アーティスト、ボランティア/サポーター|
アートプロジェクトを「ともに」に動かす
アートプロジェクトの先進性は、多様な人のかかわり方の設計にこそ宿ります。
では、多様な人とは誰でしょうか。アートプロジェクトを動かす事務局の視点から眺めたとき、その目に映るのは、アーティスト、ボランティア/サポーター、場所を提供してくれたり物品を貸してくれるまちの協力者、協賛企業の人、許認可などでお世話になる警察や消防の人、行政の人、アートプロジェクトの参加者、そしてこれから出会うであろう人…。少し想像しただけでも、まさにさまざまな顔が浮かびます。
事務局は彼らとどのような関係を築くことができるのか。その結節点のつくり方は、アートプロジェクトの真価を左右するともいえます。
その中でも、今回は、「『東京アートポイント計画が、アートプロジェクトを運営する「事務局」と話すときのことば。の本<増補版>』(以下、通称の『ことば本』)の中から「アーティスト」と「ボランティア/サポーター」に焦点を当てます。両者はアートプロジェクトの現場(その規模の大小にかかわらず)で事務局が出会う最も身近な「人」です。ここでは、彼らと事務局のかかわりを紐解きながらアートプロジェクト運営について考えてみたいと思います。
「アーティスト」という存在
まず、「アーティスト」とはどのような存在でしょうか。私自身は、この社会(世界)において、自分の立脚点を作品(作品体験)という形態を通して示してくれる存在だと思っています。
個人的な経験ですが、私がアーティストを意識したのは、高校生のころでした。ある日、美術の授業で珍しく美術史の講義があり(当時はデッサンなど制作の割合が多かった)、古代から20世紀初頭までの美術作品のスライドを眺めていたときのことです。そこに映し出される作品の背景(歴史的、社会的、そしてアーティストの個人的なストーリー等)を学ぶにつれ、アーティストが生み出す「作品」は社会と通じる「窓」のようだと感じました。まだ10代の稚拙な考えでしたが、「現代を生きるアーティストの考えや作品を知ることによって、私が今生きている社会を捉えることができるのではないか」と心惹かれました。
その後、大学でアートマネジメントを学び、アートNPOの事務局としてアートプロジェクトに携わり、その時の直感は間違いではなかったと確信しています。アーティストはその鋭い視点や思考の過程、その結晶ともいえる作品を通して、この社会(世界)がいかに多様で複雑で奥深いものなのかを示します。さらに、過去、未来、現在の時間軸や空間自体をも超えた接続を生み出し、価値観の異なる他者と、時には自分自身までも新たな結び目でつないでくれる。大げさに聞こえるかもしれませんが、私はそういう存在だと思っています。だから彼らと向き合うとき、じりりとした緊張感に包まれます。
アーティストと向き合うとき
ここからはアーティストと事務局のかかわりについて考えていきたいと思います。
今月のことば
アーティストアーティストへ最初に仕事を依頼するときには、内容を決めすぎない。アーティストの動き方を拘束することになるからだ。想像も及ばないプランやヴィジョンと出会うことや何が起こるか分からないプロセスこそがアートプロジェクトの醍醐味。むしろ、プロジェクトをともにつくりあげる状況をつくるための予算や条件を整理し、はじめにきちんとアーティストとその前提や目的を共有することが大事になるだろう。
『ことば本』46-47頁
まず、アーティストの仕事は、請け負い仕事ではないということを忘れてはいけません。そして、アートプロジェクトは予定調和を好まないということも。アーティストはプロジェクトの目的や展開する場所などと真摯に向き合い、その鋭い視点によって普段見過ごしてしまうようなささやかな事象に光を当て、私たちの固定観念を揺さぶります。『ことば本』にもあるように、企画の内容を決めすぎることはアーティストが力を発揮できないばかりでなく、アートプロジェクトの可能性を狭めてしまうことにつながります。
事務局は、「なぜ、アートプロジェクトを行うのか」「プロジェクトのコンセプトは何か」「どこで、誰を対象に行いたいのか」「予算はどのくらいか」などのプロジェクトの骨格と条件を整えてアーティストと共有し、議論を重ねることから始めるとよいでしょう。企画側の本気度(熱意)をアーティストは見抜きます(だから、ものすごく緊張するわけです)。そして大事なのは、その熱意を届けたうえで、アーティストの想いや発想に耳を傾けることです。
すると、「えっ、そんな考え方があるのか」「これでは予算が足りないかもしれない…」「希望するような条件の場所がない」、時には(衝撃が強くて)「言葉が見つからない」といった風に、思いがけないことがあるかもしれません。それは、プロジェクトを動かしていくヒントです。事務局は、アーティストの作品に対する想いやヴィジョンに真摯に向き合い、最後まで可能性を狭めずに最善を尽くすことが一つの役割です。
