大阪・関西の成長戦略として芸術祭を創造する
アートにかかわる人たちがアートを続けるためにどのような方法があるのか? ネットTAMでは今回「起業」に着目し、実際に会社を興し、さまざまな事業形態でアートを持続させている方々に、"アートの興し方"についてお話をうかがい、ヒントを探ります。
第6回はアートを活かした社会問題の解決を目的として事業に取り組む「社会的企業」の株式会社 ARTLOGUEです。Arts for Human and Planetヴィジョンに掲げ、「文化芸術を守るためにも、活かす」「誰もが、いつでも、どこからでもアートを楽しめる世界を創造する」をミッションとしテクノロジーの力でアート業界にイノベーションを起こすアーツテック・カンパニー。アートで社会に対話と潤いを与えるソーシャルアートメディアです。
株式会社 ARTLOGUE
本社所在地:大阪府大阪市北区
設立年:2017年7月7日
資本金:2,000万円
従業員数:8名
主な事業:
・「Study:大阪関西国際芸術祭」の企画・運営
・WEBメディア「ARTLOGUE」「Art Tourism」など企画・運営
・「sanwacompany Art Award / Art in The House」や「NIIZAWA Prize by ARTLOGUE」などアートプロジェクトのプロデュース
現在、株式会社 ARTLOGUEで実施しているアートによる事業とは
現在は、アートメディア「ARTLOGUE」や、アートを楽しむ旅の情報サイト「Art Tourism」、Matterportを用いた展覧会のVRアーカイブ事業、オンラインのアート販売プラットフォームなどWEBサービスをいくつか運営しています。
そうした事業に加え、2019年には参議院選挙のすべての候補者に「文化芸術マニフェスト」を問う「ManiA(マニア・Manifest for Arts)」プロジェクトを実施し、有権者の判断材料にしていただきました。
他にも推薦人制のアートアワード「sanwacompany Art Award / Art in The House」や7%まで精米した最高級日本酒に現代美術の第一線で活躍するアーティストのラベルを採用する「NIIZAWA Prize by ARTLOGUE」のプロデュースなど、多岐にわたるプロジェクトに継続して取り組んでいます。
ARTLOGUEは、アーツテックカンパニーを標榜し、テクノロジーを活用したWEBサービスを中心に事業を展開してきました。2018年にはスタートアップ業界では有名だった「TechCrunch Tokyo 2018」スタートアップバトルのファイナリストにも選出いただきました(2022年TechCrunchは日本から撤退)。
しかし、インターネットが“WEB 3.0”と呼ばれる次世代型へと移行する中、あらためて、実社会に軸足をおいて展開する芸術祭(”WEB 0” といえるかもしれません)を立ち上げ、「Study:大阪関西国際芸術祭」のプロデュースや、アートツーリズムなど、リアルな世界でのアート事業にシフトしています。
「Study:大阪関西国際芸術祭」を立ち上げた背景には、160カ国が参加し、2,800万人の来場が見込まれている「2025日本国際博覧会(大阪・関西万博)」の波及効果を未来に活かしたいという思いがあります。
これまで国際芸術祭のなかった関西において、ソーシャルインパクト(文化や芸術の振興、経済の活性化、社会問題の認識向上、SDGsなど)をテーマに掲げ、持続可能かつ革新的な都市型アートフェスティバル「大阪関西国際芸術祭」を設立することを第一義に、さまざまな実現可能性を検証する実験の場として「Study:大阪関西国際芸術祭」を始動させました。
2022年からの過去3回の開催では、アートの展覧会のみならず、アートフェア、カンファレンス、さらには、クリエイティブ領域(アートやデザイン、アニメ、食など)のスタートアップを対象とするビジネスコンテストを同時に行い、大阪・関西という地域で世界に名だたる国際芸術祭を立ち上げるには、何が可能か、何をすべきかを問いながら、人・社会・アートとの関係性を集合知型で探求してきました。
なぜ起業したのか?
