エクストリームな文化施設にできること
- 学校の授業で小学生とテクノロジーを使って新しいスポーツの種目をつくる
- 一般の参加者と近隣の森の植物のDNAを調査して図鑑をつくる
- 西陣織のメーカーと、プログラミングによる織りのパターンをつくる
これはこの数年、山口情報芸術センター[YCAM](以下、YCAM)で起こっていることのほんの一部です。
YCAMは山口県山口市に2003年にオープンしたアートセンターで、 メディアテクノロジーが発達して私たちの生活に浸透した社会における、芸術表現を追求してきました。アーティストをはじめとする各分野の専門家がYCAMに集まり、YCAM InterLab (ワイカム・インターラボ)と呼ばれる研究開発チームと共同で、一からインスタレーションや舞台作品、映画、ワークショップなどオリジナルのコンテンツを制作し、発表しています。 2017年の時点で、YCAMが生んだ作品は、通算で世界170以上の都市で紹介されてきました。
実験的な表現を通じて世界と繋がる一方で、開館10周年である2013年頃から、YCAMが活動している 地域に注目した企画も増えてきました。山口市は人口20万人弱。人口の流出や、産業の低迷と財源の低下など、他の地方都市が抱える問題と無縁ではありません。文化施設はそうした社会の課題や未来にアプローチすることができるのでしょうか。その探索の過程で出てきたものが、冒頭に挙げた、さまざまな人とともにつくる、作品だけに留まらないアウトプットの形なのです。そしてそれを可能にするのが、YCAMが中心に置く研究開発(R&D)という機能です。今日はその一例をご紹介したいと思っています。
ダンスとテクノロジーの研究開発
「あのモニターに表示されてる数字の箱、触れないかな?」
ダンサーで当時フォーサイス・カンパニーのメンバーだった安藤洋子さんが、2010年にYCAMで撮影のテストをしていたときに放ったこの一言から、「Reactor for Awareness in Motion」(以下、RAM)と呼ばれるプロジェクトが生まれ、現在も続いています。
突然ですが、なんの理由もなく踊り続けるのはなかなか難しいですよね。せめて音楽は必要です。では、たとえばトランポリンのような床があって、あなたが一歩踏み出す度に床が上下したり、さらにその反動であなたの体が跳ねたり、もしくは、あなたの身体の一部に10mほどのチェーンがついていて、それが空中にたなびいていたらどうでしょうか。いろいろと動いてみたり引っ張ったり、どんな条件の世界や道具なのか、自分の身体で探ってみたくなりませんか。
RAMはこうした仮想の環境を、コンピュータープログラミングを使ってビジュアル化し、モーションキャプチャーによってリアルタイムに取得したダンサーの動きと組み合わせます。つまり、ダンサーはモニターやスクリーンに投影された自分の分身と、その分身(ダンサー)の動きに追随して変化する仮想環境の相互作用を見ながら踊ります。たとえば、身体についているチェーンを相手のダンサーに巻きつけたり、自分の片足の下を通したり。そうしたさまざまな動きの「ルール」をつくることで、今まで思いつかなかったような振付や、違う質感のダンスを創作していくのです。
とはいえ、実際の舞台セットが変わるわけでもないし、そんなに効果あるの? と思う方もいるでしょう。しかし、五感の中でも視覚の影響は特に強いようで、多くのダンサーがこのRAMのシステムを使うことで、引き込まれるように「あっちの世界」に行ってしまうのを私は見てきました。昨年にはVRバージョンも開発し、より没入感を増すこともできます。さらに何度かこのシステムを使うと、システムがなくても、自分がつくった踊りのルールとそれに対応する環境のイメージを記憶から取り出して、動けるようになっていくことも特徴的です。
アイデアを育てる場所・時間・人
RAMのようにセンシングやプログラミングなどを伴う制作には、場所と時間が不可欠です。特に新しいアイデアを生み出すためには、既存のテクノロジーをリサーチして応用したり、いくつかのテクノロジーを組み合わせたり、多くの実験やさらには失敗をしながら、つまり手を動かしながら発想していくことが求められます。
市民を含めさまざまな分野の専門家が協働するのもYCAMの特徴です。RAMの場合はダンサーとプログラマーを中心に、研究者や建築家、サウンド・アーティストなどがかかわってきました。
話はずれるかもしれませんが、たとえば、ダンサーの持っている時間感覚と、プログラマーの持っているそれとはまったく違います。ダンサーがビジュアルや音を「ちょっと」変えたいと思っても、プログラミングにとってその「ちょっと」は何時間から数日かかる内容の場合もあります。逆に試してほしい仮想環境ができたとしても、ダンサーにはウォーミングアップをして踊れるタイミングというものがあり、常に臨戦態勢というわけにはいきません。