時には衝突することもありますが、彼らの柔軟で豊かな視点に魅了され、またその厳しさに圧倒されながら議論を重ねる時間は、プロジェクトの本質に互いの焦点を合わせ、アートプロジェクトを動かすエネルギーとなります。
実際に、以前私が携わったアートプロジェクトでは、アーティストから「ニュートラルな場所を探して欲しい」という要望があり、プロジェクトを主催する行政担当者とともに必死に探し回ったことがありました。自然豊かな半島で、生活文化の中に祈りや祀りごとが習わしとして息づいている土地において「ニュートラル」な場所を探すことは困難を極めました。ようやく見つけた候補地をアーティストに視察してもらいましたが、最終的には、アーティストが納得する環境が見つからなかったこと、期日も迫っていたことから、プロジェクトの実現には至りませんでした。時にはこのように、実を結ばないこともあります。しかし、無理強いをしてプロジェクトを実施したとしても、何も生み出しません。
アーティストに寄り添い「ともに」考えて動く
事務局がアーティストから信頼されるパートナーとなったとき、アートプロジェクトは動き出すと言っても過言ではない。
…(中略)…
事務局にはアーティストと表現について語り合うことばも必要となるだろう。これから何をこの社会に生み出そうとしているのか。その目線を合わせることで、双方の役割分担のなかで対等に議論し、互いに信頼した現場をつくることができるだろう。『ことば本』46-47頁
アーティストは、常に既成概念のエッジに立ち、作品の実現にむけて限界ぎりぎりまで試行錯誤し続ける人です。
しかし、事務局もアーティストに負けず劣らず、従来のルールに囚われず可能性を探りながら、アートプロジェクトの環境を整えていく人であるはずです。環境整備は単なる作業ではなく、事務局が最大限のクリエイションを発揮する舞台なのです。
「ボランティア/サポーター」の視点
では、「ボランティア/サポーター」はどうでしょうか。『ことば本』では、下記のように捉えています。
今月のことば
ボランティア/サポーターアートプロジェクトを支えているのは事務局だけではない。ボランティアやサポーターの関わりは、プロジェクトの大きな支柱となる。その活動は、アーティストの作品制作の補助、会期中の会場受付や作品の監視役といったサポート業務だけでなく、作品鑑賞ツアーガイドのように事務局とともにプログラムの内容を企画し、実施するなど活動の幅は広がりをみせている。
事務局は、アートプロジェクトの目的やプロセスを彼らと丁寧に共有し、意見交換を重ねていくことが大切だ。…(中略)…彼らがアーティストや参加者と接して感じたこと、考えたことに耳を傾けることを忘れてはいけない。それらの声は、プロジェクトの課題に焦点をあて、それを改善していくヒントにつながる。
ボランティア/サポーターは、単なる事務局のお手伝いではない。プロジェクトを多角的な視野で捉えるきっかけを事務局に与えてくれる存在であり、プロジェクトの質をともに向上させていく仲間のひとりだ。
『ことば本』51頁
ボランティア/サポーターは、アートプロジェクトの受け手(参加者・来場者)の一番近いところにいて、プロジェクトの理念や意義を伝え、彼らと直に向き合っています。ボランティア/サポーターは、社会とアートプロジェクトの接点を耕し育んでくれる人です。
「ボランティア/サポーター」のかかわりの変化
一般的に、ボランティアとは「自ら進んで社会活動などに参加する人(無償、有償といった形態については、ひとまず措いておきます)」、サポーターは「支持者、後援者、応援する人」と捉えられていますが、近頃では、どちらの意味をも内包する呼び名として使われていたり、またその意味だけでは捉え切れないような活動の広がりが見られるようになってきました。
この活動領域の広がりやかかわり方の変化について、プロジェクト・コーディネーター/プランナーの若林朋子さんは、東京アートポイント計画で展開する「TERATOTERA」、「としまアートステーション構想*1」、「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」の3事業の「アートボランティア」を取材した、「アーツカウンシル東京ブログ「見聞日常『もう、ボランティアと呼ばないで−物語が生まれる居場所(サードプレイス)に集うアートな人々』」において考察されています。
*1:「としまアートステーション構想」は、平成22年度〜平成24年度(主催:東京都、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)、豊島区、特定非営利活動法人アートネットワーク・ジャパン)、平成25年度〜平成28年度(主催:東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、一般社団法人オノコロ、豊島区)で実施した事業です。
