ネットTAM


TAMミーティング2020 アートの現場の“今”と“これから”について(美術編)

2020年11月23日(月)
オンラインイベントレポート

コロナのもとで、アートの現場はどう変わったのか、変わろうとしているのか──。

「演劇・舞踊」「音楽」「美術」それぞれの最前線に立つ方々に登壇いただき、コロナ下のアートの「その先」を探る3回シリーズのオンラインイベント。11月23日、その最終回として「美術」編を実施しました。

展覧会が軒並み延期となり、作品づくりもままならなくなった時間に、美術関係者、アーティストたち何を見て、何を思い、何をつくろうとしたのか。濃密な90分の記録です。

創作活動を阻む思わぬカベ、一様ではないアーティストの置かれた状況

美術館、展覧会、芸術祭 ──

新型コロナウイルスの感染拡大は、美術にまつわる多くの催しを延期・中止に追い込みました。それは各地のアーティスト、そしてアートにかかわる仕事に就く人々の意欲を妨げ、経済的にも危機に陥る苦難に導きました。

今回も最初のテーマは「2020年、アートの現場に何が起きたか、起きているのか」から。

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藤井光

モデレーターの若林明子氏による「ネットTAMに『尽きていく想像力の後に』と題して、コロナによって変わったご自身の創作活動と日常について印象的なコラムを寄せてくれた、藤井さんから、ぜひお話をうかがいたい」との提案で、アーティストの藤井光氏のリアルな声から始まりました。

藤井:COVID-19のパンデミックが表現活動を刺激したアーティストはもちろんいるだろう。しかし、アトリエのない自宅空間で、一人で制作している私は、そう簡単にはいかなかった。小学校に通う2人の子どもが休校となり、ずっと自宅にいる状況が続いたからだ。芸術的な創造力は、日々の生活や子どもたちへの教育や遊びの工夫に費やされ、想像力が枯渇するように感じた。つまり、アーティストがコロナ下に置かれた状況は、決して"一様ではない"。まずそれを強調したい。

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帆足亜紀氏

この話を受けて、横浜トリエンナーレ組織委員会プロジェクト・マネージャーの帆足亜紀氏は「海外の作家とやりとりをする中でも、アーティストの状況が"一様ではない"ことを強く感じた」と発言。

加えて、コロナ禍により2020年に予定されていた各国の芸術祭が延期・中止する中、横浜トリエンナーレ(ヨコトリ)がいかにして開催を選び、進めてきたかを解説してくれました。

帆足:ヨコトリは2019年11月からすでに準備を始めていた。しかし年明け2月、横浜港に入港したダイヤモンド・プリンセス号の騒動があったのは周知の通り。3月にはWHOがパンデミック宣言と東京オリンピックの延期決定。そして4月には緊急事態宣言発令、同月末には緊急事態宣言の解除...と目まぐるしく状況が変化した。

それでも、できないことよりできることを考えることで延期や中止より開催することを選択したそうです。

帆足:しかし、海外からの参加はきわめて困難になり、作品の輸送すらままならない。国によって暴力的なロックダウンを強行する政府に対する不信感などがあり、各国のアーティストと情報交換する中で、状況の違いを目のあたりにした。世界が変わり、止まっていた。

しかし、実際に開催の決断の大きな推進力となったのは、「過去の経験」と「組織のトップの早い決断」だったといいます。

帆足:2011年3月11日。東日本大震災の年にも、第4回のヨコトリを実施した。あのとき、やろうと思えばできる、かたちを変えてもできる経験は大きな自信となって支えてくれた。何より横浜市長をはじめ、横浜美術館の館長など横浜トリエンナーレ組織委員会のトップが迷うことなく、開催を判断してくれたことも対策を考えながら、ブレずに準備を進められた要因だ。

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山出淳也氏

自身もアーティストであり、アートをベースにした地域づくりをするNPOの先駆けBEPPU PROJECTの代表理事・山出淳也氏も「横浜市同様に別府市長や大分県知事が『みんなでこの困難を乗り切っていこう!』と早くから宣言。芸術活動の応援・支援事業を手がけてくれたことは大きな支えになった」と発言。

そうした下支えからか、アーティストたちが自発的に新しい作品づくりに挑んだり、より積極的にプロジェクトに参画する流れも生まれたそうです。「アーティストが『いま自分たちは何をすべきか』と考えて行動せざるをえなくなった。アーティストも地域も行政も、しなやかさ、柔軟性が問われるようになった1年だった気がする」と山出氏。