異分野の人たちがアイデアを交換する現場で重要なのは、ある程度の共通言語を持ってクリエーションに臨める環境を用意することです。RAMは、アーティストの頭の中にあるイメージを、他のアーティストと共有するためのツールともいえますが、現場では、YCAM InterLabのスタッフが、ファシリテーターや通訳者の役割を果すこともあります。このリレーコラムの第3回で、植松侑子さんもアートマネージメント人材に求められる能力の多様さについて触れていましたが、YCAMでも扱う領域が増えても、すぐスタッフが拡充されるわけではありません。つまりプロジェクトに合わせて、外部の専門家とコラボレーションをするために、スタッフは新たなリサーチを行ない、専門性を延ばすことになります。結果、いまでは私はかなり変わった肩書を持つスタッフたちと働いています。たとえば、照明家でバイオテクノロジーの研究者というように。
シェアすることでもっとおもしろくなる
ダンサーがプログラマーとデザインした仮想環境で踊りながら振付をつくるーそんなRAMのシステムを実現するために、YCAMはダンサーの動きをリアルタイムに取得できる慣性式モーションキャプチャーシステム「MOTIONER(モーショナー)」と、仮想環境をデザインするプログラミングのための道具箱「RAM Dance Toolkit(ラム・ダンス・ツールキット)」を開発しました。そしてそのセンサーの組み立て方や、システムのソースコードにオープンライセンスをつけて公開し、ダンスとテクノロジーに関心のある人たちに、創作のプラットフォームの一つとして提案したのです。
もしかするとオープンソースで公開するというのは、特許が絡む大学の研究室や企業のラボにとっては難しいことかもしれません。しかしYCAMでは、世界の誰かが素晴らしいアップデートの提案をしてくれたり、ソースコードのバグを見つけてくれたり、RAMを使って作品をつくったり、違う分野に応用したりしてくれるかもしれない、という可能性の方に、価値を見出すことにしました。知見を共有することで、これからの身体表現や研究に貢献するだけでなく、プロジェクトの新しい展開のヒントを得ることにも繋がります。現在ではYCAMの研究開発にかかわるクリエーターには、オープンソースを前提とした契約書を提案することが多くなっています。
オープンソースと並行して、RAMのシステムを使ったクリエーションを行なう、ダンサー/振付家、プログラマー対象のワークショップを国内外で開催しています。このコラムのファシリテーター 橋本祐介さんがディレクターをつとめる、京都国際舞台芸術祭Kyoto Experiment で、今年は日本・韓国・中国をベースに活動するクリエーターが参加する「RAM CAMP in Kyoto 2017」が開催される予定で、今から楽しみです。
多様な社会とつながる
安藤洋子さんをはじめ、多くのフォーサイス・カンパニーのダンサーたちが開発にかかわったRAM。振付家ウィリアム・フォーサイスの前で、成果をプレゼンテーションしたとき、フォーサイスは楽しそうにダンサーたちにRAMの使い方を指示した後で、こういいました。「障がいを持っている人たちにこのシステムを試してもらったらどう?」。 数年後、そのアイデアは本当に実現することになります。
創作や教育のためのシステムとして発展していったRAMですが、中心にあるのは身体表現とテクノロジーという、まだ誰もが気軽に試せるわけではない分野。ワークショップを通じて、なるべく多くのアーティストたちと創作の機会を持つことが欠かせません。そこで、開発中にさまざまな分野からのフィードバックを得たことを背景に、RAMによって社会の中のさらに多様な人たちとかかわることができるだろうか、というテーマがごく自然に生まれてきました。
2015年頃から、ダンス以外の専門家たちと共同研究をスタートすることで、その一歩を踏み出しました。共同研究者の一人はインターフェイス研究の笠原俊一さん(ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員)で、共同でRAMがつくり出す仮想環境が人に及ぼす効果について、科学的な検証を行いました。
さらにもう一人は、医師の熊谷晋一郎さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)です。熊谷さんは、障がい者と医師などの専門家が協力して、障がいを扱う当事者研究を行なっています。中でも熊谷さんは、発達障害の一つである自閉スペクトラム症(以下、ASD)を持つ人たちと、研究をともにしてきました。
コミュニケーションを再発見する
人と会話するとき、私たちは無意識に相手との距離を調節しているといわれています。たとえばあなたが2人の相手と立ち話しをしている場面を思い浮かべてください。相手との関係や話題によっても変化するものの、おおむねお互いが心地よいと思う一定のスペース(0空間)を身体の前面に取って、立ち位置が落ち着くはずです。 この現象をジェスチャー研究者ケンドンは「F陣形」と呼びました。
熊谷さんはこの3人の前に広がるスペースから、個人の「パーソナルスペース」を扇形として算出しました。パーソナルスペースにはさまざまな定義がありますが、ここでは、他の人に入ってほしくない「なわばり」のようなものを指しています。熊谷さんは自身の先行研究から、ASDを持つ人たちはこのパーソナルスペースが、比較的狭い、というデータを得て、そのことが、定型発達者と呼ばれる多数派の人たちの話の輪に入りづらかったり、コミュニケーションがギクシャクしてしまったりする一因になっているのではないか、という仮説を立てています。
