ずっと働いているようで、ずっと遊んでいるような生き方
大阪を拠点に編集者として活動をしています、多田智美です。私が主宰する編集事務所MUESUMでは、アートやデザイン、福祉、地域など、さまざまな分野のプロジェクトに携わり、「出来事の生まれる現場からアーカイブまで」をテーマに、書籍やフリーペーパー、WEB、展覧会やプロジェクト、イベントなどの企画・編集を手がけています。「編集とは、夜空に瞬く星をつなぎあわせて星座を名づける仕事」と捉え、すでにある魅力や価値と出会い、それらを紡ぐことで、新たな物語を生み出すことを大切に、日々“編むこと”“伝えること”と向き合い、さまざまなパートナーと協働しています。
「編集者」と名乗るようになって、気づけば12年が経ちました。大学時代は教育心理学を専攻していたものの、DJやクラブイベントのオーガナイズに夢中になっていた私は、卒業を控え、これからの生き方について見つめ直すことになりました。学ぶこと、働くこと、遊ぶこと、すべての両立はできない……とあきらめかけていたときに出会ったのが、大阪市発行のフリーペーパー『Culture/Pocket』のアートプロデューサー・木ノ下智恵子氏によるコラムでした。若い才能との出会いを求め、美術館やギャラリーを巡る日々を「ずっと働いているようで、ずっと遊んでいるような生き方」と書かれた一節に、目の前がパァーっと明るくなったことを今でも覚えています。その後、IMI(彩都インターメディウム大学院スクール)に進学し、“スパルタ放任主義”の木ノ下氏が手がけるアートプロジェクトの現場、現代美術作家・ヤノベケンジ氏の長期滞在制作の現場に飛び込み、イベントの企画やマネジメント、編集を実践することで、私の“学び”と“仕事”と“遊び”がゆるやかにつながる生き方への糸口を見つけることができました。
いつもは大阪を拠点にしながら、各地の現場を飛びまわる私ですが、今年は瀬戸内国際芸術祭2016の一環で、春・夏・秋とそれぞれ2週間、小豆島・坂手に滞在し、「これからの生活と表現」について思い巡らせるような、濃密な時間を過ごしました。小豆島は、アーティストの椿昇氏からのお声がけで、デザイナー・原田祐馬氏(UMA/design farm)とともに2011年10月に訪れて以来、「観光から関係へ-Relational Tourism」を基本精神に掲げ、瀬戸内国際芸術祭2013を起爆剤とした「小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクト」をはじめ、行政と住民とクリエイターが手を取り合って、持続可能な社会のあり方を模索する取り組みに携わり、今ではもうひとつの故郷のような大切な場所です。2013年度までの試みについては、共著『小豆島にみる日本の未来のつくり方』にまとめています。
2013年に始動した取り組みの中でも、私たちが深くかかわっているのがCreator in Residence「ei」という滞在制作プログラムです。原田氏率いるUMA/design farmと弊社MUESUMによる共同企画で、旧農協の建物を改装した、穏やかな瀬戸内海を臨むスタジオを拠点に、さまざまな専門性を持つクリエイターが滞在して、“小豆島・坂手の未来”をテーマに、この町の資源(人・地形・風土・文化・歴史・産業・生物など)と向き合い、プロジェクトを立ち上げてもらうというもの。2013年には、作曲家やデザイナー、建築家、イラストレーターなど10組のクリエイターを招聘して展開、2014年にはその中から3組に再び滞在してもらい、さらなるプロジェクトの深化を試みてもらいました。
2016年は、私たちUMA/design farm + MUESUMメンバーが主体となって、春・夏・秋の3会期にそれぞれパートナーを迎えて、2週間の滞在制作を行うというスタイルで実施しました。春会期のパートナーは、2016年4月に本格始動した山口情報芸術センター/YCAMのバイオラボチーム。彼らは、それぞれ専門性の異なるメンバーで構成されており、「キッチン・バイオ」をはじめ、これから非専門家による生物学がより身近になることを見据えて活動を展開しています。そんな彼らとともに、酵母や微生物といったミクロな視点で地域を見つめ直すことで、目には見えないけれど、確かに存在するものたちの働きを感じることできました。
