2023年版「東京で地縁の再獲得は可能か?」
2021年6月、TAMスクールでの講座を担当した当時はTokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13『隅田川怒涛』の春会期を終え、夏会期の準備を進めている時期でした。結局ほとんどが緊急事態宣言下だったオリパライヤー。TAMスクールはオフライン開催に拘って現場に呼んでくださったので、熱の篭った参加者の皆さんにリアルをお伝えしたいと、そのころの厳しい状況も包み隠さずにお話ししたのを思い出します。
その際のテーマ「東京で地縁の再獲得は可能か?」は、今思うとちょっと固かったなあ。きっと肩に力が入りまくっていた時期だったのでしょう。講座実施から1年半が経過し、社会全体が長引くコロナ禍からの脱却を試みて、これまでとは全く違う方向性を模索し続けている今、このタイミングであらためてこのテーマと向き合ってみたいと思いました。
講座後の8月に実施した『隅田川怒涛』夏会期では、高木正勝さんのピアノサウンドを隅田公園に展開し、坂本龍一さんと高谷史郎さんによる「water state 1」の隅田川ヴァージョンを人数を制限した予約制で鑑賞してもらうことができました。これは、春会期を急遽すべてオンライン化しなければならなかったとても苦い経験を活かした、徹底的なダブルスタンバイが功を奏した結果です。
とはいえ、パフォーマンス作品を屋外公共空間に持っていくことは、何をどうやってもこの時期にはできませんでした。ラストイベントとなる「天空の黎明」をリアルタイムでオンライン配信していた2021年9月5日の明け方、スカイツリーの展望台から隅田川のほとりを見下ろし、切腹ピストルズが川辺を練り歩いている姿を頭の中で描いていました。本来であれば、怒涛のオープニングを飾るはずだった「隅田川道中」。来年必ず実現させようと、そのとき誓いました。
明けて2022年。和楽器集団・切腹ピストルズが、隅田川の南北を端から端まで丸2日かけて演奏しながら練り歩くという壮大なプログラムが現実に向けて動き出しました。
岩淵水門から勝鬨橋まで、距離にして23.5kmを舞台にパフォーマンスを行うには、膨大で複雑な手続きと通達が必要です。10月29,30日に実施する『隅田川道中』は、荒川下流河川事務所、東京都建設局河川部、東京都公園協会、北区、荒川区、足立区、墨田区、台東区、江東区、中央区といった関係行政による連絡会をベースに定期的な情報共有を行い、練り歩くテラスの対岸を含めると約130の町会への通達をはじめとした準備を、万全なサポート体制のなかで進めていくことができました。
一方で、徐々に整っていく準備に、寄り添うように迫ってくる不安がありました。
コロナ禍になっていまだ地元の神輿も出せていない、盆踊りも開催されていない、隅田川花火大会も中止続きの状態で、果たしてこの祭りが受け入れられるのだろうか?
切腹ピストルズの演奏は、普段聞いたこともないようなとてつもない大きな音で、あなたの家の隣にやってきます。誰もが好意的に受け取ってもらえる保証なんてどこにもない。隊列が出発してもその不安はずっと心の中につき纏っていました。
道中歩き出すと、しばらくして橋の上からおーいと呼びかけてくる方、遠くのベランダからひょっこり顔を出して一家総出で手を振ってくれる家族、慌ててなんだ?と飛び出てきたおばあちゃん、小学生たちは自転車を公園に止めて並走してきます。気づけばどんどん切腹の横に後ろに、たくさんの人がついてきています。
Photo by 鈴木竜一朗
今回、隅田川流域各地で活動している団体に呼びかけ、隅田川テラスでマーケットやパフォーマンスを同時展開し、切腹ピストルズがそれら各所を関所のように通っていきお互いを讃えあう「河岸」というプログラムを10箇所で実施しました。
練り歩きについている我々運営チームも、初めてその場その場に出くわします。その地で大切に育まれてきたコミュニティが、オリジナリティあふれまくった場をテラスのあちこちで展開している。一つひとつ通るたびに、穏やかな佇まいながら、どれだけ地元を大事にしているかがビシビシと伝わってきました。距離にするとたった20kmにこれだけ多様で多彩な人が居て、この日この場を心から楽しんでいる。もしかしたら自分が抱えていたのと同様の不安を感じていた仲間もいたかもしれません。でもそれをおくびにも出さず、隊列が来たら拍手で歓待してくれる姿。この流域のポテンシャルは、自分の想像を遥かに超えていました。
そこに、切腹ピストルズが重低音の太鼓と甲高い鉦の音で、一人ひとりの野生をだんだんと呼び覚ましていきます。気づかぬうちにほんの少しずつ離れ離れになってしまっていた我々は、ここに集うことで再び小さいながらも確かな縁をつないでいくことができました。終点の勝鬨橋には、もみくちゃの野生の群衆が立ち現れました。
この物語は、もちろんここでは終わりません。トッピングイーストでは『隅田川怒涛』から『隅田川道中』への流れを柱に、このコロナ禍でもたくさんの試行を重ねることができました。
『隅田川怒涛』で子どもたちの厳しい環境を目の当たりにして、いてもたってもいられずにはじめた子育て世帯を応援するフードパントリーは、DJとアートセラピストが皆を出迎え月に一度のパーティーを開催しています。
東京藝術大学との連携で「すみだ川アートラウンド/ラウンドテーブル」も始まっています。隅田川を舞台にアートとSDGsの展開可能性を探るプログラムは「食」「再生可能エネルギー」「モビリティ」といったカテゴリーで、流域で活動する個人や事業者、行政らと協同し、公共空間でのプロトタイピング実装を目指して日々活動しています。
また今年は、関東大震災から100年という節目の年。遠き災害に思いを馳せ、慰霊と鎮魂を願う場を地域の方にお話をうかがいながら準備し始めています。そして、2024年にはこの隅田川流域で、表現をしたい人が誰でも自由度高く己の表現ができるよう支援していくプラットフォームを立ち上げたいと思っています。
少なくとも、この流域では地縁の再獲得は可能でした。この3年、いやこの低迷する30年を縁起にして、これまでにない共創の場を子どもたちや若者達たちを中核に据えて構築していける機運を、大いに感じています。
かかわるすべての人の表現をかたちにしていく旅は、始まったばかりです。