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人生も、オーケストラも

音楽大学を卒業して2年、関西フィルのステージマネージャー(以後ステマネ)を勤めていた先輩からアルバイトを頼まれるようになり、気がつけば、ステマネのアシスタントとして関西フィルで勤務していた。その後、その先輩が数カ月で辞めてしまったため、アシスタントから繰り上がりで正規のステマネをやることになった。今思うとその間、楽団員と事務局の皆さんには大変な迷惑もかけたし、生意気な新人を影で助けていただいた。ステマネとして約1年半、楽しいことも沢山あった。

その後関西フィルを退職し、演奏業務を行う事業担当者として、広島交響楽団(以後広響)の事務局で働くこととなった。広響でも多くのことを学んだ。2度の海外公演を経験させていただいたし、担当する公演ではキャスティングから企画まで依頼公演のほとんどを任されるようになった。そうして広島での10年が経とうとしていた。今思うと行き詰まっていたのかもしれない。

あるとき、この業界から去る覚悟で辞表を提出した。一番周りが見えていなかった時期だった。アルバイトでもしながら職を探そうと思っていた。そんな矢先、大阪センチュリー交響楽団(以後センチュリー)から営業という新たなポジションでの誘いを受け、結局またオーケストラでお世話になることになった。最初は楽団の事情からチケット担当業務についた。とにかく与えられた仕事を全力でこなした。チケットの仕事にもやり甲斐を見出し、ようやく楽しくなってきたころ、本来のポジションである営業に専念してほしいといわれ、営業を。主に依頼公演を獲得する仕事で、結局気がつけば、獲得した公演をそのまま担当するようになっていた。楽団の母体であった大阪府の財政立て直しにより、センチュリーへの補助金全額カットが決まった。公益財団法人への移行措置もあり、事務局員は雇用形態を変更し、再雇用されることに。

40半ばを過ぎ、残りの人生を考え、一大決心し、新たな楽団への職を求めた。その時に声をかけていただいたのが、なんと古巣の広響だった。いずれは事務局長に、との申し入れを受け、これまでの経験のすべてをこの楽団に注ぐ強い決意で引き受けた。

ミッシャ・マイスキーと共演した創立50周年記念定期演奏会
ミッシャ・マイスキーと共演した創立50周年記念定期演奏会

広響着任すぐに待っていたのが「広響ビジョン」の作成と公益法人化に伴う会員制度の見直し、次年度の「プロ改組40周年事業」の制作、さらにその先の「創立50周年事業」だった。息つく暇もなかった。アフィニス夏の音楽祭も隔年での開催だったし、佐村河内事件も忘れることはできない。理解ある理事の皆さまや優秀な事務局スタッフが揃っていたおかげで自由に理想を追うことができた。何よりも驚いたのは楽団の演奏が10年前から飛躍的な成長を遂げていたことだ。広島のお客様の熱い拍手と激励も大きな後押しとなった。

ただ累積損失の解消が当面の課題であるため、海外公演のような大きな自己負担が強いられる事業は一旦封印し、代わりに海外から世界一流アーティストを広島に招聘することを目指した。

「創立50周年」でチェロのミッシャ・マイスキーを、2015年の被爆70周年事業ではピアノのマルタ・アルゲリッチを広島に招聘し共演することができた。特にアルゲリッチとの共演は、楽団のその後を一変させた。そして、2016年からアルゲリッチの提案を受け、楽団のキャッチフレーズである「Music for Peace」をコンサート名に冠したプロジェクトを開始。趣旨に賛同する世界一流オーケストラからメンバーを招き、ともに音楽で平和を奏でる。初回は広島市と姉妹都市にあるモントリオール交響楽団と、広島と同じく大戦による負の遺産を抱えるポーランドからシンフォニア・ヴァルソヴィアが参加した。今年度は1月10日に福岡アクロスで、デンマーク外交関係樹立150周年によりデンマーク放送交響楽団のメンバーが参加、再度シンフォニア・ヴァルソヴィアからも。コンサートマスターは広響ミュージック・パートナーを務めるウィーン・フィル第一コンサートマスターのフォルクハルト・シュトイデ。国境を超えた究極のアンサンブルにより平和を発信する。