ARTLOGUEの前身である美術館でのギャラリートークをWEB配信する「CURATORS TV」 プロジェクトは、2010年、大阪市立大学都市研究プラザにおける、文部科学省の国際的に卓越した研究拠点の形成を目的としたグローバルCOEプログラム「社会的包摂と文化創造に向けた都市の再構築」の一環として始まりました。その後、2年間の準備期間と1年間の実施を経て、2013 年4 月に一般社団法人WORLD ART DIALOGUE(通称:ARTLOGUE)を設立いたしました。
2010年の「CURATORSTV」 プロジェクト開始時から、人口減少社会の道を進む日本において、アートプロジェクトの資金を、補助金等税金に頼ることは難しいと考えており、最初からアートベンチャーを創設するとことを宣言していました。そのため独自で取った研究費も新しい産業を生み出すための「新産業創生」というものでした。
少子高齢化や経済の停滞、余暇市場の大幅な縮小や税収の減少、日本人の美術鑑賞時間の減少などもあり、アートに対する縮小圧力は日に日に高まって来ています。しかしその一方で、美術品市場が上向いていたり、STEAM教育やビジネスパーソンにはアート思考が注目されたりアートへの潜在的なニーズが高まっているというデータも発表されており、アート業界がニーズを汲み取れてない現状も見えています。
アートへのニーズを少しでも汲み取り、一人でも多くの人がアートに接する機会を得て、アートを楽しむきっかけをつくるために、大学の研究プロジェクトから一般社団法人としての社会実験期間を経て、一貫して掲げてきた「アートへのアクセシビリティと理解の向上」と「アートを通して社会的課題の解決を目指す」という理念を実現すべく、2017年7月7日ソーシャル・アート・カンパニー、株式会社アートローグ(ARTLOGUE)を設立しました。
その後、13名の投資家から出資を受けており、その中の一人からはビジネスの力で社会をよくするための事業と認められソーシャルインパクト投資(ESG投資)を行うファンドからご出資をいただき「社会的企業」として活動しています。
ARTLOGUEの社名はART x DIALOGUE をかけ合わせた造語で、アートの力でよりよい社会を実現させるために、アートと対話をする、アートによって対話を生み出すという意味が込められています。
起業したメリットとデメリット、そして今抱えている課題とは
起業したからというわけではなく、スタートアップとして起業するために、アクセラレーションプログラムに参加するなど経営やファイナンスの勉強をすることで、アート業界では得られないマネージメントの知識や経験が身についたことや、スタートアップのイベントに参加することで今の株主の皆様や起業家達と知り合い、関西経済同友会や関西経済連合会に入会することで大企業の経営者達とネットワークが出来たことは大きなメリットです。
デメリットは、あまりないのですが強いていえば、まだまだアート業界には少なからずビジネスに抵抗感のある方もいらっしゃり、スタートアップやビジネスというだけで警戒されることがあるということくらいでしょうか。
2012年に、当時、全国美術館会議の会長だった青柳正規先生と、副会長の建畠晢先生に機会をいただき、「CURATORS TV」と全国美術館会議の連携を目指し、理事会でプレゼンテーションをさせていただきました。CURATORS TVの価値や意義については皆さんに共感、評価をいただけたのですが、ビジネスとして事業化を目指すということに対して一部の理事から懸念の声があがり、連携は実現しませんでした。
2010年から比べるとアートビジネスについての理解は進みましたが、まだまだ道半ばです。
これからやってみたいこと
アートは有史以前から今日まで人類とともにあり続け、人類が捨てなかった一つとも言われており、ネアンデルタール人もホモ・サピエンスより先んじて壁画を描いていたといわれています。
2020年の新型コロナウイルス禍でドイツのモニカ・グリュッタース文化相は「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在、特に今は」と述べ、文化支援は政治的最優先事項位置づけました。また、アイルランドではアーティストにベーシックインカム(最低所得)を保障するプログラムを実施しました。
