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日本の取り組み

 「クリエイティブ・インダストリー」政策の先進国である英国にはまだおよばないものの、日本においても、近年になってさまざまな「クリエイティブ・インダストリー」に関する取り組みが開始されています。

日本における市場規模[*1

 経済産業省の調査によると、日本のクリエイティブ・インダストリーの売上高は約45兆円、事業所数は約21万か所、従業員数は約215万人の規模となっており、日本においても大きな規模の産業セクターであることが理解できます。また、これらが産業全体に占める割合は売上高で7%、事業所数または従業員数で5%となっています[*2]。

「産業構造ビジョン2010」におけるクリエイティブ・インダストリー

 経済産業省は、今日の日本の産業の行き詰まりや深刻さを踏まえ、今後、「日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか」についての最終報告書「産業構造ビジョン2010(産業構造審議会産業競争力部会報告書)」[*3]を2010年6月3日に公表しました。
 なお、同報告書においては、「クリエイティブ・インダストリー」という名称は使用されていませんが、ほぼ同じ内容を意味する「文化産業(ファッション、コンテンツ等)」が用いられています。
 同報告書において、「文化産業」は、日本の将来を創る「戦略5分野」の一つと位置づけられています。そして、「日本を世界のクリエイティブ拠点」とすることにより、「文化産業を21世紀のリーディング産業に」成長させていくことが期待されています。
 具体的には、「文化産業」は2007年時点で約49.7兆円の生産額(市場規模)と約299.7万人の雇用となっていますが、これを2020年にはそれぞれ約56.6兆円、約326.1万人に増加させることを目標としています。

「新成長戦略」におけるクリエイティブ・インダストリー

 同年6月18日、政府は「強い経済」実現への道筋を示した「新成長戦略」を閣議決定しました。そして、同戦略においてクリエイティブ・インダストリーに関連して、その第1章にて「<強い人材>すなわち将来にわたって付加価値を創出し、持続可能な成長を担う若年層や知的創造性(知恵)(ソフトパワー)の育成は、成長の原動力である」[*4]と位置づけたうえ、拡大したアジア市場に対して、「日本のコンテンツ、デザイン、ファッション、料理、伝統文化、メディア芸術等の『クリエイティブ産業』を対外発信し、日本のブランド力の向上や外交力の強化につなげる(後略)」[*5]としており、2020年までに実現すべき成果目標として「アジアにおけるコンテンツ収入1兆円」を掲げています。

「クリエイティブ産業部」と「クール・ジャパン室」

 クリエイティブ・インダストリーが今後の日本の経済成長を支える戦略分野の一つとして期待されていることを背景として、経済産業省においては、当該産業を育成する専門部署「クリエイティブ産業部(仮称)」を2011年度に新設するため、予算の概算要求の組織改正案に盛り込む方針であると新聞報道されました。新設部署の担当職員は50人程度の人員を想定されており、映画やアニメの制作に関する資金調達、流通ルートの確保などを支援する模様です。[*6
 既に経済産業省では、海外で根強い人気がある日本のアニメやファッション等に代表されるクリエイティブ産業の海外進出促進、国内外への発信や人材育成等の政府横断的施策の企画立案および推進をおこなうことを目的に、2010年6月8日付けで「クール・ジャパン室」を設置しています。そして同室では、具体的には、経済産業省における文化産業に関する施策の窓口として、関係省庁、内外の民間関係者と連携し、海外市場開拓、国内外でのイベント開催等による日本の文化産業の国内外への発信や、大学との連携・人材マッチング等によるクリエイター人材の育成といった政府横断的施策の企画立案および推進をおこなっています。[*7

「文化芸術創造都市モデル事業」と「文化庁長官表彰」

 クリエイティブ・インダストリーに関連する政策を推進しているのは経済産業省だけではなく、実は文化庁も大きな役割を果たしています。
 文化庁では、文化芸術の持つ創造性を活かして産業振興や地域の活性化に取り組んでいる地方自治体やこれから取り組もうとしている地方自治体を支援することを目的として、「文化芸術創造都市モデル事業」を2010年度から開始しており、初年度は6都市が採択されています[*8]。
 また、文化芸術の力により、市民参加で地域の活性化に取り組み、特に顕著な成果をあげている市区町村を「文化芸術創造都市」として表彰するため、2007年度から文化庁長官表彰(文化芸術創造都市部門)を創設しており、2010年9月現在で、下記の12都市が表彰されています。[*9

