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一緒ならきっと飛べる

アゲハのようなゴージャスな羽を持つ蝶もいれば、シジミと呼ばれる小さくて地味な羽の蝶もいた。まるでそこにいるかのように詳細に描かれた蝶たちは、それぞれが自由気ままに羽ばたいているようでいて、大きな一つの流れをつくっているようでもあった。取り壊しの計画が進む古い校舎の片隅で、図書室の前のこの壁だけは何かを隔てる壁ではなく、むしろその向こうに無限に広がる空間があるようにさえ見えた。それはそのままこの壁画を描いた画家から生徒たちへのエールであるような気がした。「この壁画も壊されてしまうのですか?」私は思わず先生に尋ねた。「はい。多分…」案内してくださった若い美術の先生はそっと目を伏せた。

2009年私が勤務していた香川小児病院の隣に善通寺養護学校があった。そしてそのどちらの建物もすでに数年後の取り壊しが決まっていた。国立の病院と県立の学校という別々の管轄下にありながら、その壁を超え常に協力しあって病児の学びをサポートし続けてきたという歴史があった。そのため新しい移転先でも病院と学校が隣接することは両施設の合意のもとすでに決定されていた。

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養護学校の生徒たちとの壁画制作

「壁画は壊されてもせめてこの蝶たちのスピリットだけは受け継ぎたい。」施設見学の途中で出会ったこの小さな壁画に私はすっかり魅了された。ずっと一緒に仕事してきた画家のマスダヒサコさんに「新しい病院の外壁に、卒業を控えた高校三年生と一緒に蝶を描きたい。誰でも一緒に描けて、ちゃんと個性がのこる描き方で。」と、伝えた。マスダさんはいつも、どんな変化球が飛んできても、避けたりしない。でも、簡単にできるとはいわない。「森さんが何をイメージしているのかわからない。」という。そしてそこからあふれるように質問してくれる。その誠実さに私はいつも助けられてきた。マスダさんの質問に答える度に私のイメージは少しずつ具体的になってゆく。まるでだんだん精妙さを増してゆく木彫りの彫刻のように。

そして何度目かのキャッチボールの後でマスダさんは「それならアサギマダラという蝶をモチーフにしようか。海の上を2,000キロ旅するらしいよ。」と、提案してくれた。「儚くて強い蝶、アサギマダラ」それはマスダさんから生徒への最高のエールだと思った。私は「海を渡る蝶」という企画書を書いた。当時の院長は「病院全体をキャンバスだと思って描けばいい。年を重ねるごとにかけがえのないものに育っていくだろう」と、おっしゃった。養護学校の校長先生は「それは生徒たちにとって大きな心の支えになるでしょう」と、毎年授業として取り組んでくださることになった。

それが2015年。あれから今年で8年目を迎える。養護学校の先生や一期一会の卒業生、アートサイコセラピストのかおりさんをはじめこのプロジェクトの趣旨に賛同し協力してくれる多くの仲間のおかげで、コロナ禍でも途切れることなくプロジェクトは続いてきた。さらに今年は生徒たちが蝶を描く前に、少しでも医療スタッフの応援をしたいと自発的に壁の掃除をしてくれることになった。今年の蝶がコロナ感染外来(A10)の近くに描かれるからだ。それを聞いて、院内のサービスリーダーチームも20名ほどが掃除に駆けつけてくれた。いつも壁画をサポートしてくれる職人さんは入口付近を水色で塗ってくれた。わかりやすく、患者さんの険しい気持ちがほぐれるように。

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院内サービスリーダーチームの清掃活動

いつもそうだった。自然に木が育つように少しずつ仲間は増える。目指す先にある光が優しいものでありさえすれば。

現在病院と学校の間にある壁には28種類の蝶が描かれている。

2022年、その蝶は命を吹き込まれ羽ばたくことになった。ARというテクノロジーの
おかげで。まるで魔法の粉を振りかけられたように。その技術を持って来てくれたのは、4年前まで当院で研修医をしていた精神科医の渡辺先生だ。勤務の合間に夢を語り合って「いつか何か一緒にできれば。」と話してきたことが実を結んだ。渡辺先生の友人のゲームクリエイター浪指さんがアプリ開発に協力を申し出てくれた。

現在開発中のアプリは、ダウンロードすればどこでも目の前にあの壁画の蝶たちが羽ばたきながらやってくる。エントランスでも病室でも。そして蝶をタップすると、図鑑にコレクションされると同時にこれまで当院で実施してきたアートプロジェクトについて紹介する。そしてさらに病院と養護学校の間にある渡り廊下に行って秘密のアイコンを読み込むと、蝶たちは一斉に集まって同じ方向へ飛び立つ。海を渡る。のだ。さまざまな色とかたちの蝶が群れをなして飛び立つ様子は本当に美しい。まさにあの日、図書室で見た蝶たちがその羽に新たな命を宿して蘇ってきたようだ。

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2015年から描いてきた蝶をデータ化

こうして医療現場でアート担当者として日々仕事をするようになって今年で13年になる。過去を振り返ってみると病院でのアートプロジェクトの軌跡は、志を同じくする人との奇跡的な出会いの過程だと思う。これまでに実施されたどのプロジェクトも順風満帆で進むのではなく、その過程には常に誤解も反発も失望もあった。でも、そこで諦めるのではなく、対立する人たちと歩み寄るための新たな表現を考え、応援してくれる仲間を探し、分断ではなく統合の道を探し続けて来た。そうして人から人へ想いのタスキを渡しながらたくさんの仲間とともに紡いで来た道(過程)こそが当院のアートであると私は思う。一人では飛べない。でもみんなと一緒にならきっと飛べる。今はそう信じられる。あの海を渡る蝶のように。

(2022年11月20日)

今後の予定

12月20、21日 20:00
Eテレ「あがるアート」特集

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田坂広志さんのYouTube講演。異分野の方ですがおっしゃっている内容が病院でのアート活動に通じることが多いことを発見しました。他にも基礎物理学村瀬雅敏先生、精神看護学村瀬智子先生のご著書「未来共創の哲学」など専門性のフィールド以外の異分野に励ましや仲間を見つけるのが最近の私のオススメです。

アート×福祉~ひろがるアート 目次

1
アートと福祉の大海に漕ぎ出す話
2
Art unit that transcends all difference. The one and only work in the world
3
一緒ならきっと飛べる
4
アートと貧乏
〜周縁化された人々とアートはどのようなかかわりを持つのか
5
医療の場でともにつくること
6
96歳の俳優と、まだ見ぬ演劇を求めて
7
表現と気づかいから生まれる、よく生きる技術
8
ともにつくる「みんなでミュージアム」


9
一人とともに動き、一人とともに考える。
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