文化政策、アートマネジメント、研究?
アカデミックな学会というと普通の人はどのようなイメージを持たれるのでしょうか。研究に関心のある学生が、学部から直接大学院にまで進んで、籠もって研究の発展に身を捧げるというのもあるかとは思いますが、さすがにそれは古いイメージです。実は文化政策関連の学会が発展していく背景には、文化と社会を社会科学的に論じていく場がなかったことがあります。とはいえ、文化・芸術領域においては、もともと人文系のさまざまなジャンルの学会が多様な研究領域を扱ってきました。一方で、それらを現実の社会で動かしているところには多様で深い実務経験の存在というものがあり、これらをあるときは相互補完的、またあるときは複眼的視点を持って研究していく必要性が生じてきたといえます。そのきっかけは、日本においては、文化財保護政策については戦後早くに整備されたにもかかわらず芸術振興政策については1990年に入るまで存在しなかったこと、そして1980年代からの地方自治体による文化施設(美術館・劇場・コンサートホール等)の増大によるプログラムの開発、人材育成・確保という喫緊の課題もあったことが挙げられます。これらに伴う政策的関与の必要性が語られるようになったからといってよいと思います。研究でもこれらを増大させていくための根拠を示すものが中心だったといえます。
ボウモルとボウエンという研究者は文化経済学領域の古典『舞台芸術:芸術と経済のジレンマ』※1を記しました。概要は、「生産的な製造業部門と、非生産的な芸術部門を比較し、芸術部門では、製造業ほど生産性が上昇せず、経済全体の賃金の上昇によって、芸術団体は収入と費用(人件費)の格差の拡大に直面している」と結論づけ(後藤、勝浦:2019)、芸術団体を存続させていくための市場を補完するシステムが必要だとしました。※2ただ、そこにはそもそも芸術団体はなぜ存続させなければならないのかという選択の問題も横たわっています。時代、流行、技術の変化に伴い衰退・消滅していったものも多い中で、何を存続させて、何を諦めるかという価値判断(公的には政策判断)が、個人の領域の問題であれば個人の判断に任せられる話ですが、それが社会全体ということになると必要になってくるわけです。なぜなら資源に限界があり、配分先が文化以外にも多様であるからです。その価値判断に一定の判断基準を提供するためにも、研究は重要になってきます。おそらく、文化と社会、市場等に関心のある研究者は何らかの形で、政策についての方向性の視点を有しています。文化政策を研究する学会が日本で設立されたのは、文化経済学会<日本>が最初で、1992年です。その後に、より現場の実務に近い領域を対象に日本ミュージアム・マネジメント学会が1995年、日本アートマネジメント学会が1996年に誕生しました。また、文化資源学会が2002年、そして日本文化政策学会が2006年に設立されています。これらの学会に所属している研究者たちは現場の実務経験を有した会員との積極的な研究交流を行いながら、研究の蓄積もそれなりに増やしてきたといえます。実務の領域とは密接に結びついているのがこの領域の特徴ともいえ、実務経験者はアカデミックな場面で自らの体験を体系化するということも行ってきていますし、研究を中心に行ってきた人たちは、実際の文化政策の企画立案の部分にも大いに関与してきました。ということは、若手の研究者がこれからの政策の立案や企画についても、関与していくということです。若手の研究者は文化政策研究のどのような部分に関心を持っていて、どのような政策立案を構想しているのか、それを知るのが今回のシリーズの目的です。
※1:ボウモル、ボウエン著、池上惇、渡辺守章監訳『舞台芸術:芸術と経済のジレンマ』(芸団協出版部、1994年)。
※2:後藤和子・勝浦正樹『文化経済学―理論と実際を学ぶ』(有斐閣、2019年)
(2019年9月20日)
今後の予定
2018年に文部科学省設置法が改正され、博物館に関する社会教育の所管が文部科学省から文化庁に移管されました。このことにより、新しく博物館政策を構築する好機となっています。「博物館政策のこれから」というテーマで、複数の学会とネットワークを組みながらシンポジウムを2019年11月23日(土)に東京大学本郷キャンパスで開催することになっています。詳しくは近日中に公開します。また、内容盛りだくさんの日本文化政策学会の大会が2019年12月21日、22日にさいたま文化センターで開催されます。学会会員以外の方も参加できる企画がたくさん予定されていますので、こちらも興味を持っていただければと思っています。
次回執筆者
バトンタッチメッセージ
朝倉さんと最初に出会ったのは、NPO法人トリトン・アーツ・ネットワークの評価事業を行ったときでした。それから何年の時を経たのか、いまや文化政策のまさに現場の文化庁で仕事をされています。政策を企画立案していく場こそ、まさにしっかりとした研究的裏づけが必要なのではないかと思っています。その朝倉さんが、どんな問題意識をもって研究に向かっておられるのか、楽しみにしています。