目指すは「東京オリンピック・パラリンピック」が開催される2020年。この年は「被爆75周年」、「ベートーヴェン生誕250周年」にあたり、それまでに参加した世界各国からのオーケストラ奏者たちを再度広島に招集し、ともに8月の原爆の日に「第九」を奏で、Music for Peaceを世界に発信したいと願っている。

マルタ・アルゲリッチと共演した被爆70周年「平和の夕べ」コンサート
マルタ・アルゲリッチと共演した被爆70周年「平和の夕べ」コンサート

広島に戻ってから早くも6年の月日が過ぎようとしている。学んだことは、信じることの難しさ、自分がいかに助けられ、そして助けを必要としているか、何時も自分にいい聞かせながらやっている。プロ団体という厳しい世界にありながら、独立採算は難しく、常に周りからの助けを必要としている「オーケストラ」という存在。感謝を忘れず、謙虚でなくてはならない。人生も、オーケストラも同じなのかもしれない。

(2017年12月11日)

今後の予定

  • 2018年1月19日
    広島交響楽団第376回定期演奏会
    指揮:秋山和慶
    ピアノ:伊藤恵
  • 2018年2月12日
    広島交響楽団「平和の夕べ」コンサートStage2
    ヴァイオリン:ギドン・クレーメル
    ピアノ:リュカ・ドゥバルグ
  • 2018年3月8日
    すみだ平和祈念コンサート<すみだ×広島>
    すみだトリフォニーホール
    指揮:下野竜也
    メゾ・ソプラノ:藤村実穂子

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次回執筆者

バトンタッチメッセージ

井形さんも魔法は使えない人間でした。オーケストラ界において、魔法は音楽にしかないのです。事務局の仕事はIT発展の恩恵からも遠く(仕事は増えている。)、魔法使いでもない限り無理だろうと思うようなことが沢山あります。しかし、ひとつひとつ真摯に地道に進めることこそが音楽の魔法を生み出しているのです。

オリ・パラ開催年は「被爆75周年」、戦後75年が経つ記念年です。ヒロシマから広響でないと送れないメッセージを音楽魔法の総動員で世界中にお届けすることになるでしょう。ご注目ください。(子どもたちにはどのくらいこの魔法が効いているのか。ご興味のある方はこちらのURLをご覧ください。)

子どものためのオーケストラ ”魔法” を届ける

ところで、魔法には正しい複雑な手続きが必要だと思われますが、オーケストラには「楽譜」という複雑ながら頼りになるガイドがあります。今やオーケストラ音楽が世界中で演奏されているのも楽譜の存在があってこそです。

オーケストラではスコア(総譜)とパート譜があります。ヴァイオリン奏者にはヴァイオリンだけの、ティンパニ奏者にはティンパニだけのパートが記載された楽譜だけが置かれているのです。スコアは指揮者のものとにのみ。不可解なことです。(余談ですが、「オーケストラの日2018@東京文化会館」では楽譜についてのご紹介コーナーも予定しています。こちらの詳細はまだ非公開ですが、他のイベントや特別なコンサートにつきましては右記よりご覧ください。http://www.orchestra.or.jp/orchestraday2018/

深淵なる譜面の世界。次回はN響のライブラリアン(楽譜担当)沖さんにマニアックに存分に語っていただきます。
どうぞお楽しみに。

(公益社団法人日本オーケストラ連盟 名倉真紀)

楽器を持たずシンフォニーを奏でる、オーケストラ事務局の人々 目次

1
オーケストラの事務局

2
オケ裏生活30年
3
街と響きあうオーケストラ
4
人生も、オーケストラも
5
楽譜の中の音楽
6
人と人をつなぐオーケストラ
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