ネットTAM


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『ティール組織』という理想を、絵に描いた餅にしない実践

アートにかかわる人たちがアートを続けるためにどのような方法があるのか? ネットTAMでは今回「起業」に着目し、実際に会社を興し、さまざまな事業形態でアートを持続させている方々に、"アートの興し方"についてお話をうかがい、ヒントを探ります。

第8回はさまざまな専門性を持ち、舞台芸術業界を中心に活動するアートマネージャーたちが集まり、アートマネージャーの持つ専門性、職能、スキルを社会に提供する合同会社syuz’gen代表社員の植松侑子さん。「今・ここに、まだないものを出現させる」をミッションに「舞台芸術の可能性を社会に実装する」を目指す同社において、常に舞台芸術制作者たちが持続可能な働き方を模索し、一歩一歩着実に、実現に向けてアクションし続ける植松さんの活動です。

合同会社syuz’gen
本社所在地:東京都荒川区
設立年:2016年7月
資本金:10万円
従業員数:10名
主な事業:舞台芸術分野における・新規事業立ち上げ・企画コンサルティング・事業運営マネジメント・実演団体/アーティストマネジメント・実行委員会等 事務局運営など

サファリ・P第10回公演 『悪童日記』
撮影:松本成弘

現在、合同会社syuz’genで実施しているアートによる事業とは

合同会社syuz’gen(しゅつげん)は、舞台芸術業界を中心に活動するアートマネージャーのチームです。行政組織、民間企業、実演団体(劇団やダンスカンパニー等)の事業実現のパートナーとして、企画制作、現場運営、広報、票券管理、ボランティアマネジメント、国内外のツアーマネジメントなどをワンストップで提供しています。

弊社の特徴は、オリジナルワーク(自主事業)は行わず、現在のところ100%クライアントワークだというところだと思います。つまり、弊社が何を社会に提供して対価を得ているかというと「事業」ではなく、「アートマネージャーの持つ知見」だということです。さまざまな組織と協働し、各組織が主催する多様な事業をともに実現することで、弊社のメンバーの知見も常にアップデートしながら、変化の激しい現代社会での舞台芸術の可能性を模索しています。

また、持続可能な働き方を実現することで、経験豊富なアートマネージャーを育成し、知的専門職としてのアートマネージャーの地位と認知度向上に資することも目指しています。「アートマネージャーの持続可能な働き方」という部分は目下試行錯誤中の部分です。

東京芸術祭ファーム2023 ラボ Asian Performing Arts Camp「In-Tokyo Sharing Session」
©Kazuyuki Matsumoto

なぜ起業したか?

そもそも合同会社syuz’genを立ち上げる1年前に、特定非営利活動法人Explatを立ち上げたところから始まります。

特定非営利活動法人Explatは、舞台芸術制作者を中心とした芸術にかかわる専門人材が、自らの仕事に誇りを持ち、心身ともに健康で、生涯の仕事として続けられる労働環境の実現を目指した中間支援組織です。

Explatの理事長として、どうやったら舞台芸術制作者たちが持続可能な働き方をできるのかをさまざまな方々と話す機会があったのですが、私個人はその対話を通じて非常にもどかしい思いを抱いていました。環境を変えうる権力を持つ方たちが、現在の労働環境が未整備であることを、国の文化予算が少ないとか、条例でそうなっているとか、どちらかというと自分たちが制度の被害者であるように感じる発言が多く、現状を「こうなったのは自分のせいではないし、自分にはどうしようもない」と諦めてしまっているような、そんな印象を受ける出来事が続いていました。

それでも中間支援組織としては、各組織の労働環境に関しては何の権限も当然無いわけです。労働環境実態調査をしても、いろいろな数字を可視化しても、結局現場を変えるパワーを持つ方々が変えようとしなければ、このまま変わらないのではないか。そんなに悠長に待っていることはできないし、自分の寿命がその前に尽きてしまだろうというジレンマのなかで「自分が理想とする組織は自分がつくるしかないな」と腹をくくって立ち上げたのがこの合同会社syuz’genです。

劇団温泉ドラゴン 第18回公演『キラー・ジョー』
©Kazuyuki Matsumoto

起業したメリットとデメリット、そして今抱えている課題とは

合同会社syuz’genは、『出現する未来』という本のタイトルから名付けました。
起業した最大のメリットは、経営者があきらめない限りは、会社のあり方を追求し続けられるということだと思います。syuz’genを立ち上げたときから目指しているのは「ティール組織」です。