大阪大学 大学院経済学研究科 教授(総長補佐)の堂目卓生先生は、「今の日本に必要なのは働き方改革ではなく、遊び方改革だ」と言っています。
なぜ人類はアートを生み出し、今日に至るまで捨てずに継続させているかはわかりませんが、アートは人類の生存戦略の一つとして何らかの機能をしているのでしょうし、私たちは、アートはより良い社会を実現するために有益だという考えを持っています。
まだ、現代の日本ではアート・文化芸術がそこまで重要視されていません。しかし、日本には文化的にも非常に豊かな歴史がありますし、最近はなくなってしまいましたが、以前は一般の住宅にもギャラリースペースとも言える床の間があったりしました。
また、国内ではアートも東京一極集中の状態ですですが、日本の文化芸術(能や歌舞伎、文楽、茶道、華道など)の多くが関西発祥です。
加えて、大阪は今でこそ「粉モン、お笑いのまち」といわれていますが、歴史的には、難波宮があった時代、豊臣秀吉や千利休の様な権力を持つ文化人がいた時代、上方といわれ江戸にも文化芸術を下らせていた時代、近代には船場の旦那衆やタニマチがいて、阪急の創始者小林一三は都市開発に文化芸術の力を取り入れていました。
その甲斐もあり関西には多くの文化財も残されています。
アートや文化芸術、クリエイティブを成長戦略とした「国際芸術都市大阪」、広域では瀬戸内辺りも含めて「関西アートリージョン」としてブランディングし、都市の成長戦略として「Study:大阪関西国際芸術祭」をさらに発展的に継続させていくとともに、アートを通じたまちづくり、国づくりなどにもかかわって行きたいと考えています。
ゆくゆくは万博会場でもある夢州を「アート特区」にして、ベネチアのように各国の常設パビリオンで芸術祭が行われるようにもしたいです。
その先には文化芸術立国の実現も見えてくるのではと信じています。
これからアートとかかわり続けるためにどうするか?
アートへのかかわり方は一様ではありません。その時々無理のない範囲で、鑑賞者やボランティアとしてアートを楽しみながらかかわるのもよいと思います。
ただ、このコラムのテーマをふまえ、生業としてのかかわりについて述べたいと思うので厳しい表現となるかもしれません。
人類の産業構造は大きな変遷を遂げてきました。狩猟採集時代、人々は動物を狩り植物を採集して生活していました。農耕革命により定住生活が始まり、農業と牧畜が普及し、都市や村が形成されました。18世紀の産業革命では、蒸気機関の発明と機械の導入により生産効率が向上し、工業化と都市化が進展しました。20世紀の情報技術革命では、コンピューターとインターネットが普及し、サービス業が拡大しました。現在はデジタル革命が進行中で、AIやIoTが新たな産業を生み出しています。
人類史上では、常に技術の進化や生活様式の変化、産業構造の移り変わりによって、生まれる職業と、消える職業があります。
アート業界にかかわりのある業種でも写真やビデオの記録撮影なら20年前の1/10の価格ですし、翻訳もDeepLやChat GPT4o などを使えばほとんど無料でできてしまいます。特にAIの加速度的な進化によって、数年内に多くの職業が消えると考えています。
「第8回横浜トリエンナーレ」にも出展していたジョシュ・クラインは「失業」シリーズ(2016)で、技術革新と自動化が人々の職業を奪う未来を描き、労働の価値と社会構造の変化に対する警鐘を鳴らしています。
僕の経営者・プロデューサーという立場すらも数年後にはAIに脅かされるかもしれません。
生業としてアートとかかわり続けるには、長期的な視座をしっかり持って、まずはこの先(10年程度は)AIに置き換わらないかどうかを考え、そのための知識や技術を身につけるべく研鑽を積み、自分のポジショニングを考えるのがよいと思います。
これは何よりも自分にいい聞かせている言葉でもあります。
ARTLOGUEでは、このネットTAMの「キャリアバンク」にて、アートにかかわるさまざまな業種の募集を掲載しています。ご覧いただき、少しでも関心を持っていただけたら、そしてご縁をいただけたらうれしいです。
ビジョンを持ち、一緒に前向きにアートとのかかわり方を模索していきましょう。
(2024年5月22日)