アートとボランティア
社会が変わり、アートが、表現も制作過程も進化すれば、アートへの携わり方も進化し、ボランティアのあり方も進化するのは当然だといえる。制作者と鑑賞者という、作品を介して立場が異なることを前提とした関係の構図が崩れれば、アーティスト自身以外の人々も、完成された作品を鑑賞するだけの客体から、制作に参加・関与したり、作品の一部と位置づけられたりすることさえある。制作の過程や作業に直接参加するエキストラも、家屋や食品などを提供したり、地域住民との橋渡し役を務めるなど、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)を支えてくださる住民も、作品を解説するガイドも、すべてボランティアと呼ばれる人々だ。
アートの定義も難しいように、ボランティアの定義も難しい。あえて大雑把にいい切れば「経済的・社会的な報酬を求めない、自発的な利他的行為(者)」を指す。(社福)東京ボランティア・市民活動センターのウェブサイト内の「ボランティア活動4つの原則」には「自分からすすんで行動する─自主性・主体性」、「ともに支え合い、学び合う─社会性・連帯性」、「見返りを求めない─無償性・無給性」、「よりよい社会をつくる創造性・開拓性・先駆性」の4項目を掲げている。
つまり、ボランティアが尊ばれる社会でないと、与えられたものを受動的に選ぶだけの消費者が、自らよりよい社会づくりを進める市民へと育つことはなく、市民社会も育たない。ボランティアが、そして、市民が育つのは、参加しお互いを育てあう機会があるからだ。
ただし、ボランティアは、単なる労役ではない。ボランティアが市民として育つのは、参加を通じて成長できる機会だから。ボランティアを続けたいと願うのは、成果を実感するから。ボランティアに「参加してよかった」と思うのは、アーティストや地域に役立てたと感じるから。そして、家族や知人などに「一緒にボランティアに参加しよう!」と誘うのは、喜びを共有したいからだ。
いい換えれば、人々がボランティアとして参加する機会をもたらすことで、アートとアーティストは、消費者が市民へと育つきっかけをもたらしているといえるが、単に労役を担っていただくだけではなく、アーティストや地域に貢献できたと実感できるとともに、人々が互いを育てあえる機会となるような努力や工夫も求められる。成果や成長の実感が、参加する人々を増やす原動力となることは、企業やスポーツなど、あらゆる分野に共通する普遍的な原理でもある。
アーティストや、福祉・教育・環境などの活動団体が、支援を求める側として、外部の人材に期待するのは、もちろん成果や効率だ。しかしボランティアは、報酬を受け取って業務を担う従業員や業者ではない。アーティストや団体のリーダーの「人柄に惹かれて」という事例もあるだろうが、それは「好み」に過ぎず、多くの人々に継続的に参加してもらうことは難しい。行政・企業などの組織に参加してもらうためには、「誰に、どんな効果をもたらしたいか」という「意義」を共有してもらう必要がある。福祉や自然災害の被災者支援など、活動の対象や意義に緊急性や重要性が共感されやすいテーマに、多くの人々や組織が参加し、継続的な支援に結びつきやすいのは、このためだ。内閣府の「市民の社会貢献に関する実態調査」(平成28年)によると、回答者3,707人中、ボランティアしたことが「ある」という経験者は17.4%。分野別には「子ども・青少年育成」(25.9%)、「まちづくり・まちおこし」(25.5%)、「保健・医療・福祉」と「自然・環境保全」(19.8%)が上位を占め、「芸術・文化・スポーツ」は6番目(16.0%)だった。
アートのみならず、教育や環境、そして、人類にとって最も原初的で普遍的なボランティアである自治・地域づくりにおいても、共通の深刻な課題は、その担い手の不足だ。すでに日本は1995年から生産年齢(15歳から64歳)人口が、2010年からは総人口も減少期に入り、一方で、介護や医療などの必要性が高い85歳以上の人口は、1995年の157万人から2015年には488万人へ、そして2035年には1,001万人へと増加する。高齢者の生活支援などの福祉は、介護保険事業などの従業員も、地域におけるボランティアも、ともに需要が増え続ける。
そんななかで、せっかく関心を持ち、参加してくださったボランティアを、刹那的に使い捨てにするのではなく、継続的なパートナーとして参加し続けていただくためには、最低限度のボランティア・マネジメントを行っていく必要がある。給与を支払っている人にも、いない人々にも、ともに組織の一員として力を発揮し続けてもらうには、①適材適所の編成、②目標の設定と評価、③受け入れ体制の整備、④育成、⑤募集の「人事の基本5業務」(※1)を着実に実践する必要がある。このうち「受け入れ体制の整備」として最も大切なことは、ルールを設けることと、感謝することだ。
※「人事の基本5業務」については、IIHOE刊「ソシオ・マネジメント」創刊号「社会に挑む5つの原則、組織を育てる12のチカラ」72ページ参照。
ボランティアであっても、スタッフとして、現場の安全を守る一員として、また、ボランティアだからこそ、公正・公平(フェア)に扱うには、個人情報の取扱いから交通費の支払いまで、予めルールを定めて、その遵守を誓約してもらってから参加してもらうことを勧めたい。また、準備段階や事務などの裏方を支えるスタッフなど、現場で参加者などの感動や感謝を受け止める機会に恵まれにくいボランティアにとって、アーティストはもとより、ボランティア同士で、感謝する機会や制度を設けておくことも、「続けたい」「誘いたい」と感じる重要なきっかけとなる。
アートの制作や、作品のエキジビション(展示・公演)が、より長期また大規模に行われるならば、アーティストやその代理人にも、より高いプロジェクト・マネジメント力が求められる。その要素の一つであるボランティア・マネジメント力を高めることで、アートと社会との接点がさらに膨らむとともに、市民社会が育つことも期待されている。