山出:たとえば下平千夏氏が、大分県の佐伯市丹賀砲台園地に得意の"糸"によるインスタレーションを施した。その砲台は試射の暴発によって十数名の死者が出て、そのまま使われなくなった負の歴史がある場所。そこに光を生み出す作品になった。僕らは当然、前から知っている場所で、作品に使いたいと多くが思っていたが、このコロナ下で希望の光が見えにくい中、メッセージとして発する意義をより強く見い出せたからこそ生まれたものだろう。

こうした横浜、大分の例を「すばらしいし、うらやましくも感じる」と評したのは、前出の藤井さんです。

藤井:芸術文化に理解ある自治体とそうでない自治体での格差も大きい。また今年から来年にかけてのコミッションワークもすべて中止になった。展覧会などはあっても過去作品を展示するのみになる。新作をつくれないのはアーティストにとって死活問題。1年後、2年後、経済的にも響いてくるはずだ。

美術の現場を変え、不安と可能性を生み出した新型コロナウイルス。目の前の不安が、将来の大きな不安であることを感じさせる、重い言葉でした。

アートを「オンラインにするだけ」でよいのか?

次のテーマは「非接触時代のアート」。

感染を防ぐためにソーシャルディスタンスの重要性が説かれるようになりました。

そこで若林氏からは「社会的距離というか、身体的距離の確保が常に求められるようになった。これは、鑑賞はもちろんだが、人が集うことで交流が生まれるという、アートが生み出す力も削いだ。"非接触"が求められる時代のアートの立ち位置とは?」と投げかけがありました。

これを受けて、帆足さんは「たとえばアーティストの田村友一郎氏がクロマキー技術を使ってリアルとバーチャルをつないだ展示をヨコトリで披露して、話題にもなった。どうにかして接触を回避して表現するアーティストの発想力はユニークなものも多かった。ただ『単にアートをオンラインにする』のが正解かといえば、違う」と問題を提起。

帆足:ビエンナーレやトリエンナーレは"実験の場"としての重要な意味がある。単純に既存のオンラインツールやGAFAなどの巨大企業のプラットフォームにアートを乗せるだけでいいのか。アートの語られ方や伝え方についてもっと注意を向けるべきだろう。そもそも非接触のアートが新しい価値観なのだから、「その価値とは何か?」をオンラインとリアルの2項だけではないあり方、伝え方があるのではないか。これからの課題だ。

一方、BEPPU PROJECTの山出氏は「別府は日本有数の温泉街で、観光はまちの大きな収益源。温泉で非接触のルールを厳守するのは極めて困難なため、本当に厳しい状況に陥った。地域の方々がどんどん下を向いていった事実をまず伝えたい」と解説。8月15日に掲げた、『想像力の源泉を枯れさせない。』という新聞広告について触れました。

山出:しんどい状況でも、アートがほんの少しでもいいから誰かの明かりを見つけ、灯していけるものになるはずだ...と市民はもちろん、自分たちに向けたメッセージとしてつくった。そして毎年実施している個展形式の芸術祭「in BEPPU」では梅田哲也氏を招へいして、映画を作成。森山未來氏や満島ひかり氏が出演する豪華な作品となった。それとともに撮影地を巡るための仕掛けを作った。その場所に宿る声を聞くように、ラジオと呼ばれる端末を渡して巡ってもらうのだが、1時間に10人しかラジオを渡さず、密にならないような仕組みを考えた。12万人いる別府の町で1時間に10人しかラジオを受けとれないわけだ。非接触による管理体制は完璧に近いが、やはり何が正解かはわからない。一つ確かなのは、アートプロジェクトはこれまでとは異なるKPIをつくらざるをえないようになったと感じる。

またアーティスト藤井氏は、「普段、国内外問わず外に出て、いろんな方々と議論して、リサーチしながら、社会的ネットワークの中で着想し、作品をつくるスタイルの自分にとって、非接触の状況もまた創作を困難にさせたファクターだった」と明かします。

