ネットTAM


1

災害からの復興と“文化”

津波で生活基盤を根こそぎ奪われた人々の復興に、文化は大きな力をもたらしたと、今、私は確信しています。震災前の2010年から通い続けてきた宮城県南三陸町。その復興は快挙の連続でした。

2015年に宮城県初の森林の国際認証取得、2016年には日本で初めてのカキ養殖での国際認証取得、2018年には志津川湾が日本初の藻場のカテゴリーでラムサール条約に登録されました。環境に配慮した持続可能な一次産業を柱に、新たに生まれた南三陸ワイナリーが食を通じて地域と人をつなげ始めています。この流れが漁業後継者を町に呼び戻し、ツーリストをも呼び込み続け、2022年秋の震災伝承館「南三陸311メモリアル」開館以降は、町全体で「いのち想う旅」をテーマに文化観光を推進しています。

持続可能性を追求した産業再生には多くの困難を伴いましたが、住民たちが理念を共有しチャレンジングな道を選ぶことができたのは、地域社会の分母である「文化」のパワーが、危機的な状況の中で発動したからではないかと、今、私は振り返っています。

10.8mの土盛りの上に築かれた新しい市街地に、昨年10月オープンした震災伝承館 南三陸311メモリアル。開館から7カ月で来場者は10万人を越えた。館内には、クリスチャン・ボルタンスキーのインスタレーション「MEMORIAL」も恒久展示されている。 

10.8mの土盛りの上に築かれた新しい市街地に、昨年10月オープンした震災伝承館 南三陸311メモリアル。開館から7カ月で来場者は10万人を越えた。館内には、クリスチャン・ボルタンスキーのインスタレーション「MEMORIAL」も恒久展示されている。

クリスチャン・ボルタンスキー「MEMORIAL」 Photo: 二村友也

クリスチャン・ボルタンスキー「MEMORIAL」
Photo: 二村友也

中でも、奇跡的だったのは、戸倉地区の37人の漁師たちが日本で初めて成し遂げた、カキ養殖での国際認証取得です。震災前は隣の船よりいかに多くの漁獲を得るかに腐心し、海の環境を悪化させても我欲に任せてカキの密植を続けてきた彼らが、震災で何もかも失った後に選択したのは、震災前の養殖の権利を全員が一斉に放棄するという決断でした。湾内の養殖筏の数を三分の一に減らし、海の豊かな環境を未来につなごうと、葛藤と議論の末に、私利を捨て、多岐にわたる厳しい基準をみんなでクリアし、日本初の国際認証取得に漕ぎ着けたのです。その結果、海の環境は回復し、震災前以上の収益が全員にもたらされるようになりました。

浅田政志「みんなで南三陸」より     水産業界のレジェンドとなった戸倉かき生産部会の漁師たち

浅田政志「みんなで南三陸」より    
水産業界のレジェンドとなった戸倉かき生産部会の漁師たち

この地域では、生きとし生けるものの供養と命の再生を躍る鹿子躍が継承されてきました。震災は、この芸能に込められたメッセージを、リアルな理として再認識させました。自然と命への畏敬の念、地域で支え合う『講』の習わしが育んできた利他の心が、災禍をきっかけに、アクティブな力となって人々を動かしたのです。

瓦礫になったふるさとに、丸裸で立ち尽くした人間たちを支え、勇気ある決断をさせたのは、彼らの内部に沈澱していた「地域社会の分母としての文化」の力だったのではないか、と私は感じています。

浅田政志「みんなで南三陸」より行山流水戸辺鹿子躍保存会の人々

浅田政志「みんなで南三陸」より    
行山流水戸辺鹿子躍保存会の人々

では、私たちが震災後に行ってきたアート・プロジェクトは、何かを為し得たでしょうか。

2013〜2016年まで写真家 浅田政志氏と行ったフォト・プロジェクトで、戸倉の漁師たちと1枚の写真を撮影しました。国際認証取得が内定した2016年1月のことです。この写真を囲むと漁師たちは饒舌になります。どん底からみんなで立ち上がり、つかみ合いの喧嘩をしながら快挙を成し遂げた自分自身と仲間たちの姿を、この写真が鏡のように映して見せてくれるからです。困難を乗り越えた誇りと仲間へのリスペクト。明日もまた、この写真に写る自分でいよう。彼らはこの写真に向き合うとき、そう誓うのかもしれません。

南三陸311メモリアルに収蔵・展示されている浅田政志「みんなで南三陸」の作品群。 全47作品のうち20点を常時展示している。

南三陸311メモリアルに収蔵・展示されている浅田政志「みんなで南三陸」の作品群。
全47作品のうち20点を常時展示している。

私たちが行ってきたアート・プロジェクトは、普段は見えにくい地域の文化性や一人ひとりのアイデンティティを再発見する視座を住民たちにもたらし、彼らが人生を肯定し、生きる喜びを見出すための触媒としての役割を果たしていると感じています。3月に南三陸311メモリアルで、浅田氏を囲んで住民のみなさんが語り合った際に、それを確信することができました。

社会の分母としての文化は、危機的な状況に置かれた人間に、再生へのクリエイティブなアクションを起こさせる底堅い力をもたらします。利他の心、議論し倒すコミュニケーション力、新たなチャレンジへの勇気…。

人間のしなやかな強さとレジリエンス力は、経済合理性や利便性からは培われません。”文化“こそが、より困難な選択へと人を駆り立て、未来のために挑戦する気概を人の心に生み出すことを、そして、地域に根ざしたアート・プロジェクトはその”分母“の持つ力をブーストし得ることを、南三陸の人々が示していると思います。

地域課題が山積する今、文化政策はどうあるべきか、壊滅した町の復興のプロセスの中に見えてくるような気がするのです。

この夏、展示予定の「みんなのきりこ」の一部。住民たち一人ひとりの思い出に耳を傾けて制作した。

この夏、展示予定の「みんなのきりこ」の一部。住民たち一人ひとりの思い出に耳を傾けて制作した。

公営住宅の集会所で、互いの話に耳を傾け、切り紙の絵柄を考える。記憶は記憶を呼び起こし、それぞれのエピソードを知りながら、関係性も深まっていく。

公営住宅の集会所で、互いの話に耳を傾け、切り紙の絵柄を考える。記憶は記憶を呼び起こし、それぞれのエピソードを知りながら、関係性も深まっていく。

今後の予定

南三陸311メモリアルでは、災害からいのちを守ることについて自分事として考える2つのラーニングプログラムを提供していますが、現在3つ目のプログラムを制作中。6月から9月まで、13年間続けてきた「きりこプロジェクト」の作品展示も同館で行います。現在、認知症当事者の人権を考えるNPOの活動にも参加しています。だれもが最後まで感動しながら自分を生きられる社会のために、アートを通してできることを模索中です!

関連リンク

おすすめ!

  • 中島岳志『思いがけず利他』ミシマ社、2021
  • 若松英輔『悲しみの秘儀』文春文庫、2019
  • 共に活動している一般社団法人 認知症当事者ネットワークみやぎの代表理事で認知症当事者の丹野智文さんをモデルにした映画「オレンジ・ランプ」。2023.6.30公開。

アート×まちづくり~ひろがるアート 目次

1
災害からの復興と“文化”
2
価値をつくるアートをつくる人をつくるまちをつくる
3
アーティストコミュニティとしての黄金町
4
まちづくりを担う“若者”の想いを表現する民俗芸能をつなぐ
5
回遊劇場~アートを活かしてまちの回遊性を高める~
6
福島県富岡町での活動
この記事をシェアする: