講義NO.1『アートマネジメントにおける「ゼネラリスト」と「スペシャリスト」』
TAMスクールレポート
時代とともに変容してきたアートマネジメント。今や真っ直ぐタテにつながったアート界隈の人間のみならず、多彩な人材がヨコやナナメから編まれるように集い、発展しています。
それはアートマネジメントからアートウーブメント[woven(編まれた)+ment]への変革ともいえそうです。
一方で激しく流れる変化の中で、自らの立ち位置や目指すべきビジョンに悩みつつ、現場に立たれている方もいるのではないでしょうか。
そんな悩みを解消すべく、先陣で実践を試みる方々から学び、共有し、ともに考える場が「TAMスクール」。去る2021年6月19日(土)と20日(日)、トヨタ自動車株式会社東京本社にて第1回のスクールを開講いたしました。
記念すべき最初の講義には、特定非営利活動法人アルファルファ代表の山口佳子さんが登壇。
『アートマネジメントにおける「ゼネラリスト」と「スペシャリスト」』と題して、アートマネージャーはもちろん、学生から地域の方々までをつなげて舞台芸術をサポートする"ゆるやかなネットワーク"のつくりかたを、自らの経験をもとに話していただきました。
アートマネージャーに、多様な働き方の「箱」を。
「アートマネージャーの孤独──。本日ご来場いただいた多くの方も抱えているであろうこの孤独感が、NPOを創設する起点になりました。」
2006年、フリーランスのアートマネージャーをネットワークしたNPO法人アルファルファを立ち上げた山口佳子さんは、講義の冒頭でまずそう語りかけました。
孤独の中身をひもとけば、アートマネジメントが企画から広報、著作権管理にいたるまで、業務が極めて多岐にわたるため「膨大な知識が不可欠」なこと。さらに「マネタイズの課題も一人で追わなければならない」こと。くわえて、これらの課題を解決するためには朝から晩まで、現場に長時間拘束される「ブラックな労働環境が当たり前」な風潮も、山口さんエンジンになったそうです。
山口:当時はアートマネジメントの業界に多様なロールモデルが存在していなかった。アート業界で働くといえば、家庭や生活を顧みず仕事に没頭する"バリキャリ"と呼ばれるような敏腕マネージャーのイメージでした。ただ私同様に、仕事の質を落とさず、結婚や出産などライフステージの変化にも対応できるような働き方をしたい人も多いのではないか、と考えました。そこで似たような考えだったフリーのアートマネージャーやアーティストが集まり、NPOを立ち上げたわけです。
アートマネジメントのスペシャリスト集団が連帯すれば、知識のシェアや学びあいも可能です。マネタイズのヒントも多彩に得られる。一人だけでは埋められない「膨大な知識」を補完しあえます。また歯を食いしばって一人でせざるをえなかったハードワークもシェアする選択肢が生まれます。ブラックな労働環境に甘んじる必要もなくなる。
実際、NPO法人アルファルファを設立したことで目指す生活に近づけることができました。成功のキーワードは「ゆるやかなネットワークでつながっていること」だといいます。
山口:メンバーは2000年頃に東京国際芸術祭のYAMP(Youth Art Management Project)やトヨタアートマネジメント講座などで出会ったフリーのアートマネ―ジャーが中心です。今は子育てしながらであったり、別の会社の仕事をしていたり、あるいはITコンサルタントをしていたりと、それぞれ別のフィールドを持ちながら、参画してくれています。これまでならアートの世界から離れざるをえなかった人、あるいは離れた人でもアートマネジメントに携われる。アルファルファはガチガチの会社組織ではなく、長くアートマネジメントに携わりたい人のための"箱"のようなものだと考えています。
実際の活動は大きく3つ。
一つはまずコンテンポラリーダンスなどのパフォーミングアーツを中心としたアート関連イベントの「企画・制作・コーディネート」。2つめが振付でダンサーの平山素子氏などの「アーティスト・マネージメント」。そして最後に「人材育成」です。
実際の協働先は、新国立劇場やアサヒ・アートスクエア、愛知県芸術劇場など、名だたる組織が並ぶのが特徴的です。フリーランスのスペシャリスト一人では請け負えないスケールの案件を請け負えるのは、「ネットワーキングの大きなメリットだ」と強調しました。
山口:大きなプロジェクト、大きな組織で経験できることは確実にある。大きな劇場や組織との仕事をさせてもらう中で、私を含めたメンバーは「一人ではできなかったキャリアアップ」や「知識の底上げ」ができた実感があります。また我々のミッションが、社会とアートの接点を増やして、世界を楽しく豊かにすること。その実現にも多少寄与しやすくなっています。
またアルファルファの事業の一つである「人材育成」に関しては、山口さんが現在教鞭を取る法政大学キャリアデザイン学部の「アートマネジメント論」を例に解説しました。
東京都足立区北千住地域を活性化させるためのアートイベントや、スパイラルホールでのイベント・プロジェクトの支援などを通して、アートマネジメントを実践的に経験させていることを伝えました。また、この授業は「年を追うごとに受講生が増え続けている」といいます。
山口:一般大学の彼らはアートと直接関係がある職業に就く可能性は低いです。けれど、経営にアートの視点が役立つことが注目されたり、地域行政や企業主導のアートイベントも増えています。行政側、企業側にアートやアーティストを理解し、知識をもった彼らのような人材がいたら入り口も出口も大きく変わってくると思っています。
「こうした学生、ビジネスパーソン、地域行政にかかわる人、多くの地域住民にいたるまで、いろんな立場でアートへの思いをもった人たちが、それぞれの社会的スキルをもってかかわることができる、開かれた広場をつくることが大切なのではないか」と最後に提言。講義の前半を締めくくりました。
「あとで揉めない」ため必要な約束ごと。
後半は、TAMスクールの企画プランナーである田尾圭一郎(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社CCCアートラボ事業本部プロジェクトプランニング事業部ユニット長)も登壇。山口さんに、質問を投げかけるかたちで進行しました。
田尾:アルファルファのいう"緩やかなネットワーク"の雇用体系はどの様になっているのでしょうか?