ただ、そのうえで新しい取り組みを意欲的に進めている、とも。

藤井:新型コロナのパンデミックによって社会にそもそもあった問題が浮き彫りになった面がある。しかし人類史を振り返ってもそうだが、ワクチンができ、広まったとき、それが忘れ去られる。いま見えてきた問題を、しっかりと記録し、保存し、表現していきたい。非接触など、パンデミックによって芸術の手法が変わる変わらないよりも、自分はそこにこそ興味がある。

アートもマネジメントも、必要なのは、しなやかさ、柔軟性だ。

最後のテーマはネットTAMの使命ともいえる「コロナ下でのアートマネジメントのゆくえ」について。

ビフォー・コロナのころは「オリンピック・パラリンピックが終わった後、文化予算が少なくなる。そのときの運営をどうするか?」がアートマネジメント界隈の大きな関心ごとでした。これが一転。今は「コロナ以降のマネジメントどうするか」へと一気にシフトしてきました。アートマネジメントは、経済面、運営面ふくめて、どこを目指すべきなのでしょうか?

「生々しい話からはじめたい」と切り込んだのは、BEPP PROJECTの山出氏です。

山出:NPO法人であるBEPP PROJECTの売上は約3億円ある。そのうち補助金や助成金の割合は2~3%に過ぎない。アートがそれだけ社会に求められてきた証左だろう。つまり、我々アートNPOが本来進むべきマネジメントはコロナがあってもなくても変わらずに「着実な経営を続けていく」こと、そして「多くの人とアートを近づけ、結びつけていくこと」だ。そのためには、一つのビジネスモデルだけではなく、いくつかのポートフォリオを用意しておく必要性がある。オンラインだろうがオンサイトだろうが、アートと人の間の距離を近づける、あらゆる可能性を見出していきたい。

またそれを山出氏は「しなやかさ、柔軟性」と表現しました。住民や自治体との相互理解も、そうした結びつけの努力によって築いてきた。そんな自負も感じる力強い言葉でした。

一方、アーティスト藤井氏は、「自らのセルフマネジメント」とともに「アーティスト・ギルドの仕組みづくり」について言及。

藤井:パンデミックも含めた現在に呼応する作品をつくることは、やはり自分にとっては最大のアートマネジメントの一つ。ただ、そうしてつくった作品が展覧会で公開されて終わり、では我々アーティストは持続的に活動できない。作品のフィーだけではなく、コレクションされる必要がある。そのためには数年ほどの長期間のタイムラグがどうしてもできてしまう。そこで一人ひとりが連携する「アーティスト・ギルド」をつくる流れがある。また美術活動の支援を国などに連帯して訴える「アート・フォー・オール」という運動もはじめた。興味あるアーティストはぜひ参加してほしい。

帆足氏は「今年のヨコトリが当初25万人の来場者を目標にしていたが、感染予防の観点から12万7000人に想定人数を下げざるをえなかった」エピソードからテーマに切り込みました。

帆足:つまりチケット収入がほぼ半減したということ。先に山出さんがおっしゃたように、芸術祭や展覧会なども来場者数を中心とするKPIを変えざるをえない。やっと定性的なKPIを真面目に考えて運用するようになるのではないかと期待する一方で、経済が戻れば、また定量的なものを求められるようになるのではないかという危機感がある。しっかりと量のみならず質、定性のほうも大事にして、指標化する術についてこの機会に議論できないかと思う。その意味でも、今ある国際展という現場をなくさずに耕していきたい。

加えて、最後に帆足氏がアーティスト、アートマネジメント関係者すべてへのメッセージのように印象的なメッセージを伝えてくれました。

帆足:3.11のときもそうだったが、こうした危機が起きたときには、すぐに反応できる人や成果を出す活動が注目されやすい。しかし、それはほんの一握りの活動に光があたっているというだけのこと。そのときはまだ輪郭がはっきりしないけれども、時間をかけてアウトプットしていくアーティストの活動やアートの現場も同時に存在する。マネジメントする立場の人間には、危機にあっても、一定の生産性や目に見える成果を出すことが求められるが、アートの現場はそれだけで成り立つわけではないということを改めて訴えたい

こうして最終回のウェビナーは終了。最前線にいる方々からのリアルな息吹と提言は、多くの人々にとって羅針盤となり、勇気にもつながる。そんな意義ある90分でした。

(2020年12月7日)
取材・文:箱田 高樹(株式会社カデナクリエイト)

第2弾「TAMミーティング2020」 目次

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