ネットTAM

第1回トークセッションレポート
ゲスト:相馬千秋 [NPO法人芸術公社・代表理事/アートプロデューサー]

ファシリテーター:
田村かのこ[アートトランスレーター]

Introduction

TAMスタジオは、アートマネジメントの現場にかかわっている人の学びたいことや悩みごと、相談ごとを取り上げ、「みんなが抱える"もやもや"に向き合う」トークセッションを開催し、それを柱に前後で参加者ミーティングとグループワークを実施しながらメンバーの学びを深める通年のプログラムです。アートマネジメントをとりまくさまざまな人・モノの関係性の再構築を試みるとともに、勉強会の実施やTAMスタジオで得た学びをネットTAMのサイト上で共有するためのコンテンツを制作していきます。

8月20日(土)、プログラムで初めての対面イベントとなるトークセッションの第1回が、ゲストにNPO法人芸術公社・代表理事/アートプロデューサーの相馬千秋さんを迎え、トヨタ自動車株式会社東京本社で開催されました。

studio-talk-session-chiaki-soma-table.jpg

想いを言葉に。プロジェクトを導くためのマイルール

相馬さんは、フランスでアートマネジメントを学び2002年に帰国、アートの世界でのキャリアをスタートさせました。1996年に始まったアートマネジメントのプラットフォーム「トヨタ・アートマネジメント(TAM)」は、相馬さんにとっても活動の原点であり自分を育ててくれた場所だったそうです。

studio-talk-session-chiaki-soma-tamura.jpg

相馬:まだアートマネジメントに関してまとまった情報を得られる場がほとんどなかった時代に、TAMは周りを照らす光のような存在でした。

相馬さんは多岐に渡るフィールドで、プロデュース、キュレーション、ドラマトゥルクと、さまざまな役割を担い活躍していらっしゃいますが、自身がやりたいことを実現するためのプラットフォームとしてつくった「シアターコモンズ」の活動は、特に相馬さんのアイデンティティに大きく影響を与えているものだといいます。相馬さんが2016年に立ち上げたシアターコモンズは、インディペンデントなプロジェクトで、自ら掲げたミッションのために自分たちで資金を調達して活動しているのが特徴です。発足時は800万円規模だった資金調達も、直近では4,000万円規模に拡大しているそう。「やりたいことをやる場所は自分たちでつくる。」これが相馬さんの活動のベースにあるようです。

目下、相馬さんが最も多くの時間を費やしている「THEATER DEL WELT2023」(世界演劇祭2023)のディレクターとしての仕事も、シアターコモンズでの活動があってこそ、そこから発展した興味や問題意識を、日本を飛び出して異なる文化との交わりの中でより広く世界にアートを通してメッセージを投げかけようとする試みにつながっているといえるでしょう。

studio-talk-session-chiaki-soma-presentation.jpg

相馬:世界演劇祭は、舞台芸術の世界地図を更新するような役割を持つイベントとだといわれています。今回、私が40年の歴史の中で初めて非西洋圏からディレクターに起用された背景には、西洋的視点のキュレーションから逸脱し、「世界」「演劇」「祝祭/フェスティバル」を問い直したいという想いがあると受け止めているので、私たちは世界が複数形であることを可視化し、ヨーロッパならではの空間・会場で、いかに"演劇"や"世界"を更新するためのプログラムを組みあげるかに正面から向き合っているところです。

相馬さんが世界演劇祭2023のテーマに掲げたのは「Future of Incubationism(未来の孵化主義)」。これはシアターコモンズ2021のテーマをさらに発展させたものだそう。パンデミックの間、隔離されて潜伏するような経験をした私たちだけれども、それはある次のステップへの孵化の時間、卵を温めるような時間と捉えることもできる。次どんな症状が出るかわからない、自分も陽性かもしれないし、あるいは他者に病を移してしまうかもしれない、そんな非常に宙吊り的な、アンビバレントな状態を経験して、そのこと自体をポジティブにとらえていくようなコンセプトで、具体的なアート作品に落とし込む作業に取り組んでいる最中だそうです。

田村:言語化して打ち出されたテーマがそれぞれの作品に出会うときの入口になるし、複数の作品を観たときの共通点としても浮かび上がってくるように設計されているような印象。それが相馬さんのプロジェクトの1つの特徴であり力にもなっていると思います。

