複数形の<アート>を評議する
(1)アーツカウンシル、それはアーツの議会
「アーツカウンシル」。またカタカナ、横文字か、と感じる方も多いことでしょう。今後、詳しく述べていくことになりますが、昨今「日本版アーツカウンシル」の動きが起こってきているものの、残念ながら英国が発祥で、「日本版」の名が掲げられているとおり、日本にはなかった概念です。そこでまず、この言葉を二つに解体して、アーツカウンシルとは何か、ひもといていくことにしましょう。
アーツカウンシルとは文字通り、アーツのカウンシルなのですが、ここで重要なのは「arts」と複数形になっていることと、そこに会議を意味する「conference」ではなく、討議や評議という意味合いの「council」という語が続いていることです。まず、なぜ複数形になっていることに意味があるのか、それはアーツカウンシルが扱うアートの範疇はきわめて広い、ということを表しています(参考:図1)。一方で「カウンシル」と名付けられていることに意味があるのか、それは「city council」というと「市議会」を指すことからも明らかなように、アーツ(多様なアート活動の分野・形態)について総合的かつ専門的に議論し、決定するという役割があることを表しているためです。
この連載では、アーツカウンシルとは何かについて、4回に分けて接近して参ります。初回となる今回は、そもそもなぜ、筆者がアーツカウンシルについて述べているのか、そのご縁について、大阪の取り組みを紹介しながらまとめます。次回は、アーツカウンシルの歴史と現代的な意味について、特に公共政策の観点から述べていくことにします。そして、第3回では日本を含めて各国の事例を紹介し、最終回では特に大阪におけるアーツカウンシル設置について、その課題と展望を示すことにいたします。
ここで、なぜ大阪とアーツカウンシルがそこまで関係するのかについて確認しておくことにしましょう。結論からいえば、2011年12月24日、橋下徹市長が大阪市戦略会議にて、「運営補助金を見直し」するために「行政から一定の距離を置き」「芸術の専門家らが助成を審査し、事後評価も行う」役割を担う、「文化団体への助成を一括して審査、評価する第三者機関」としてアーツカウンシルを設置すると指示を出したためです。実は就任前の12月9日、橋下徹市長は、既に毎日新聞の取材にこたえ、「文化行政での公金投入の在り方を検証」するためにアーツカウンシルを導入したい、という意欲を語っていました。改革派で知られる市長がなぜ、そこまでアーツカウンシルに力点を置いているのか、それはアーツカウンシルがもたらす4つの効果に期待が寄せられていると考えられます。
(2)アーツカウンシルで自治体文化施策の再設計
アーツカウンシルの導入によって、まず「組織の補助から事業の助成へ」という流れが生まれます。これまでの自治体による文化振興の取り組みは、自治体が出資した団体(いわゆる旧民法34条法人)を中心に、文化の担い手とされる組織への運営補助が中心でした。しかし、アーツカウンシルでは「誰がするか」よりも「何がなされるか」が重視されます。橋下市長は特にこの点を重視しています。そこには、長年にわたる関係構築の中で、されて当然だという「既得権」を排除、抑制、牽制しよう、という意図を読み解くことができます。
こうして「誰がするか」から「何がなされるのか」に視点を変えて、自治体予算、すなわち税金を分配していくために、アーツカウンシルに求められるのは「目利きとなる専門家が評価」することです。既にアーツカウンシルは「アーツの議会」と記したとおり、アーツカウンシルの構成員には、「委員」さらには「議員」といった性格がつけられることになります。いうまでもなく、地方自治体(都道府県や市町村、及び東京23区)にはそれぞれに議会がありますから、それらの議会や議員とは異なる枠組みで、行政の統治機構(ガバナンス)に位置づけ、法令のもとに事業が執行(コンプライアンス)がなされなければなりません。例えば大阪府であれば、既に条例のもとに審議会が設置され、政策立案と評価の機能を担っている「文化振興会議」がありますので、そうした既存の枠組みを活かしつつ、専門家が現場の取り組みを適切に評価し、都市文化の発展と文化都市としての成熟をもたらしていくことが妥当となります。
そもそも、なぜ橋下市長は「大阪府・市の芸術文化に関して意義や採算性を審査する独立の専門機関」(12月24日・読売新聞)の設置を急いでいるのでしょうか。それは「財政の透明化」がもたらされるという効果に期待していると考えられます。先ほど述べた通り、これまでは「組織への補助」が進められてきたのですが、逆になぜその組織だったのか、さらにはどのような積算根拠で、どのような名目で税金が充てられることになってきたのかが不明瞭と思われる場合もありました。そこで、例えば公益財団法人京都地域創造基金のように、各種の支援を希望する団体には、積極的な情報公開に基づく情報公開(自己評価)や、資金分配を行う事務局による情報収集と分析(第三者評価)などを促すなどして、出す側も受け取る側も、事業の会計のみならず組織における財政の透明化を図ることが期待できます。
ここで筆者がアーツカウンシルについて、特に大阪の事情を中心に記しているのかについて記し、第1回目の連載を閉じさせていただきます。実は筆者は、2007年度より、複数の世話人とともに立ち上げた「大阪でアーツカウンシルをつくる会」の事務局長をさせていただいてきており、2012年4月からは「大阪版アーツカウンシル」設立も検討事項の一つに盛り込まれている「大阪府市統合本部」による「都市魅力戦略会議」のメンバー(特別参与)ともなっています。2007年度の報告書はウェブサイトでダウンロードできますが、このときは「フェスティバルゲート」という複合施設で活動してきたアートNPOの「経営感覚の強化」であること、さらには公民協働による文化事業の推進組織が必要であるという視点から、アーツカウンシルに着目することになりました。次回はアーツカウンシルという組織への着目をする契機となった、経済学者のケインズによる「アームレングス」という観点を積極的に取り上げ、文化振興のための公共政策の推進役としてのアーツカウンシルの歴史的経緯と意味についてひもといていくことにしましょう。
(2012年5月14日)
おすすめの1冊
『アーツ・マネジメント』
放送大学教育振興会 川崎賢一・佐々木 雅幸・河島伸子 2002年 |
『2007-2008 ANNUAL REPORT 各国の文化政策比較を中心に』
大阪でアーツカウンシルをつくる会 2008年 |
参考リンク
- 芸術文化のさらなる振興に向けた戦略と革新を―新生「日本アーツカウンシル」への期待
(文化庁月報・平成23年10月号 No.517)