参加と共創による文化創造が、2020を越える地域の未来をつくる
東京を超えた「ハレ」の場として
2012年のロンドンオリンピックのころ、私は “持続可能な都市デザイン”をテーマに、イタリアに大学院留学をしていた。イギリスの友人たちはもちろんのこと、ヨーロッパのさまざまな地域の人がオリンピックを語り、盛り上がるのを眺めていた。ロンドンオリンピックが評価されているのは、このように、一都市に閉じることなく、より広く国や地域全体としての「祭り(ハレ)」になったためだろう。
一方、地方都市で生まれ育った私にとって、東京で行われるさまざまなイベントは、いつもどこか関係のない出来事だった。今回の東京オリンピックが、果たしてかつての私のように地方都市に暮らす人にとって、どこまで身近に感じられるだろうか。
私は2020年の東京オリンピックが、日本全体の「ハレ」の場となること、すなわち、東京以外の地域もともに盛り上がることを願いたい。文化プログラムがその役割を担い、オリンピックを契機とした、各地域の価値の「再発見・創造」が実現することを提案したい。
文化には、大きく分けて2つの領域があると考える。一つは「ファインアート型」。個人のアーティストの作品が権威ある美術館に飾られるようなかたちだ。オリンピックを“文化”としてみたときに、アスリートの戦いはまさにこちらに入る。もう一つは「参加型」で、コミュニティによって共創されるもの。文化プログラムが担うのは後者の「参加と共創」のかたちだろう。そしてこの「参加と共創」は地域のデザインにおいても特に重要で、私たちが意識して取り組んできたことでもある。
経済性・機能性だけではない、地域に必要なこと
2013年、Re:publicというシンク&ドゥタンクの創業に加わり、以降複数の都市と連携をしながら、地域のイノベーションを誘発する事業に携わってきた。これまで大小さまざまな地域にかかわるなかで、感じていることがある。
地方都市の抱える課題の一つに、“人口流出”がある。地方都市の若者の一定数は、「高校卒業とともに地方を出て進学、就職する」というレールを疑うことなく育つ。進学先が少ない、という理由もある。だが社会人になっても戻ってこないのは、その地でおもしろく生きるイメージが湧かないため、というのが真相なのだと思う。かくいう私も、同様の子ども時代を過ごした。
その対策として、雇用創出や住宅提供が重視されることが多いが、仕事があり、住居があるだけでは人は動かない。地域の豊かさとは、経済性・機能性のみでは語れず、生業があったうえで、偶発的な出会いや新たな創造の体験…すなわちおもしろく暮らせるか、文化があるかが重要なのだ。
地域の豊かさをつくる参加と共創
ひるがえると、私が「持続可能な都市デザイン」をテーマとした留学先にイタリアを選んだ背景には、同じ問題意識と発見があった。イタリアは日本より何歩も先に成熟期・停滞期を迎えながらも、なお愛郷心が強く、大都市だけでなく小規模都市も尖ったキャラクターを発信し輝いている。日本のような首都への一極集中の都市構造とは別の力学が動いているように感じた。
実際、イタリア滞在中には、どんな小さな町や村を訪ねても、風土を生かした食や文化に触れることができ、歴史を語る人に出会った。伝統を受け継ぎつつ、人々が新しい文化をも創造し、地元を誇らしげに語っていた。そして内側に閉じることなく、他のヨーロッパ各地と人が行き交うたくましいコミュニケーションの力があった。優れた史跡や著名な芸術作品が注目されがちなイタリアだが、小さな街で育まれる文化と市民のエネルギーがこの国の底力だと感じた。
また、イタリアから渡ったブラジルでは、かつては交易と観光で栄えていた町の課題に取り組んだ。そこでは、行政・NPO・市民や、私たちのようなよそ者が一体となり、各々の得意分野を持ち寄り、土地の整備や新たな観光ルートの考案、情報発信方法などについて、日夜議論を戦わせた。土着の人と、外から新しい風を吹き込んでくる人の視点が交わることで、当初は受動的だった住人たちが、自分たちの言葉で地域の魅力や未来について語り始め、その町の豊かな価値が次第に可視化されていった。
イタリアやブラジルを始めとする各地を巡りながら、その土地内外の人の参加とぶつかり合いが市民のオーナーシップを醸成し、大きなパワーとなっている姿を目撃した。この内外の参加と共創が、地域独自の豊かさや価値を再発見・創造する原動力になっていた。
20万分の1のプログラム
これまでの学びを活かした実践として、ここ数年、大規模な地方都市と連携した「市民参加型」の都市・事業づくりの取り組みを行ってきた。福岡市では、国家戦略特区の中核プログラムの一つとして、地域の社会課題をテーマにした事業創造プログラム(INNOVATION STUDIO FUKUOKA)を2013年より立ち上げてきた。結果、福岡ではプログラムごとに2〜3社が立ち上がり、これをきっかけに他都市から移住する人も少なからず生まれてきた。また広島県では豊富な産業基盤を生かし、県下の企業横断で事業を起こすべく昨年からInnovators 100 Hiroshimaというプログラムを企画運営している。
各地に住む人々を中心に、これまで一堂に会することがなかった企業・行政・専門家などさまざまな人の価値観がぶつかり合う、パワフルな場が毎回作られている。
現在私たちは、人口2-30万人ほどの中小規模の都市に注目している。日本各地に多く存在するこのような都市は、再発見・創造されるべき産業・文化が根づいていても、その規模から人々の多様な視点を担保することが難しい。そこには、意識的・継続的に外と中の人が関わり、様々な人々の経験と知恵が地域の力となるような“関係性のデザイン”が必要である。私はこのような地で、地域に根ざした事業創造・文化創造を行う取り組み(ローカル think & do tank)の原型をつくってゆきたい。
参加と共創による文化創造には、人々を変化させる力がある。オリンピックの文化プログラムとしてこれらが展開することで、東京に訪れる人々が各地へ関わるきっかけをより多く作れるのではないだろうか。これにより地域の価値の再発見・創造が行われ、日本各地の豊かな文化が発信されることを願う。
そうして育まれた“人の変化と関係性“は、2020年のオリンピックに向けた一過性のイベントに終わることなく、その後も地域を輝かせる「インフラ」になるだろう。地域の子どもたちがいつか自らの街の魅力を創造し、自慢する、イタリアで出会ったような光景を沢山つくってゆけたらうれしい。
(2016年7月25日)
今後の予定
日本財団主催:ソーシャルイノベーションフォーラム
「Collective Impact ─ 機能するコミュニティのつくりかた ─ 越境がうみだす社会インパクト」9/28 セッションオーガナイズ
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バトンタッチメッセージ
日本フィルハーモニーの職員である富樫尚代さんは、さまざまな地域にクラシック音楽を届け、音楽と人の出会いをプロデュースし続けています。特に東日本大震災以降は、継続して被災地に出向き、すでに200近い場所に音楽を届けてきたとのことです。残り4年となった東京オリンピック・パラリンピックに向け、これからさまざまな文化プログラムが行われることでしょう。そうした活動を一過性のものにせず、未来につながるものにしていくためにはどのような体験をつくり出す必要があるのか。具体的な「20万分の1のプロポーザル」と合わせて、全国津々浦々に音楽を届け続けてきた富樫さんが考える芸術文化と私たちの関係についても話を聞かせてください。(林 曉甫)