コンセプトの言語化こそ、相馬さんがプロジェクトに向き合うときのマイルール。田村さんは、芸術公社での活動を通して相馬さんの仕事ぶりを傍で見続けてきた一人。そんな田村さんから見ても、自身の考えを徹底的に言語化していく相馬さんのキュレーションの過程は非常に特徴的で、かつプロジェクトの強度を高める鍵になっていると感じるといいます。掲げた言葉は、社会に発信していく際の手掛かりとしてはもちろん、自分自身のキュレーションの方向性を導く道標、そしていつも立ち返る原点にもなるのでしょう。

studio-talk-session-chiaki-soma-screen.jpg

人間の身体の可能性を引き出すテクノロジーとの出会い

相馬さんのキャリアや仕事に向き合う姿勢について理解が深まったところで、トークセッションは、3つの主要テーマに移ります。参加メンバーは田村さんとともに今回のトークセッションに向けて相馬さんの活動についての事前のオンライン勉強会を実施し、気になることやぜひ聞いてみたいことなどを挙げ、テーマをまとめてきました。まず一つ目のテーマは、「デジタルメディア」について。近年相馬さんがさまざまなアーティストとのコラボレーションを試みて、積極的に取り組んできた分野です。

相馬:他人の体験をきわめて疑似的に体験するけれど実際の痛みはや衝撃は感じないVRは、非常に演劇的なテクノロジーだ!と気がついたのが、VR作品に興味を持ったきっかけです。VRを用いることで、他人の痛みをどう共感・想像するかというアートの一つのテーマにも迫ることができると思ったんです。

相馬さんのディレクションで映像作家の小泉明郎さんが手掛けた作品『縛られたプロメテウス』はまさに、他者の痛みは共有できないものだという前提に立ちながらも、実際の痛みを伴わないVRを介して、人間の体のフィジカルな限界を突きつけるような作品をつくりたいという想いで実現したプロジェクトだったといいます。

TAMスタジオ参加者(以後、メンバー):身体性の捉え方は、VRを経験したことで変わりましたか?人間の身体とテクノロジーの関係性についてどのように考えていますか?

相馬:テクノロジーとアナログ、リアルとバーチャルみたいに二項対立で考えるのではなくて、私たちはすでに最先端のテクノロジーの中に生きているので、身体とテクノロジーも切り離せるものではなくオーバーラップしている、といえると思います。とはいえ人間の身体には必ず限界がありますよね。知覚の問題であったり、「いつかは死ぬ」という持続性の問題であったり、これ以上やったら痛いよねとか。そういう意味では、人間の身体が置き去りにされるのではなくて、人間の身体のまだ隠された力のようなものを引き出すためにテクノロジーを使えばいいと思っています。

アクロバティックなコラボレーションは地道なアプローチから生まれる

さらに『縛られたプロメテウス』では、元々映像分野で活動していた小泉さんに、初挑戦の演劇分野で、かつ初挑戦のVRを使った作品制作を提案したことも話題に上りました。

メンバー:相馬さんは、他分野のアーティストを別の世界に引き込んで新しいイノベーションを生み出す、みたいなことをしばしばされていらっしゃいますが、一緒に仕事をするアーティストはどのように選んでいるんですか?

相馬:なんとなく自分の頭の中に常にこんなアーティストと仕事をしたいリストのようなものがあるんです。日々舞台を見に行ったり、展示を見に行ったりするときに考えていることで、いい機会が来たら声をかけてみようとか。今回の国際芸術祭あいち2022でVR作品を委嘱したアピチャッポン・ウィーラセタクン監督とも面識があったわけではなく、ある日突然意を決してメールを書くんです。連絡をとるときは直球で。連絡をとって返ってきて次の日にはヘッドセットを送る、みたいなスピード感。誰に頼めるものでもないからこっそり家で作業をしているんですけどね。

一見すると、軽々と難なく越境しているように見えたり、逆に何か特別な交渉法や人脈があるのではと思ってしまったりするかもしれませんが、その実は、地道なアプローチと熱い思いを行動で示す確かさがすべてである、というシンプルな答えには強い説得力がありました。

アートが社会に対して還元できる価値を、丁寧に、熱心に伝える

2つ目のトークテーマは、「お金」について。新しい試みや新しい技術に挑戦するために必要な資金の集め方やお金に関する考え方について議論が及びました。

さまざまな質問が飛び交う中で相馬さんの回答に共通して印象的だったのは、何をするにも、先に自分のやりたいことを掲げる、自分の肩書をつくってまず名乗ることから始める、相手に伝わると信じて自分の想いを伝える、という一貫した主体性の強さです。

