リスク・マネジメントにおいて重要な経験値と対応の姿勢
リスクの分類~「避けられないリスク/避けることが可能なリスク」
リスクの分類の仕方はいろいろあります。「経営が取りあげるリスク(商品戦略、ブランド戦略)/経営がコントロールするリスク(財務リスク、ハザードリスク、オペレーショナルリスク)」といった分類や、「動的リスク(情報漏えい・法律違反など発生に人為的な要素が関係するもの)/静的リスク(地震・火災など発生に人為的な要素が関係しないもの)という分類、「避けられないリスク/避けることが可能なリスク」などがあげられます。
ここでは「避けられないリスク/避けることが可能なリスク」といった視点でアートのリスク・マネジメントを考察してみましょう。
「避けられないリスク」の代表的な例は、地震・噴火・津波・台風といった自然災害です。避けられないからといって黙って通り過ぎるのをじっとみているのではなく、事故が発生しても損害を可能な限り小さくする努力と工夫を実行することが肝心です。展示系アートでいえば、例えば美術館や博物館等の地震リスクに対する対策では、展示品をテグス(釣り糸)で固定するとか免震台を使用することが被害を最小限にする手段となります。
「避けることが可能なリスク」では、発生した過去の事故から防止策を学ぶことが重要です。例えば美術品の破損事故はどのようにして発生したのかを考えてみましょう。1人で持ち運びできる絵画でも、美術品輸送会社では、展覧会の展示作業を行う際は必ず複数名で運びます。このように過去の事故例から学ぶことが、破損等の人為的な損害に対する防止策になります。
私は、阪神・淡路大震災の際、文化庁と全国美術館会議、ロサンゼルスのポール・ゲッティ美術館が中心となった災害美術品レスキュー(文化財レスキュー事業)にボランティアとして参加しました。このとき、事故の現場には今後の事故を防止するヒントが隠されているということを明確に確認できました。震源に近い神戸市博物館では壁から離して置いてあった独立展示ケースが倒れず、一方震源から遠い大阪の美術館では、壁から離れた独立展示ケースが倒れていました。冷静に周囲の状況を見極めると、床の素材がPタイル(薄い板状のプラスチック系床材)とタイルカーペットという違いがありました。Pタイルの床では、床と独立展示ケースの足との摩擦が少なく、建物が一瞬揺れてもケースは宙に浮いたようになり、倒れずにすんでいたのでした。このように事故現場を仔細に観察し、原因を把握してその後にいかしていくことがリスク・マネジメントでは重要です。
リスク・マネジメントにおいて重要なのは「経験知」と「主催者の姿勢」
上演系アートは比較的事件・事故の発生する確率が高いことは前回述べましたが、リスクをうまくマネジメントできるかは、主催者の姿勢にも大きくかかっています。リスク・マネジメントの極めて良好な美術展でも、一番重要な要素は主催者の経験とその姿勢であり、それらがリスク・マネジメントのすべての根源となります。
上演系と展示系に共通していえる重要なリスク・マネジメントのひとつに、イベントでの観客誘導や上演中の観客の誘導方法があります。観客誘導におけるリスクのマネジメントでは、主催者が過去にアートの企画をどのくらい経験していて、そのノウハウをどれだけ持っているかが肝要です。例えば「将棋倒し事故」は過去何度となく発生していますが、主催者が事故防止のノウハウを持ち、その防止のため、あらかじめ十分な準備ができているかどうかがポイントです。豊富な経験があれば、どのようにすれば事故を防止できるか想像できますし、主催者の事故防止の姿勢そのものが、リスク軽減に直接つながっているのです。
イベントは、ボランティアやフリーランスの協力なくしては成り立たちません。こうした方々についても、リスクをマネジメントする必要があります。特にボランティアは、謝礼も十分ではなく手弁当で参加してもらうこともあるからこそ、通勤途中や活動中の事故については問題となります。ボランティアの指導等は各団体がおこなっていますが、補償問題まで考慮されているか、事前に確認しておく必要があります。ボランティア保険は、ボランティア活動中の本人のケガによる死亡・後遺障害・入通院費用と、第三者に対し身体や財物に損害を与えて法律上の賠償責任を負った場合の補償があり、設計によってはごくわずかな保険料で加入することが可能です。フリーランスに対しては、労災に代わる仕組みで傷害保険を年間包括で契約し、期末に確定精算する方式をとることが可能です。こうすることで人数を把握しにくいアートについても、事後に報告することで保険手配の簡素化が可能となっています。
ボランティアやフリーランスに対する補償まで十分に考慮しておく主催者の姿勢が、結果的に、イベントのリスクを軽減させることにつながっていくのです。
(2010年7月15日)