奇しくも重なったパンデミックと改修工事休館
思い返してみれば、「新型コロナウイルス」の不穏な動きとともに2020年の幕があがった。このとき、まだ謎の多いウイルスの脅威による、あらゆる活動の停止状態がどれくらい続くものなのか、想像できていなかった。楽観的な考えも多分まだどこかにあって、来年になれば状況はよくなっているんじゃないかな、と根拠のない予想なんかもしていたような気がする。しかしながら、その考えが相当甘いものだったことは、皆が知るところとなった。いうまでもなく2021年も、そのウイルスに翻弄された1年だった。「おたくもコロナで臨時休館ですか」と、いまなおいわれることがあるが、そうではない。私の勤務先である広島市現代美術館は、2021年1月から長期休館に入っている。平成元年(1989年)の開館以来初となる、待望の大規模改修工事のためである。世界がコロナ禍に巻き込まれていくより前に、美術館の改修工事を行うことは決まっていて、偶然にもパンデミックの時期と重なった、というだけの話なのだが、不幸中の幸いだったのかもしれない。コロナ禍での改修工事、という美術館での活動にとってダブルでの非常事態における取り組みを紹介しつつ、そこから感じたことなどを記してみようと思う。
トータルで約2年半の休館である。非アクティブな状態がそれだけ続くと存在を忘れられてしまうかもしれないという危惧から、私たちは各種プロジェクトや企画展示など、対外的なアピールも積極的に執り行うことにした。展示等の活動拠点を失った私たちはまず、美術館から徒歩圏内のアパートの一室に「分室」を開設することにした。そこで、いろいろなタイプの活動、たとえば、映像上映会、アーティストトークの開催、資料等の展示など、いずれも通常の美術館規模とは異なる、とてもこぢんまりとした企画をフレキシブルに繰り広げることを計画した。また、当館所蔵作品を市内小中学校へ一定期間貸し出して、展示するプロジェクトを行うことを考えた。普段、美術や美術館に馴染みのない子どもたちにも、美術作品を身近に感じてもらい、作品を維持管理する大切さを一緒に学ぶ機会として、数校を対象に実施している。さらには、美術館と運営母体を同じくする財団が管理する市内文化施設でも、会期を定めて所蔵作品の展示を行った。他にも、工事現場となる美術館建物へのアクセスを規制するために設置される「仮囲いフェンス」を活用した、横山裕一によるプロジェクト「『実施しろ』『何をだ』」。そして、広島駅地下の通路に設えられている「ショーウインドウ」や、室内に設置された作品を、屋外から大きな窓越しに鑑賞するスタイルのヱビデンギャラリーは、主に広島を拠点に活動するアーティストを紹介する場として機能させている。
いずれも控えめな規模の企画とはいえ、そもそも「美術作品」の展示を前提としていない空間も多く、普段とあまりにも勝手が違うという難しさに加え、今はコロナ由来の制限もあり、上記の館外活動もなかなか思うようには進められなかった。たとえば、感染拡大状況が悪化していた時期は、学校関係者以外が校内に立ち入ることはできなくなり、各文化施設においては、臨時休館の措置がとられた。なんとか開室にこぎ着けた「鶴見分室101(いちまるいち)」も、しばらくの間は、来場者を迎え入れることができず、企画していたワークショップやアーティストトークも延期を余儀なくされた。つまるところ、今年度の前半は、イベントの多くは予定どおりの開催が叶わず、関係各所と日程調整ばかりしていた記憶しかない。休館中とはいえ、一般の人々に鑑賞や参加を促す活動を行う限り、その規模が(通常の美術館活動に比べて)どんなに小さかろうと、振り回されることに変わりはないということを実感した。しかも、中止や延期の元凶はコロナウイルスである。たとえ日をあらためたとしても、ちゃんと開催できるという確証はなにもない中でスケジュールを一度ならず立て直す虚しさに何度も心が折れそうになった。もし美術館が普通に開館していたら、私は早々に発狂していたかもしれない。ちなみに、多くの展示が計画どおりに実施できないという状況下で、コロナ猛威の大小にほとんど左右されることなく安定して展示を継続できたのは、(皮肉にも)「屋外」と、鑑賞者を展示空間に招き入れる必要のない(できない)「ショーウインドウ」を会場として活用したプロジェクトだった。