メンバー:インディペンデントな活動に対して、企業や団体から資金を集める際に、どのようなことを心がけているのでしょうか。

相馬:受け身の姿勢ではなく、自ら動き、発信していくためには、自分の中にあるものの言語化を非常に重視しています。というのも、効果を数字や即効性で示せない点が、アートの資金集めの難しさに直結するからです。企業も限られた資源の中で選択をするため、社会への働きかけにアートという手段を選んでもらうには、言語化が求められます。時間がかかる部分、直接的な救済活動ではケアできない部分にアプローチするのがアートの価値であり、終わりがない、見えない、気づかれない、わかりにくい部分に、じわじわ効いてくる、寄り添えるものでありたいという思いを、企業や支援してくれる団体と共有しなければなりません。

相馬さんが企業の担当者と向き合う際には、社会的価値やイノベーションに関して意見を交わしながら自分も相手も学びと発見の機会となるような"対話"を心がけているといいます。会社のビジョンや、企業が目指す社会の姿にフィットするような言葉を一緒に探していくようにしているそう。時間をかけて、熱意をもって、信頼関係を築いていくことが、同じ目線で一緒に歩んでいけるパートナーシップの構築につながり、社会的価値のあるプロジェクトの実現を助けるのです。

自分のローカリティを深めることが、グローバルな環境で武器になる

studio-talk-session-chiaki-soma-q2.jpg

3つ目のトークテーマは、ローカルとグローバルの捉え方について。

メンバー:相馬さんにとって、ローカルとグローバルとで向き合い方は違いますか?

相馬:向き合い方は同じで、基本的には自分が軸足を置いているところで何をしているかが問われており、その傾向は外へ行けば行くほど強くなると感じます。たとえば、東京でシアターコモンズをやっていたことが、世界演劇祭のディレクターへとつながったわけで。自分の主戦場で取り組んでいることの問いを深めたり、取り組みの強度を強めていったりすることが、外に出ていったときの武器になる。まずは自分の足元=ローカリティを深めることがグローバルへの近道だと思います。 

アートの世界ではヨーロッパのアートシーンがグローバルスタンダード。それを踏まえたうえで、自分たちがいかに新鮮な風を吹き込めるか。世界演劇祭のディレクターに日本人として起用されたのも、ヨーロッパが異分子を取り入れることで自分たちのアートシーンを活性化しようとする波の中にあるものだと思っています。そんな中で、外からの視点を持ち込んでいかに期待に応えるか、さらにそれ以上の驚きと衝撃を与えられるかが勝負どころ。ヨーロッパの演劇=見る演劇/言葉の演劇である一方で、私が世界演劇祭で注目しようとしているのは触覚/聴覚の演劇です。今まで西洋、近代、が信仰してきた人間観・世界観で零れ落ちている部分にフォーカスしたキュレーションを目指しています。

質疑応答「偶然を必然に、そして常に自身のアップデートを」

studio-talk-session-chiaki-soma-q1.jpg

最後はメンバーからの質疑応答で締めくくられました。

「キャリアを構築していくうえで必要な力は何だと思いますか?」という質問に対して、相馬さんが答えたのは「偶然を必然にする力」。

相馬:調子がいいときよりも、むしろ低空飛行のときにいかに豊かにするかが大事だと思います。見られているときはいいけど、ほとんどのときは見られていないので、そういうときにどれだけ筋力が鍛えられるか。そうしていると、偶然が必然に見えてくるんじゃないでしょうか。

これまで数多くの縁や出会いを大切に受け止め、キャリアを重ねてきた相馬さんの無数の戦いの日々とそこで培われた静かな自信がうかがえる回答でした。これはアートに限らずどんな職業・職種の人にとっても、自身のキャリアを切り拓く鍵となりそうです。

続いて「アートマネジメントに必要な力とは?」という質問には、自分の携わるプロジェクトを信じることと、自分自身をアップデートしていくことの2点が挙げられました。

相馬:作品をつくる主体はアーティストだけれど、作品をプロデュースして、作品と社会をつなぐ場面では、自身が一番熱心な観客でいられれば、その思いは他の人にも伝播します。プロの観客としてその作品を一番見たい人になることが大事だと思います。一方で、信じすぎるあまり傲慢にならないようにしつつ、他者からのインプットや影響によって常に書き換えていく柔軟性も必要です。自分の好きなものを大事にしつつ、自分の感覚自体も時代に合わせてアップデートしていく。社会に求められているものからまったく乖離してしまわないようにしながら、自分の信念で突き進んでいく姿勢と上手くハイブリットしていく感じですね。

キュレーターといってもタイプはさまざまですが、相馬さん自身は作品の強度を高めることが結果的に観客の創造性を刺激して社会の変化をもたらすと考えているので、プロジェクトの強度をいかに高められるかを自身のミッションの中心に据えていると語りました。メンバーにとっても、それぞれ自分なりのアートとの向き合い方を探る一つのヒントになったのではないでしょうか。

