企業メセナ
「メセナ(mécénat)」とは人の名前に由来する。古代ローマの初代皇帝アウグストゥスに仕えた高官マエケナス、文芸作家を手厚く擁護したことから後に「芸術文化支援」を意味するフランス語になった......そんな、あまりに時代を遡る言葉が、いまの私たちにどうかかわるの? って、大アリ。実にネットTAMそのものがトヨタ自動車の「メセナ」活動なわけですから。
このカタカナ三文字が日本で広まったのは、1990年に企業メセナ協議会ができてから。社会貢献の一環で企業が行う芸術文化支援、としておおむねご理解いただいたけれど、バブル経済の終わりごろに流布したためか、景気の浮き沈みとセットで語られることも少なくなかった。でも「メセナ」、スポンサーでもパトロンでもない、手垢のついていない言葉を使ったのは、新しい概念、芸術文化支援について議論を喚起したかったからで、「メセナ」によって顕在化したこと、開拓された領域というものがある。
まず、日本では民間が行政に先駆けて芸術文化を支えてきた、という事実。美術館や音楽ホールなどの文化施設が企業によって数多く運営されているし、歴史あるコンクールも主催すれば、文化財団もつくっている。地域振興の趣旨から、一緒に汗を流して地元を盛りたてようと文化活動を手がける企業は驚くほどたくさんある。これら、規模もさまざまな企業が独自のやり方で(メセナとはいってこなくても)取り組むことで、多彩な芸術文化活動が花開いてきた。そして何より、社会の要請に敏感に、柔軟に、きめ細かくこたえられるのが企業の強み。若手アーティストの創造支援、アートと出会う場の拡大、アートを通じた次世代育成や国際交流、ニッチな分野に目を向けたプログラムづくり......メセナ担当者の創意工夫で経営資源をいかしたメセナや、市民プロデューサーやアートNPOとの協働も広がっている。
では、なぜ企業が芸術文化を支えるのか、という観点から「メセナ」の意味を考えてみよう。アートが好きだから? すばらしいから? 確かにそのものの価値はある。でも、企業はその先の「社会」を見ている。アートがコミュニティーの絆となって交流を促したり、人々に新たな発想をもたらしたり、課題にクリエイティブに向き合う手立てとなるから。多様性を尊重する創造的で活力ある社会を実現するうえで、芸術文化は力を発揮する。だから「メセナ」とは、狭義の「芸術文化支援」にとどまらず、「芸術文化振興による社会創造」であるといえるのだ。
(2012年2月8日)
関連文献
『メセナを知る本』 編集・発行 公益社団法人企業メセナ協議会 2010年 |
企業メセナ20年間の歩みと各種資料、関係者のコメントなど豊富な情報をわかりやすくまとめた特別保存版概論書。