞれにアートや社会への情熱を持ち、仕事に悩み、何かを実現するための試行錯誤を繰り返している。一人だけど、一人じゃない──。そんな勇気をもらえる場が立ち上がりかけたように感じました。
表現のかたちが無限に広がりを見せる今、アートマネジメントのあり方も今後ますます多様に発展していくでしょう。しかし一人ひとりの「人」という単位がなくなることはないように思います。大きなことを成し遂げようとするときも、何をすればよいのかわからなくなったときも、自分を見失いそうになったときも、結局は、自分を含めた一人ひとりとの対話から始めるしかない。でもそれは決して孤独な道のりではなく、周りの人と連帯しながら進んでいける道である。そんなことを再確認させてくれる場が、これからもつくられることを望みます。
(2023年3月27日)