第1回 アートの現場視察レポート
PARADISE AIR(千葉県松戸市)
うらあやかさん[アーティスト/PARADISE AIR コーディネーター]
ファシリテーター:野田智子さん[アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役]
Introduction
「ここからはじめるアートマネジメント」をテーマに、通年の開催でスタートした、2024年のTAMスタジオ。次代のアートマネジメントを考える場として、今年も多様なプログラムが企画されていますが、そのうち2回、まさに今動き続けているアートプロジェクトの現場に赴き、みんなで体験しながら考える、という機会を設けています。
今回のレポートは、その現場視察の初回。ファシリテーターの野田智子(以下、野田)さんと、15名の参加メンバーがうかがったのは、千葉県松戸市のアーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR(パラダイスエア)」です。
2013年、まだ日本国内にアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)が数箇所しかなかったころに設立。これまでに世界中から、600人を超えるアーティストを迎え入れてきました。
まさに"人種と文化の交差点"ともいえる場が、なぜ松戸に生まれ、どのように運営を続けてきたのか。そして世界中のアーティストは、数あるAIRの中から、なぜ「PARADISE AIR」を選んでやってくるのか。松戸のまちをフィールドワークし、レジデンスの内部を見学させてもらいながら、その理由を探りました
アーティストの作品が点在するまち・松戸
東京駅からJR常磐線に乗って約30分。松戸駅は、都内から江戸川を越えてすぐのところにあります。駅前に集合した我々を、「PARADISE AIR」の創設メンバーで、現在は共同ディレクターを務める、森純平さん(以下、森)が出迎えてくれました。
今回の現場視察に合わせ、イベント参加のためスタッフと共に滞在していた台湾から、ひと足早く帰国してくださった(!)という森さん。「PARADISE AIR」へ向かう前に、と、まず案内してくれたのが、その名も「根本壁画通り」です。
立体道路の壁一面に描かれた壁画《MAD WALL(マッド・ウォール)》は、2010年に松戸を訪れたアーティストらと地元住民らの自治会との交流の中で生まれたもの。
南側にあたる壁面には、オランダ出身・イタリア在住で、世界的に知られるグラフィティアーティスト、ZEDZ(ゼッツ)さんを中心とする作家3名(MHAK(マーク)さん、大山エンリコイサムさん)の共作が。
北側の壁面には、2011年にアーティストのKAMI(カミ)さんとSASU(サス)さんによる壁画ユニット「HITOTZUKI(ヒトツキ)」が手がけた作品がありました。
どちらの作品も、制作期間中、地域の方々がアーティストらに差し入れをするなど、手厚いサポートをしていたそう。加えて、夜間の作業が暗いから、と、通り沿いに街灯を増設したり、壁画の完成後、新しい通り名の大きな看板を設置したり、と、素早く行政を動かすほどの影響力を持つ、自治会の方々のエピソードも印象的でした。
もう一箇所、案内してくれたのが、「根本壁画通り」から歩いてすぐの「西口公園」。ここでは、先ほどの壁画を手がけたZEDZさんが、2015年に再来日した際に制作した「壁画トイレ」を見学できました。
壁画はこのほかにも近隣に点在しているそうですが、森さん、そしてアーティストでスタッフでもある、うらあやかさんから、活動の概要や変遷などについてお話をうかがうため、ひとまず「PARADISE AIR」へと向かいます。
駅前から続く通りに大通りに面した、パチンコスロット店の前。「PARADISE AIR」のエントランスはここです。なんだか異世界につながっているような、ユニークな佇まい。扉をくぐり、長い長い階段を5階まで上っていきました。
コンセプトは『一宿一芸』 宿場町・松戸の歴史をヒントに
「PARADISE AIR」があるのは、かつてホテルだった建物。4階と5階の2フロアを中心に、18部屋をオーナーから格安で貸りうけて、アーティストが滞在するレジデンスのほか、クリエイターらが賃貸で利用している部屋もあるそうです。
まずは森さんから「PARADISE AIR」についてプレゼンテーションを受けました。
森さんは、東京藝術大学の建築科出身。現在「PARADISE AIR」での仕事のほか、有楽町にあるアートスペース「YAU」のディレクター、そして建築家として青森県の「八戸市美術館」のリニューアルで共同設計を手がけるなど、幅広く活躍されています。