ティール組織とは、2014年にフレデリック・ラルーの著書『Reinventing Organizations』で紹介された組織の最終進化形を指します。権力を集中させたリーダーは存在せず、メンバーの意思によって目的の実現を図ることができ、組織自体がまるで生命体のように常に変化・進化していく組織。起業の前年に知ったこの概念に私は大きな衝撃を受けました。『出現する未来』という本と、この「ティール組織」という概念との出会いがsyuz’genの起業を決定的なものにしました。

ということで、私の起業は、もともとやっていた事業の延長で組織が必要となったとか、新規で立ち上げたいアイデアがあったとかではなく、「自分が見たい未来を自分(たち)でつくりたい」という、非常に観念的なものでした。

組織が成熟していく過程で、その最終形である「ティール組織」になるためのブレイクスルーポイントとしては、「セルフマネジメント(自主経営)」「ホールネス(全体性の発揮)」「組織の存在目的」という3点があるといわれています。起業して7年を経た今のsyuz’genは、意思決定に関する権限や責任をプロジェクトごとにメンバーに譲渡しており、メンバー相互にコミュニケーション・調整を行っています。メンバーそれぞれの人生の目的と組織の目的が共鳴することを大切にしており、よくメンバー個人の人生のことを話します。最近あらためて考えたのですが、今のsyuz’genは、これはもうティール組織なのではないかなと思っています。

起業することのデメリットは、よくよく考えたのですが特に思いつきません。

自分が経営者としても人間としてもあまりに未熟だった創業すぐのころは、自分の理想を実現するということにメンバーを巻き込んで振り回しているのではないか、働く人たちが、やりがいや生きがいを感じ、生き生きと働ける環境をつくりたかったはずなのに、みんな大変そうで「自分はいったい何をやっているんだろう」「結局みんなを不幸にしているのでは」「自分がやりたいことに他者を巻き込むことの責任ってなんだろう」と自問する時間が非常に多かったです。どうやったら自分の思いをメンバーに伝えられるか、組織が向かっている方向はこれでいいのか、ずっとずっとずっと考え続けてきました。そのときに組織論や経営論、哲学や人間に関する本を読みまくったことが今の自分を支えていることは間違いないです。起業するって、経営者になるって、現代における修行の一つのかたちだなと思っています。

また、コロナ禍では、次から次へと問題・課題が湧いてきて、預金残高を見ながら「もうここまでかもな」「理想だけじゃ人は生きていけないんだな」と絶望しかけたこともありました。そうなって初めて見える景色があるというか、なるほど社会の構造ってこうなっているのかと気づかず済むならその方が幸せかもしれないことも見えてきて、それも、今たまたま運よく乗り越えられましたが、「それもよい経験でした」とは今も口が裂けてもいえないなと思います。でもここまで支えてくれたのも、まだ踏ん張ろうと思えたのも、間違いなくsyuz’genのメンバーがいたからでした。

Tokyo Tokyo FESTIVALスペシャル13「光の速さ-The Speed of Light-」

これからやってみたいこと

メンバーそれぞれが「マイプロジェクト」を見出し始めているので、それとsyuz’genの組織の存在目的が共鳴するときに、この組織がどうなっていくのかなということを楽しみにしています。

また、syuz’genの働き方や仕組みも、これまで試行錯誤してきたし、今後もずっと変化し続けていくと思いますが、これまで発信には力を入れて来なかったので、組織のことをもう少し外に発信していけるといいなと思っています。

これからアートとかかわり続けるためにどうするか?

まず大切なこととして、人は「知っていること」の中からしか選べないので、自分の「知っていること」を広げることがとにかく大事じゃないかなと思います。

まだ知らないことから正解を探すのは、暗闇で探し物をするみたいな状況なので、当然間違うことも多々あります。間違ったとしても「間違った」ということよりも、「知っている世界が一つ増えた」ということの方が重要だと思います。

目的地を明確に決めてからていねいに1歩を踏み出すやり方もありますが、私自身は「だいたいこの辺」とか「こっちのような気がする」レベルで全力疾走をはじめ、走りながら考え続けてきたタイプです。自分の人生で、そのときは意味がないと思ったことが、後から「このためだったのかも」と思うことも多く、人生で何と何がつながるかは予期できないことの連続だと噛みしめています。だからこそ、アートとかかわり続けたい方々は、自分の世界を広げることに躊躇しないことが大事かなと思います。そして読書もおススメです。

(2024年8月19日)

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