若林さんはこの中で、ボランティア/サポーターのかかわり方の変化を「恒常的」「裁量権」「サードプレイス」の3つの特徴で整理し、その呼称では捉えられない存在へと変容し始めていることに触れ、「ボランティアと呼べない新しいかかわり方の人々こそ、ごく自然にアートを生活のなかに取り込み、アートプロジェクトを育ててくれるのだ」と語っています。
なかでも「裁量権」の変化は、「多様な人のかかわりの設計」を考えるうえでとても重要です。なぜなら、「裁量権」の広がりは、プロジェクトを「自分事」として引き受ける人が増えるということだから。それは大きな可能性です。人は「自分事」となったとき、自ら思考し、時間をかけて実践を重ねていきます。まさにそれは、アートの力である「気づき」や「接続」につながります。
ささやかなことに注意を向ける
では、そんな彼らとのかかわりにおいて、事務局はどのようなことを心がける必要があるでしょうか。たとえば、かかわりの姿としてイメージしやすい会場受付や、インフォメーションセンターに立つボランティア/サポーターと事務局のかかわり方から考えてみます。
まず、事務局は受付の環境を整えることから始めます。取り組むアートプロジェクトの基本情報や緊急時対応の方法、彼らにお願いしたいことや注意点が記載されたマニュアル、プロジェクトの広報物、そして日報などを設置することが多いでしょう。この中で、日報は重要なコミュニケーションツールです。ここには、現場に立つボランティア/サポーターの気づきが集積され、それを申し送り事項として次の人に伝えること、それを共有し改善策を模索することで現場の運営力の向上につながります。
事務局は日報を読むだけではなく、対応を終えた彼らと直接話しながら、その視点を「ことば」にして共有する時間を持つことが大切です。「来場者からこんな質問を受けて困った」「先週来ていた方が再度訪れていてうれしかった」「マニュアルのこの部分がわかりづらい」「広報物の置き方を変えてみた」「アーティストとこんな話をした」などなど。そんなよくあるような些細なことが重要なのか、と思う人もいるかも知れません。しかし、微細な変化や前兆を察知する身体感覚は、アートプロジェクト運営においてリスクヘッジにつながります。そればかりでなく、ボランティア/サポーターの視点とそこで語られる「ことば」から、事務局が直接触れられなかった参加者・来場者の反応やなかなか気づきにくい運営面の課題、彼らが自ら考え「この環境をよりよくしよう」と工夫した実践の跡をたどることができます。そこには、事務局だけでは知りえなかった、アートプロジェクトのもう一つの風景が広がっているのです。
プロジェクトを豊かにするかかわり方の設計とは
冒頭で、「多様な人のかかわり方の設計にこそ、アートプロジェクトの先進性が宿る」といいました。ここでは、事務局がまず向き合う「アーティスト」と「ボランティア/サポーター」とのかかわりについて見てきましたが、そのかかわりにおいて、両者に共通していることがあります。それは、事務局が采配して物事を進めるのではなく、彼らの想いや気づきに注意深く耳を傾け、「ともに」考え動かしていくということです。
アートプロジェクトは予定調和なものではありません。アートプロジェクトは「明確な問題解決を目指すのではなく、状況を揺さぶり、問題をあぶりだしていく試み」です(『ことば本』41頁)。だからこそ、ともに感じ、考え、揺さぶってくれる「かかわる人」のあり方を柔軟に設計することは、アートプロジェクトそのものを形づくることといえます。
最後に、『ことば本』の中からもう一つ、「ことば」を紹介して終わりたいと思います。
今月のことば
関わりしろ
〜支える層が厚いほどひろがりのある活動になる〜持続可能な環境をつくる手段のひとつとして、社会との「関わりしろ」をつくることが考えられる。「関わりしろ」とは、プロジェクトに「関わる」ための「のりしろ」のこと。スタッフやボランティア、サポーターとして運営や企画づくりに関わることもそうである。事務局は、そのような関わり方ができるように、さまざまなプログラムを積極的に用意すると良いだろう。
地域での活動として、見守ったり、応援したり、情報提供したり、または、興味のあるプログラムに参加者として関わる人を増やすことも事務局の大切な役目。関わる人の層が厚くなればなるほどプロジェクトもダイナミックに動いていく。しかし、そのためには、モチベーションや参加度合いの異なる人が、お互いの関わり方を許容することも必要だ。プロジェクトを支える人の層の厚さは、プロジェクトそのものの成長となる。
『ことば本』64頁
2017年9月29日
おすすめの1冊
「アートプロジェクトの悩み 現場のプロたちはいつも何に直面しているのか」
編著:小川希、株式会社フィルムアート社、2016年
アートプロジェクトの最前線に立つプロならではのリアルな本音や視点に迫る1冊。アートプロジェクト運営のヒントもたくさん詰まっているので、すでにアートプロジェクトにかかわっている人も、これからかかわろうという人にもオススメです。