2007年度 2008年度 2009年度
横浜市(神奈川県) 札幌市(北海道) 東川町(北海道)
金沢市(石川県) 豊島区(東京都) 仙台市(宮城県)
近江八幡市(滋賀県) 篠山市(兵庫県) 中之条町(群馬県)
沖縄市(沖縄県) 萩市(山口県) 別府市(大分県)

クリエイティブ・インダストリー:今後の展望と課題

 本稿の最後に、日本の「クリエイティブ・インダストリー」政策に関して、下記のとおり、3つの"クリエイティブ"な提案をおこないたいと思います。

①総合的な「政策クラスター」の展開

 英国の「クリエイティブ産業」政策の事例に見られるように、ある社会的課題を解決するにあたって政策・施策の効果が最大限発揮されるため、個別の政策分野だけを対象とするのではなく、関連政策も含めた大きな「政策クラスター(房)」として包括的・総合的に取り組むことが望ましいと考えられます。
 こうした「政策クラスター」はいろいろな分野で検討することができるはずですが、以下においては一つの事例として、「防災政策」と「産業振興政策」のミックスした「政策クラスター」を提案してみたいと思います。
 この「政策クラスター」では最初に、大都市圏において多数の帰宅困難者が発生すると予想されるターミナル駅周辺地区を「防災特区」に指定します。この「防災特区」内においては旧・耐震建築の建築物が多数存在しており、もしも都市部において直下型地震が発生し、都心のターミナル駅においてこれらの建築物が崩壊・炎上した場合、大きな二次災害が発生する懸念があります。ただし、不動産に関する私権が強大である日本では、行政指導による建替はあまり効果が期待できないという大きな課題があります。そこで、「防災特区」内における旧・耐震建築の建築物を対象として、建替のための補助金を拠出するとともに、特区内の新・耐震基準の建築物を対象として、地元自治体が適正な市場価格でスペースを借り上げ、市場価格よりも相当な低価格で転貸するという政策を実施します。このように2つの政策を同時に実施することにより、経済合理性の観点からも、旧・耐震建築から新・耐震建築への建替が促進されると期待されます。そして、転貸の対象は、これからの成長が期待されるクリエイティブな産業の担い手を中心とすることにより、防災政策とターミナル駅周辺の産業振興政策が一体となって進展することになるのです。
 一方で、全国の百貨店売上高はマイナスが続き、経営統合や業務提携で立て直しを図る動きが目立つとともに、ターミナル駅前の百貨店において、地下の食料品売場(いわゆるデパチカ)以外のフロアは、売り上げ不振のために百貨店からの撤退が相次いでいます。こうした中、もしも駅前の百貨店が撤退した場合には、上述したクリエイティブな産業群が旧・百貨店のスペースに移転することによって、空いたスペースを充当することができるという副次的な効果も期待できます。
 このように、「防災政策」と「産業振興政策」のミックスによる「防災ターミナル・モデル都市(仮称)」の推進により、「ターミナル駅周辺の二次災害」および「駅前百貨店の撤退による都心部の空洞化」という2つのリスクを並行して解消することが期待できるのです。