緊急事態宣言下とその前後では、上述のように自分たちの活動を展開できないだけでなく、県をまたいでの移動についても自粛を求められた。アーティストはじめ関係者を他県から招へいすることも一時は困難となり、職員の出張についても当然、急を要するもの以外すべて中止または延期となった。美術館業務において「急を要する出張」とはおそらく、展覧会に出品する作品借用業務などが該当するのだろうと想像するが、そもそも休館中の当館は、他館(他所)からの作品の貸し借りを伴う展覧会を開催していないため、出張の機会もめっきり減り、昨年に引き続き、大都市圏はもちろん、近隣県で開催されていた展覧会ですら見逃すことになってしまった。
これまでのように気軽に移動し、リアルで展覧会や作品を鑑賞することができなくなって初めて、真剣にその意義を考えるようになったことがある。それは、オンラインで美術館体験は可能か、ということだ。昨年来、オンライン・コンテンツは爆発的に増えていると感じる。たとえば、特に昨年話題となった「Zoom飲み」などは現在ではすっかり定着し、日常化すらしているのではないか(もしくは飽きられたか)。旅行業界では、ヴァーチャル観光(オンラインツアー)が用意され、通常のツアーよろしくパッケージになって売り出されている。アート界でも、世界中の美術館や組織がアーティストトークや各種レクチャーをオンラインで開催するのは当たり前、ライブ配信もかなり定着し、リアルでトークを行おうものなら、「同時配信されますか?」とか、「せめて録画配信はされますよね?」などと聞かれるようになった。アーティストについて、もしくは作品について、その背景やそれに関する情報といった知識を得ることはできるだろう。そういう意味では、確かに美術館が提供する活動の一部は、オンラインでも体験可能といえるだろう。しかし、それと作品そのものを体験することとは、まったく別物である。実際にもの(作品)と対峙し、もの(作品)から発せられるなにかを、身体のあらゆる感覚を駆使してキャッチすることで始まる、静かなる対話こそが、作品を目の前にすることで初めて味わえる醍醐味ではないか。
今年も終わろうというこの時期に、コロナウイルスの新たな変異株の発生が発表された。まだ謎の多い変異株が国内に持ち込まれる前に、海外からの移動が厳しく制限されようとしている。予期せぬ死をもたらし得るウイルスとの共生がますます常態化していく中、つくり手がいて、受け手がいて、温かく、また同時に面倒くさくもあるいろんな他者が交わり触れ合う場所としての美術館を取り戻すことはできるのだろうか。2023年のリニューアル・オープン時には、そのような状況になっていることを切に願ってやまない。
今後の予定
広島市現代美術館では、引き続き館外でいろいろなプロジェクトを実施していきます。当館ウェブサイトをチェックしてみてください!
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広島市現代美術館広報担当が発信するインスタ「工事日記|広島市現代美術館」。
工事現場化した美術館(建物)の、さまざまな表情を紹介しています。
https://www.instagram.com/2021_23_hiroshimamoca/
次回執筆者
バトンタッチメッセージ
世界中で開かれる多くのアートフェアが、オンライン・ビューイングでの実施を余儀なくされているウィズコロナの今、先月、秋の京都で開催されたACKは、日本国内でも久しぶりにリアルでの実現が叶ったアートフェアでした。上述のとおり、実際に作品を鑑賞することがままならない事態に辟易していた私にとって、大袈裟に聞こえるかもしれませんが、救いとなったアートフェアでした。オンライン開催の可能性も検討されていたのか、参加したギャラリーやアーティストたちといった、いわゆる現場からはどのような意見が出ていたのか、開催の最終判断の鍵は?など、実現にいたるまでの舞台裏が(全部とはいいません!)垣間見られたらうれしいです。