松戸とは縁もゆかりもなかった、とのことですが、学生時代、松戸の隣駅である北千住に藝大の千住キャンパスがあり、その近所に友人らとアトリエを構えていたそう。そして2010年、JR松戸駅前で「MAD City(マッドシティ)プロジェクト」が立ち上がり、そこに参画するタイミングで松戸に移ってきた、と話します。
その背景には、「根本壁画通り」でのエピソードのように、高いシビックプライドと影響力を持った地域住民の存在、さらにさかのぼれば、かつて宿場町として栄えていた、まちの歴史がありました。
森:かつて松戸は、江戸と水戸をつなぐ拠点として多くの旅人が行き交っていました。代々松戸に住んでいる方々の邸宅には、滞在した画家や書家などが、宿代の代わりに作品を残していくこともあったそうで、「PARADISE AIR」に滞在するアーティストとも、滞在費が無料の代わりに地域での創作活動を行ったりする『一宿一芸』に取り組んでいます。
肩書きの表記から伝わる、アーティストたちのユニークさ・アートの懐の深さ
「PARADISE AIR」でのアーティストの滞在プランは2通り。だいたい2年に1度、渡航費や制作費などすべてを支給する前提で、3カ月間の滞在制作者を世界中から募り(OPEN CALL)、アート関係者や、過去に滞在経験があるアーティスト、地域住民の方々も交えて招へいアーティストを選考・決定する「ロングステイ・プログラム」と、随時募集している3週間の「ショートステイ・プログラム」です。
野田:どちらのプログラムもユニークかつ魅力的。「ロングステイ・プログラム」は、OPEN CALLのときに作品制作のプランを提案して、滞在の最後に展示・発表する前提なんですね。一方、「ショートステイ・プログラム」は、渡航費などは自己負担だけど滞在費はかからず、展示や発表も前提ではなくて、いわば作品重視で選ばれるわけではなく、アーティストの暮らしをシェアする、みたいな面もあって良いね。
森:「ロングステイ」は人数もかぎられることもあり、選考のファイナリストたちには作品や活動がユニークだから「ショートステイ」に声をかける、とかもしている。あと、過去に滞在してくれたアーティストが滞在を終えたあと、もう一度松戸に来て「ショートステイ」で滞在してくれたり、地元で他のアーティストに紹介してくれたり。
また、多くのAIRでは、美術系のアーティストの滞在が中心ですが「PARADISE AIR」は音楽系のアーティストも滞在可能で、それも人気の理由の一つかもしれません。もちろん海外からだけではなく、日本に暮らす人々の滞在も受け入れています。
ちなみに直近で「ロングステイ」のOPEN CALLを行った際の応募数は、なんと900組以上。
「すごい応募数。そして、世界の現代アート業界の傾向が如実に現れそう」という野田さんに、「作品のテーマは、ジェンダーや自然、 ウクライナのことなど、まさに現代を反映しているものが目立ちましたね。あとダブルナショナリティー(二重国籍)のアーティストも多かったかな。」と森さん。世界の動向や、現代アーティストという存在が、リアルかつ身近に感じられるエピソードです。
また、「PARADISE AIR」のユニークさは、そのホームページにも表現されています。たとえば、これまでに滞在したことのあるアーティストたちを紹介している「PEOPLE」ページ。「SEARCH」をクリックし表示される、「PROFESSION(職業名・肩書き)」と「NATIONALITY(国籍)」は、すべてアーティストの申告に沿って記載し続けた結果、今の膨大な表示数になったそう。
野田:私の周囲のアーティスト仲間の間でも、「PARADISE AIR」ってネーミングがとてもキャッチ―で、一体どんな場所なの? って話題になっていた。日本国内にあるAIRは公立の施設が多くて、「PARADISE AIR」のようなオルタナティブ、かつ、主体性を持って運営している場ってほとんどないし。そして、ホームページに出てくる、肩書きの多さ。こういうことか!と。
森:たとえば「ソングライター」「ソングアーティスト」「サウンドアーティスト」とか、微差なんだけど、それぞれこだわって選んでくれているところだから、まとめられないし、おもしろいし。
野田:すばらしいし、「PARADISE AIR」の魅力を物語っている。
多種多様なアーティストを世界中から受け入れてきた懐の深さが、滞在したアーティストが新たなアーティストを呼び、「PARADISE AIR」に滞在してみたい、というアーティストが国内外にいるのも納得のお話です。
複業しながらスタッフとして「PARADISE AIR」にかかわるモチベーションとは?