最後に

トークセッションの最後は、本イベントを主催する公益社団企業メセナ協議会常務理事の澤田澄子氏によるまとめの言葉で締めくくられました。トヨタ自動車株式会社と企業メセナ協議会が手を携えて継続発展させてきたTAMは、ネットTAM、TAMスクール、そしてTAMスタジオへと、社会の変化に伴って常にプラットフォームを更新してきました。日ごろ社会の人々の需要に応えながら、半歩でも一歩でも先は何かと探っている企業の姿と、社会課題とも向き合いながら革新を追究するアートのあり方には重なり合う部分があります。トークセッションの中で相馬さんが語った「低空飛行のときこそ大事。」という言葉を引用して、「低空飛行と思えるかもしれないが、そのときに一生懸命仕事していることが次につながるんだという思いを胸に、今それぞれが向き合っていることを引き続きがんばっていきましょう。」と力強いメッセージをTAMスタジオの参加メンバーたちに送っていました。

レポート概要

  • 開催日:2022年8月20日
  • 会場:トヨタ自動車株式会社東京本社
  • 登壇者:
    ゲスト 相馬千秋さん[NPO法人芸術公社・代表理事/アートプロデューサー]
    ファシリテーター 田村かのこさん[アートトランスレーター]
  • 取材者:前田真美(メセナライター)

TAMスタジオがスタートしてからこれまで、オンラインでミーティングを重ね、参加メンバーの方々はこのトークセッションで初めて、リアルでのご対面となりました。

トークセッション終了後、引き続き初のリアルミーティングを実施。早速、相馬さんからお聞きしたお話の振り返りをしました。事前勉強会からトークセッションまで学んだことや、刺激を受けたことなど、自分自身のアプトプットをしていきます。そして自由なかたちでネットTAMのコンテンツに仕立て、サイト上で共有します。

ここまでのアプトプットは「地域とアートの交点」「芸術祭」「マッピング」の3チームに分かれてテーマをもってコンテンツ制作をしました。

2022年度 目次

TAMスタジオ2022開催
次代のアートマネジメントのつながり方
田村かのこさんビデオメッセージ
第1回トークセッションレポート
ゲスト:相馬千秋 [NPO法人芸術公社・代表理事/アートプロデューサー]
ファシリテーター:
田村かのこ[アートトランスレーター]
地域とアートの交点
アートと地域の交点を地域側から考える
芸術祭
【エリアレポート概要】
文化芸術の地域特性への考察
―石川県、広島県、東京都を事例として―
芸術祭
【金沢エリアレポート】
巡りゆくまち
― 故きを温ね新しきを知る ―
芸術祭
【東京エリアレポート】
企業と行政、大学が織りなすエリアの隆盛
― 渋谷芸術祭を事例として ―
マッピング
アートのお仕事図鑑2.0を作ろう
─アートを作る組織・人々のリサーチ─
Vol.1
「TAMスタジオ 次代のアートマネジメントのつながり方」が目指すもの
──中間報告に代えて
第2回トークセッションレポート
ゲスト:森隆一郎 [アーツカウンシルさいたまプログラムディレクター/合同会社渚と 代表社員]
ファシリテーター:
田村かのこ[アートトランスレーター]
TAMスタジオ参加メンバーへの15の質問
Art Management Paper for TAM
「アートマネジメント」の技術を国内外の高等教育機関カリキュラム比較から考える。
第1回
地域とアートの交点
Q1.「ヨーロッパで活動する作家から見た京都・日本にはどのような魅力があるか?」
対話篇:東野雄樹氏(アーティスト、批評家)
マッピング
アートのお仕事図鑑2.1
─アートなMAP─
Art Management Paper for TAM
「アートマネジメント」の技術を国内外の高等教育機関カリキュラム比較から考える。
第2回
地域とアートの交点
Q2. 地域の活動を支援してきたスポンサーは何を期待するのか?
対話篇:根本ささ奈氏(アサヒグループホールディングス株式会社 コーポレート・コミュニケーション 広報部門)
Art Management Paper for TAM
「アートマネジメント」の技術を国内外の高等教育機関カリキュラム比較から考える。
第3回
地域とアートの交点
Q3. 地域を新しい角度で見るプロジェクトを通して醸成されるものとは?
対話篇:曽我高明氏
Art Management Paper for TAM
「アートマネジメント」の技術を国内外の高等教育機関カリキュラム比較から考える。
第4回
もやもやが消えることはないけれど...
──SETENV(セットエンヴ)入江拓也さんインタビュー
「TAMスタジオ 次代のアートマネジメントのつながり方」を終えて
── 一人だけど、一人でない場所
この記事をシェアする: