だれがどんな助成をしているか?
日本では、官民それぞれが、アートを対象としたさまざまな助成プログラムを運営しています。今回はその代表的なものをざっとみていきましょう。
政府・自治体による助成
まず政府関係では、文化庁のプログラムがあります。文化庁はしょっちゅうプログラムの名前を変えるので、なかなか覚えられませんが、まず「文化芸術創造活動への重点支援」というくくりのなかに、芸術団体のおこなう公演等の活動を対象とした助成プログラムがあります。ここでは、以前「最高水準の舞台芸術公演」という表現が使われていたことからもわかるとおり、限られた数の団体に対し、比較的多額の支援がおこなわれてきたのが特色です。このほか助成プログラムとしては、劇場など芸術拠点を支援対象としたものや、国際交流活動を対象としたものがあります。
これに、海外留学をふくむ新進芸術家養成育成のための研修プログラムや、子どものための舞台芸術体験事業を足し合わせると、およそ150億円の規模となります。政権交代後は地域の文化振興や人の育成に、とくに重点が置かれる傾向にあるようです。
文化庁関係でもうひとつおなじみなのは、政府の出資金と民間からの寄付金をもとにして1990年に創設された芸術文化振興基金でしょう。文化庁からの運営交付金も毎年受け入れていますが、助成プログラムの多くは基金の運用益によって運営されており、助成額は20億円弱といったところです。
芸術家、芸術団体向けの活動支援についていうと、これまでは、文化庁本体の助成プログラムが、(「最高水準の」という言葉からもわかるとおり)「頂点を引き上げる」施策であったのに対し、芸術文化振興基金のほうは「すそ野を広げる」施策として位置づけられてきました。「すそ野」と言われると、言われたほうは少し悲しい気もしますが、実際中心的なカテゴリーである「芸術家および芸術団体が行う芸術の創造又は普及を図るための活動」では、応募件数に対する採択率が、ほぼ一貫して40%くらいを保っており、非常に「通りやすい」プログラムであることは確かだといえます。
次に、海外との交流事業に対して助成しているのが国際交流基金です。国際交流基金は外務省系の独立行政法人で、日本語教育や日本研究とならんで、文化芸術交流事業の推進を事業の柱にしています。このうちアートに関連した助成プログラムには、海外でおこなわれる展覧会・公演や、海外のアートを日本に紹介する展覧会・公演を対象にしたものがあります。助成されるのは主として渡航に関する費用です。
また、日本の舞台芸術作品を紹介する米国の非営利団体向けの助成プログラムや、ヨーロッパに本拠を置くフェスティバルやプレゼンターを対象にした助成プログラムも用意されています。
政府関係ではもうひとつ、1994年に旧・自治省によって設立された財団法人地域創造が重要です。その名のとおり地域での文化芸術活動の促進を目的としており、助成の対象はおもに地方自治体や公立文化施設ですが、自主事業のノウハウの蓄積や、地域間のネットワークの構築につながるよう工夫されたプログラムとなっています。
芸術助成は、各地方自治体でもおこなわれています。詳しくは各都道府県・市町村のホームページを見ていただくとして、ここでは横浜市のプログラムを少しだけご紹介しておきます。横浜市はクリエイティブ・シティ(創造都市)を標榜するだけあって、アートへの助成もユニークです。現代芸術の公演・展示を対象とした「横浜市先駆的芸術活動助成」のほか、市の中心部に事務所やスタジオ、ギャラリーなどを設置するアーティストやクリエイターに開設当初の家賃を補助するプログラムや、アーティストの創造活動を支援する中間支援団体を対象としたプログラム、企業の社会貢献活動(CSR活動)や商業的文化事業のスタートアップを支援するプログラムなど、盛りだくさんです。いずれも、アートを地域に呼び込み、しっかり根づかせることで都市を活性化していこうというねらいが明確だといえます。
民間による助成
さて一方、民間ではどのような芸術助成がおこなわれているのでしょうか。民間といえば企業メセナですが、企業本体が本格的な助成プログラムを持っている例は大変少ないのが現状です。自主的な企画や自前の施設運営が目立つのが、日本の企業メセナ活動の特徴といえるかもしれません。
企業メセナ協議会の出している「メセナリポート」によると、メセナの方法として最も多いのは「資金支援」となってはいますが、これには、たまたま頼まれたり縁があったりして出した寄付、または協賛的なものや、大きな文化施設、オーケストラ等の支援会員費などが多く含まれていると思われます。こういった支援は、ともすれば自主事業的なものより地味な印象をもたれがちですが、果たしている役割は実はたいへん大きいといえます。ただ一方で、支援の基準や助成プログラムの要項を明らかにしている企業が、資生堂などごく少数にとどまるのも事実です。「制度化された」助成は、むしろ財団のセクターでおもにおこなわれているようです。
民間では、企業などが設立した財団が、各分野で助成活動をおこなっています。ただしセクターとしてみたときの規模は小さく、アートに助成するプログラムがある財団をすべて数えても100に満たないくらいです。アートを専門として活発に活動しているものはその半分もありません。助成額もすべて合わせて、せいぜい年間20〜30億円だと思われます。
企業が好景気に沸いた1990年前後に設立のピークを迎えた以降、景気後退や低金利の影響もあってあまり設立されておらず、最近できた助成財団では、2007年設立の、文化・芸術による福武地域振興財団が目立つ程度です。対象ジャンルとしては、企業メセナと同様、一に音楽、二に美術といった序列となっています。
けれども、自分が助成財団の人間だから言うわけではないのですが、プログラム面から考えたとき、民間財団は芸術助成に大変大きな役割を果たせる可能性をもっているのです。なぜなら、助成財団は、アートならアートに対して「助成をするためだけ」に設立された組織だからです。そのため、専門性を蓄積しやすく、長期的な見通しのもとにプログラムを構想することができるのです。税金を財源とする政府や自治体のように、公平性にとらわれる必要も、「万人を納得させる」理屈を編み出す必要もありません。それゆえに、自分たちの理念や、アートに対する考え方を貫くことができます。先例にとらわれない新しいプログラムの開発や、冒険的な助成も、その気になれば可能です。企業のように、景気や業績の波を直接受けることもなく(多少は受けます)、トップが交代して急に方針が変わったということも、あまり耳にしません。
アートを支援していくうえで、これらの特質がどれだけ大きな強みであるかおわかりになるでしょう。今後、アートに助成する財団を、企業や個人がつくりたくなるような制度を、もっと拡充していくべきだと思います。
(2010年3月15日)