そんな「PARADISE AIR」の運営を担うスタッフは、どんな方々なのでしょうか。現在、8〜10名ほどのメンバーが、フラットな関係性の中で日々の業務を担っているそう。
森:みんなそれぞれ、ほかにも仕事や、創作活動をしている人ばかりです。僕もいま「PARADISE AIR」にかかわっているのは、週2日くらい。メンバーの役割は、通訳や映像のカメラマン、舞台の仕事をしている人やアーティスト、会計担当も、パーティ担当もいます(笑)。自分の得意なこと、専門性を活かしていますね。
野田:メンバーそれぞれがプロフェッショナルで、オリジナリティを持っている。コレクティブなあり方がよいね。
さまざまな場で複業する、という働き方は、アートマネジメントに限らず、フリーランスで働く人が多い文化芸術の業界では、わりと一般的かもしれませんが、「PARADISE AIR」にかかわることが、他の仕事においてもよい影響をもたらしているようです。
森さんは、建築家として「八戸市美術館」のリニューアルプランを提案したとき、「PARADISE AIR」での経験や知見が存分に活きた、と話します。
今でこそ、美術館における教育普及やラーニングプログラムは広く行われつつありますが、プランを検討していた当時はまだまだ過渡期でした。森さんは、あえて館内に大きな余白ともいえる空間「ジャイアントルーム」をつくることを提案。市民が集い自由に過ごしたり、イベントやワークショップ、展示ができ、かつ収納などのバックヤードスペースまである、という場が、館の中心につくられました。
野田:「八戸市美術館」のような、館内に自由に市民が集まれて、いろんな用途に使える場所を中心に置いた建設や設計がなされた美術館って、日本にほとんどない。いわば最先端のミュージアムだと思う。
森:ちょっと混沌として、ぐちゃぐちゃなようにも見える...かもしれないけれど、「これが大事なんです」って言い続けないと実現しないから。
野田:もしかしたら、行政の担当者や、一定のルールのもとで物事を動かしている方々にとっては、「ジャイアントルーム」は有効活用できるの? という視点で、否定的にさえ受け取られてしまいそうだけれど、これを実現させた八戸市はすごいね。
建築家という肩書きがありながら、長年「PARADISE AIR」にかかわり続ける森さん。「AIRを続けるバランスやモチベーションは? どこにおもしろさを感じているの?」という野田さんの問いかけに、
森:建築家って、たとえば野田さんの自宅を設計するとなったら、野田さんがどんな人物なのかをリサーチするし、音楽ホールだったら、音楽ホールのことやそれを建てるまちのことをリサーチする。すべての情報が何か新しいものをつくるときのインプットになるので、「PARADISE AIR」をやっていると、毎月、世界中からアーティストがやってくるから、本当に楽しい。
そして、プレゼンテーションのまとめとして、「PARADISE AIR」が大切にしているキーワードを紹介してくれました。
森:まずは「TRY」「ENJOY」。同じことをやり続けていると疲れてしまうから、新しいことにトライして楽しむ。
次に、「TRUST」、アーティストたちを信頼する。彼らはほっといても自ら創作するから、その前提で「PARADISE AIR」の仕組みもある。
そして最後は「STRETCH」。そもそもアート業界で仕事するって、大体疲れる。けれど、全力疾走っていうよりは、ストレッチするぐらいの感じで毎回取り組んでいると、気づいたら身体がものすごく柔軟になっているし、いつも新しい部位をストレッチさせられるから、知らない感覚が伸びるみたいで楽しい。それって、アーティストにとっても、松戸のまちにとっても、大事なことなのでは。
芸術は、都市の多様性と創造性を育む
プレゼンテーションを聞いて、初めて「AIR」というものの仕組みを知った、という参加メンバーもいる中、質問タイムでも活発な会話が交わされました。
たとえば、具体的な運営費の構成について。現在は、賃貸として貸し出している部屋の家賃収入と、松戸市からの助成、文化庁からの助成の3本柱で構成されているそう。
また、地域住民の方々が「ロングステイ」のアーティスト選考に参加するほどの関係性を、どのように構築していったのか、については、まちづくりのプロジェクトの一環としてゆるやかにスタートしたものの、試行錯誤があったことを明かしてくれました。
森:立ち上げのときは、アーティスト招へいの主体が地域住民の皆さんを含めた任意団体にありました。地域住民の方々を交えて、運営についての話し合いや情報共有を行ってきたけれど、2016年ごろ、滞在希望のアーティストの応募数が急激に増えて、わかりにくいけれど質の高い作品やアーティストのよさが、どうしても伝えられない、共有できない、招へいを決めきれないということがあった。
レジデンス自体をやめることも検討したけれど、そのタイミングで法人をつくり明確な受け皿をつくことで、地域の方には(選んでうまくいかなかったらどうしよう、というような)不安なく「ロングステイ」の選考プロセスにかかわってもらえるようにしました。さらに、アーティストがやりたいことをできるだけ平易に説明して共有したうえでかかわってもらう、という今の仕組みにしたことで、アーティストという存在への理解度も深まっていったかな、と。
そして、「レジデンスにやってきたアーティストが、地域の人たちとかかわって、思いもかけないような作品や活動をしたり、何かしら発見してくれたりするところがよい」と話す森さんに、
野田:アーティストは、都市や自分たちの生活のように、身近なところから違和感や問いを見つけて、絵画や彫刻、パフォーマンスなど、いろんなかたちの作品として表現しているけれど、彼らが松戸という「まち」に滞在して、日々活動していることそのものが、アーティスト・イン・レジデンスっていえるのかも。
約3時間の開催予定があっという間だった現場視察。最後は、アーティストが滞在する部屋を見学させてもらい、松戸駅近くの地下道に描かれた壁画作品を観に、再びまち歩きを行い、解散となりました。
レポート概要
- 開催日:2024年9月10日(火)
- 会場:アーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」
- 登壇者:
- ゲスト:
森純平さん[建築家/PARADISE AIR 共同ディレクター]
うらあやかさん[アーティスト/PARADISE AIR コーディネーター] - ファシリテーター:野田智子さん[アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役]
- ゲスト:
- 取材者:Naomi(メセナライター)
服作りを学び、スターバックス、採用PRや広告、広報、ファッション誌のWebメディアのディレクターなどを経てフリーランスに。学芸員資格も持つ。
https://lit.link/NaomiNN0506