②クリエイティブなキャリア・モデルの創出

 前述したとおり、政府の「新成長戦略」では、「<強い人材>すなわち将来にわたって付加価値を創出し、持続可能な成長を担う若年層や知的創造性(知恵)(ソフトパワー)の育成は、成長の原動力である」と記述されています。
 しかし現実の社会においては、クリエイターやアーティストをめざす若者が専門的な教育を終えた後、社会の中で自らのキャリアを発展させていくモデルは、あまり明確となってはいません。
 このことは、例えば一般のサラリーマンの場合、ある企業に就職すれば、自らが深く考えずとも、当該企業の中で適宜新たな役割が与えられて、おのずとキャリアを発展させていくことができることとは対照的です。
 そこで、例えば下記のような「地産地消シェフ・レジデンス」を提案したいと思います。ここで提案するのは、地域の豊かな食文化の魅力を発信するとともに、観光客(交流人口)を創出することを目的として、地域の豊かな地元食材を中心として活用した料理を提供するシェフを育成・支援していこうというプロジェクトです。
 地域人口の増加に貢献するため、レストランで料理を提供するシェフ候補は東京圏等、他都市在住の者のうちから募集します。また、地域の食材を効果的に活用できる料理分野を検討し、地元食材を用いた新たなメニューを提案するものとします。
 そして、コンペティションによって選定されたシェフは、地元自治体が一定期間借上げた空き店舗等をレストランとして改装し、地元食材を活用した料理を提供する実験的なレストランを開設・営業することとします。
 また、地域の金融機関、公認会計士・税理士の協会等と連携することにより、レストラン経営に関する経営面での支援を行い、試行期間後に当該シェフが自立してレストラン等を開業できるようにする、という提案です。
 この提案においては「シェフ」という分野で表現しましたが、例えば、お土産プロダクトのデザイナーなど、他の分野のクリエイターを対象としても同様の展開が可能だと思います。いずれの提案においても、クリエイターやアーティストをめざす若者が専門的な教育を終えた後、社会の中で自らのキャリアを発展させていくモデルを提示することが最大の目的です。

③真にクリエイティブな政策:「著作権特区」の実験

 本稿では詳しく触れる機会がありませんでしたが、クリエイティブ・インダストリーの振興を考えるうえでは、実は「著作権」が大きな鍵を握っています。もっとも、「著作権」を単純に保護するだけではなく、その活用を促進することがより重要です。
 特に21世紀においては、あるコンテンツを元にして新しいコンテンツを二次的に創造するという行為が飛躍的に増加するものと考えられます。こうした二次的創作のリミックス文化は「メタ・クリエーション」と呼ばれます。
 そして、「メタ・クリエーション」が進展していくと、クリエイターとユーザーの明確な差異が徐々に融解していき、生産者と消費者の中間的存在である「プロシューマ」のような、クリエイターとユーザーの中間的存在「クリエーザ(Creaser)」が台頭する時代が到来することも考えられます。
 こうした文化環境においては、過去のコンテンツを多くの人々が共有し、その改変を認めることにより、新たなコンテンツの創造もより活性化すると期待されます。
 そこで、クール・ジャパン振興のモデル地区を「著作権特区」と位置づけ、著作権法を適用除外して、二次創作の実験を自由におこなう、という従来の既成概念にとらわれない、クリエイティブな政策も一つの選択肢となるのではないかと考えられます。
 こうした「著作権特区」の実験から、もしかしたら「鉄腕アトム」の新たな物語が生まれて語り継がれるようになるかもしれないし、YMOのすばらしい"新曲"がリミックスされるかもしれません。
 いずれにしても、経済危機脱却のドライビング・フォースとなるような、クリエイティブな展開をめざすのであれば、当然のことながら、政策そのものがクリエイティブであることが必要です。
 そのためには、従来の政策関係者とアート関係者やNPO関係者との間のクリエイティブなパートナーシップを構築し、従来には見られなかったような革新的なクリエイティブな政策を企画・立案していくことが期待されます。本稿が日本におけるそのようなクリエイティブな展開の一助となれば幸いです。

[註]
  1. 経済産業省「平成21年度中小企業支援調査(生活文化産業支援のあり方に関する調査)調査結果報告書」2010: http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/consumergoods/downloadfiles/hakuhodo_itaku.pdf
  2. 2004年度のデータ。ただし、集計の便宜上で18種類(食、観光が含まれていない)に限定。なお、英国のデータと同一の定義ではない点に留意が必要。
  3. 経済産業省「産業構造ビジョン2010骨子」2010:http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004660/vision2010gist.pdf
  4. 内閣府:http://www.kantei.go.jp/jp/sinseichousenryaku/sinseichou01.pdf
  5. ibid.
  6. 読売新聞(2010年8月30日):http://job.yomiuri.co.jp/news/ne_10083002.htm
  7. 経済産業省:http://www.meti.go.jp/press/20100608001/20100608001.pdf
  8. 文化庁:http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2010/creativecity.html
  9. 文化庁:http://www.bunka.go.jp/ima/souzou_toshi/index.html

(2010年12月15日)

クリエイティブ・インダストリー(創造産業)入門 目次

1
「クリエイティブ・インダストリー」とは何か?
2
国際組織の取り組み
3
英国の取り組み
4
日本の取り組み
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