医療の場でともにつくること
チア・アートの設立まで
私が代表を務めるチア・アートは、アートやデザインを通して、人間としての尊厳が守られる医療福祉の環境づくりに貢献したいという思いから立ち上げたNPOです。チア・アートの前身は、筑波大学の芸術分野が筑波大学附属病院と筑波メディカルセンター病院との協働で取り組んできたアートやデザインの活動になります。
私自身も筑波大学の学生時代に、これらの活動に参画していました。取り組んだのは、筑波大学附属病院の渡り廊下を改修したアートステーションSOH(ソウ・Seeds of Humanity)でのアートワークショップの実施や、滞在制作のマネジメントでした。患者さんや職員とともに、何かをつくり出したり、心揺さぶられる時間や空間は、「するもの/されるもの」という役割をするすると剥がし、人を「わたし」や「あなた」に引き戻すのだと実感しました。
そして、ケアの場で切実に求められているアートやデザインの奥深さに惹かれていきました。気づけば、病院でアートコーディネーターとしてプロジェクトにかかわりながら、これらの活動の実践研究を行って博士論文を書き、NPOを設立していました。
医療と芸術をつなぐコーディネーター
アートコーディネーターは、医療と芸術という専門性の異なる人たちが、共にプロジェクトに取り組む際、両者をつなぎ、プロジェクトをマネジメントする職種です。他の病院では、アートディレクターやアートマネージャーと呼ばれているところもありますが、その大きな役割は共通していると考えられます。日本では、まだ数の少ない存在ですが、イギリスで公的な医療事業を担うNHS(National Health Service)のwebサイトには、医療の周辺を支える職種として位置づけられています。
私が2011年からアートコーディネーターとして携わっている筑波メディカルセンター病院では、院内で課題となっている空間をデザインするプロジェクトが多く展開されています。不安や緊張感といった、患者さんや家族が感じる多様な感情に寄り添う環境になるように、控室や待合などの医療のまわりの空間をデザインしています。
ともにつくること
そこで、大切にしているのが、知恵を出し合いながら、ともにつくるプロセスです。病院長、現場の職員、学生、建築を専門にする教員などが、一緒に課題に向き合い、アイデアを考え、原寸大の模型を使って確認していきます。これは、現場の意見によって、でき上がる空間の質を高めることや、つくるときからかかわってもらうことで、空間を大切に積極的に使い続けてもらうことも意図していますが、空間をつくる行為によって、職員が医療やケアのあり方を見つめたり捉え直したりする機会になることも目指しているからです。
こうした取り組みに参加した職員にインタビューをすると、「どうにかしたいと思っている環境も、いつの間にか当たり前の光景になっていたことに気づかされた」と答える方がいます。九州大学ソーシャルアートラボは、「何らかの技を通じて、世界の見え方や関係性を変える仕掛けを『アート』と呼ぶ※」と述べていますが、私たちが大切にしたいことも、空間を表層的に化粧することではなく、医療という環境に揺さぶりをかけることなのです。
※:九州大学ソーシャルアートラボ『ソーシャルアートラボ 地域と社会をひらく』、水曜社、2017
病院のまなざし
プロジェクトをマネジメントするだけでなく、チア・アートが企画することもあります。新型コロナウイルス感染症の流行下においては、「病院のまなざし」という病院職員を被写体にした写真展を院内外で実施しました。
職員が真剣に職務を全うする姿、患者さんに微笑みかける姿、裏方として医療を支える姿など、医療に携わる多様な職員の姿を地域のカメラマンに撮影してもらい、展示したものです。展示を観た患者さんや地域の方からは、「医師も同じ人間なんだと思った」「病院に抱いていたイメージが変わった」という意見をもらいました。対面でのコミュニケーションが制限されるなかで、見えない/見えにくい医療現場の姿を、写真という媒体を通して表現することの重要性を強く感じたのでした。
医療の場でアートやデザインに取り組むということは、背景や専門性や立場の異なる人々との協働になり、一筋縄ではいかないことも多いのですが、最後まで人が人らしく生きるための環境をつくるために必要なことだと感じています。アーティスト、デザイナー、学生などのつくり手が医療福祉の現場に携わること、医療者や患者さん自身がつくり手の一員になることなど、多様なかかわりを探りながら、今後も活動を展開していきたいと思います。
(2023年1月19日)
今後の予定
現在、水戸のまちで、病院では話しにくいこと、医療を取りまくことなどを相談できる場づくりにも取り組んでいます。
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