山口:私も含めて誰も雇用関係にはない状態です。ライフスタイルにあわせて無理せず働けるゆるさがある代わりに、そうした責任は一旦棚上げしている面はあります。ただ繰り返しになりますが、やはりバリキャリではない、ブラックな労働ではない別のかたちでもアートとの接点、マネジメントに携わりたい受け皿をつくりたいと思っていましたので。それでも、法人でなくては受けられない仕事を請け負うことができるのは、メリットに感じてもらえています。
田尾:緩やかなだけに、「ここまでは私、ここからはお願い」とお互いの仕事の領域を区切るのが難しくないでしょうか?
山口:そうですね。だから私たちは"ふんわりとワークシェアしない"ことを強く意識しています。「ここまではAさんの領域。ここからはBさんの領域ですよ」とキックオフの段階で明確にしています。これをしないとやはりトラブルになる。最も、それぞれの能力や領域を認識していないと質、量ともに役割分担は難しいので、経験値が大きくなる面もありますが。
田尾:北千住の例などで、大学生や地域の方々が積極的にアートプロジェクトにかかわってくださっているようでした。彼らのモチベーションはどこにあって、どのように参加しているのでしょうか?
山口:これはそれぞれの現場の方も感じていると思いますが、いま若い方々が「地域のためになにかしたい」「社会の役に立ちたい」という意識がとても強いんですね。まずそれがモチベーションの前提だと思います。その意味でも間口をひろげた、場づくりをしておくことが大切だと感じています。
田尾:仕事と生活、別の勉強など、どれか一つに比重を偏らせるのではなく、役割分担を明確にして協力しながら、チームでアートマネジメントする。コレクティブのようにスペシャリスト、ゼネラリストがネットワークを形成したほうがより多様なアートプロジェクトを実施できる。アートと社会との接点を増やすことにつながっていきそうですね。
山口:流行り言葉でいうと、そのほうが「サステナブル」なのだと思います。高齢者になっても、ずっとアートイベントに参画できるような"箱"をつくりたいんですよ。
質疑応答「ネットワークをつくる最初の一歩は?」
最後は参加者の方々からの質疑応答で講義が締めくくられました。
たとえば自身もアートプロジェクトのマネジメントに従事するという方から「地域密着型のプロジェクトだと、自分の意見が通らないと相手を攻撃したり、コミュニティを壊そうとするような方が現れることがある。そうした方への対策は?」との質問がありました。
これに対して山口さんは「コミュニティの問題はコミュニケーション不足に端を発することが多い。特にアートマネジメントの場合は『小難しいことをいわれた』と抵抗感を抱かれることもありえる。それだけに、かかわる一人ひとりの声に普段から意識して耳を傾けるのがいい。相手がどう思っているかを常に意識して、聞く耳を持つ。非常に手間はかかるが、その積み重ねしかない」と現実的な解答が返されました。
また舞台芸術の分野で制作をしている方からは「協働の場、ゆるやかなネットワークはとても共感できた。自分も互いに助けあえる存在となり、ネットワークを築きたいが忙しく、そうした関係を築きにくい。何かいい足がかりというか、最初の一歩はどうするのがいいか、ぜひ知りたい」との問いが。
これに山口さんは深くうなずきながら「どうしても目の前のプロジェクトに手一杯で、つながりたい気持ちだけが空回りする。とても共感できる。自分たちは若いころに、カフェ形式の小さなイベントを頻繁に開いてヨコのつながりを得た。今回のこのTAMスクールもそうだが、リアルで気楽につながれる機会を意識してつくるのがいいと思う。今日のこの講義が一つのきっかけに、みなさんつながりましょう」と逆に提案がなされました。
こうして約1時間にわたる講義は、共感の輪をひろげるかたちで終了。それはタテ・ヨコ・ナナメの多彩なスペシャリストがつながる、ゆるいネットワークの新たな萌芽の瞬間でもあったようです。
2021年7月5日
取材・文:箱田高樹(カデナクリエイト)