また夏会期には、建築家dot architectsをパートナーに迎え、「海へのふるまい」をテーマに滞在制作を行いました。坂手港では、ベンチに座って、ただただ何もせずに佇み、海を眺めている人たちが少なくありません。海は毎日の暮らしを支える欠かせないものであり、何かがやってくるかもしれない期待と恐れ、またどこか知らない場所へのつながりを想起させる存在です。さまざまな年代の方から海にまつわる記憶や思い出をお聞きすることで、海を眺める人のふるまいのなかに、古代から続く想像力の片鱗を見出すことができたように思います。
つい先月10月頭からは、山形・月山を拠点に活動する山伏の坂本大三郎氏とともに滞在し、長きにわたって人々と自然をつなぐ役割を担ってきたという山伏の視点を借り、坂手の町を見つめ直しました。かつて人は自然の懐に抱かれるように生きていて、長きにわたってマツリを通して、そのつながりを感じてきました。時代が変わり、自然と人をつないできた宗教や信仰が解体することで、私たちの暮らしから自然は少し遠い存在となりつつあります。そんな中、じっと目を凝らし、耳をそばだて、あらゆる感覚を研ぎ澄ませることで、自然と人とのつながりの名残りがまだまだ息づいているのではないか、といった視点で滞在を行いました。
また長きにわたって、まちとまちをつなぐ交通・交易の拠点として、海に浮かぶ中間地のような存在である小豆島・坂手は、豊かな山と海に恵まれています。山は魂の行き交う聖地であり、海も同様で常世と考えられた異界から訪れる「寄り物」や先祖を迎える聖地でもあります。古くは自然に宿る精霊や魂のことを「モノ」という言葉で表現したそうです。自然と向き合いその声を聞き、語ることが「モノガタリ」の始まりで、「モノ」の恐ろしい側面がのちには「モノノケ」と呼ばれることもあったと言います。さまざまな「モノ」が行き交う、はざまにある場所では、目には見えない「モノ」は移ろいやすい。坂本氏との対話を通して、だからこそ今回は、手に取ることのできる「モノ」を手がかりにして、人の暮らしの根源を探ってみようと、古い文献の記述と町に残されたその痕跡を頼りに、フィールドワークを試みました。坂本氏とともに坂手に滞在することで、小豆島が誕生した1400万年前にまで思いを馳せるような、まるで時空を超えてこの町と出会いなおすような感覚を得ることができました。
今回の滞在を通して、まだまだ自分のなかでも消化しきれていないことがたくさんあり、うまく言葉にできない状態なのですが、土や木々、花と対話すること、海と向き合い対話すること、そして山と対話すること、そいういうことの中に「これからの生活と表現」を考えるうえで大切なヒントがたくさんあるように感じています。常日頃から私は、「編集者はイタコのような仕事だな」と思っています。とくに取材やインタビューでは、どこか、その対象を自分自身に憑依させて、企画を考え、原稿を書くような感覚があります。そのためには、言葉だけでなく、手振りや身振りなどの身体つき、話すスピード、声の高低や抑揚、またその言葉や感情が生み出された大きな背景を捉えることを意識して、全身で語られる言葉にならない言葉を受け止めることが大切だと考え、取り組んできました。今回は、何事においても、まず「見る」「受け止める」ことが重要な編集者にとって、また一人の生活者として、さまざまな見方、出会い方を実践する機会になりました。これからも肩書きや職能に囚われることなく、“編集”の可能性を拡張していきたいと思います。
今後の予定
- 瀬戸内国際芸術祭2016 小豆島 Creator in Residence「ei」
坂本大三郎+UMA/design farm+MUESUM(〜11/6まで展示中) - Mobile Talk #03 台北/台湾
(11/5登壇、11/8-12/4展示) - 思考と技術と対話の学校 基礎プログラム2 技術編
(11/26講師)
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次回執筆者
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2本目のバトンは、山口から青森、そして愛知へと拠点を移して活動をしているキュレーターの服部浩之さんにお渡しします。
アーティスト・イン・レジデンス、芸術祭などアーティストとともに表現を生み出す多様な現場に丁寧にかかわりながら、自身の身もさまざまな環境に置いてきた服部さんが見ている風景とこれからの仕事に興味があります。あいちトリエンナーレで取り上げていたアジアの動きなども気になっています。
(橋本 誠│アートプロデューサー/一般社団法人ノマドプロダクション 代表理事)