この共同研究で、YCAMはRAMのシステムと光学式モーションキャプチャーシステムを使うことで、会話中のパーソナルスペースをより自然な状況で計測し、実験後に、実験参加者がビジュアルを通して、自分のパーソナルスペースの変化を見返すことができるシステムを開発しました。現在も研究は続いています。
さらにこの研究をもとに、YCAMが振付家・ダンサーの砂連尾理さんと制作したのが、「パーソナルスペース再発見」という、人との距離からコミュニケーションを考えるワークショップです。実験で使用しているシステムによって、ワークショップ参加者のパーソナルスペースを計測し、それが彼らの足元に、扇形の映像としてプロジェクションされます。参加者が盛り上がるのは、彼らが歩くと、いつの間にか計測されていた自分のパーソナルスペースがついてくる場面です。そのことで、扇形が身体の一部のようにも感じられ、他の人のパーソナルスペースと交換したときに、直感的な驚きや発見があるのです。後半、参加者がパーソナルスペースを、独自のAppによって自由に「編集」する ことで、人との距離を変更できることの可能性を示唆しつつ、ワークショップは終了します。
知見のスパイラル
「Reactor for Awareness in Motion(RAM)」という研究開発プロジェクトが数年にわたってどう展開してきたのかということを通して、YCAMの「インフラとしてのアート活動」をご紹介しました。YCAMでは、作品制作のために開発した技術やその経験を、教育プログラムとして次世代に伝えたり、スポーツやバイオテクノロジー、食のプロジェクトなどに応用し、そこからまた作品を制作する、といった知見の循環が、内外のさまざまな人材を巻き込みながら起きています。そのため、YCAMって何やっているところ?という質問に、ひと言では答えられない状況になってきました。もちろんだからといってYCAMの活動が、冒頭に挙げた課題を瞬時に解決するわけでも、すべての表現が課題解決の手段というわけでももちろんありません。実験的なアート表現そのものが社会に果たす役割も重要なことだと考えています。
RAMはもともと、安藤洋子さんが踊るために持っていたイメージをきっかけにスタートしました。その後も、ダンサーをはじめとするさまざまなアーティストが、プロジェクトの開発にインスピレーションを与え続けています。そしてこれはダンス以外の分野でも起こりうることなのです。身体という私たちが世界に向き合う根本のインターフェイスに立ち返って考えたとき、アーティストが持っている身体感覚や問題意識が果たせる役割はまだまだたくさんあるはずです。
そうしたまだ名付けようもない「エクストリーム」なアイデアを、アートの想像力やデザインを結集することで表現し、多様な人にさまざまな形で伝えていく、それがYCAMの役割だと思っています。
文中の写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
(2017年7月25日)
今後の予定
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Kyoto Experiment 東アジア文化都市 2017 京都 交流プログラム:
山口情報芸術センター[YCAM]「RAM CAMP in Kyoto 2017」
日中韓をベースに活躍するクリエーターたちがRAMのシステムを使って、ダンスを製作する5日間。「ダンサーのためのプログラミング講座」や「プログラマーのためのダンス講座」などユニークなワークショップも行ないます。最終日の10月29日(日)には、京都ロームシアターで一般公開の成果発表も。
http://kyoto-ex.jp/ - YCAMで現在行われている研究開発プロジェクトを、展示やトークセッション、ワークショップなどでギュッと凝縮してお伝えするイベントが今年12月15日(金)〜17日(日)にYCAMで開催されます。アート、教育、地域、バイオテクノロジーなど幅広い分野が交差するイベントなので、ご自身の関心の方向を探ってみるのも楽しいはず。
関連リンク
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- 第2回のコラムを担当された 齋藤貴弘さんもおすすめしていたArcaとJesse Kanda。2015年文化庁の在外研修で訪れていた英国で、ビョークのアルバムにかかわったアーティストとして対談しているのを見て以来、気になる存在です。若い才能に目をつけるビョークもさすが。
- 同じく英国時代の上司、クレア・レディントンさん(Watershedクリエイティブ・ディレクター)に、英国に住んでまず読むように勧められたのが「ピクサー流 創造するちから──小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法」(エド・キャットムル、エイミー・ワラス著)でした。
チームの創造力を最大限に発揮するにはどうしたらいいのか、個人を批判することなくその人の仕事をよくするにはどうしたらいいのか。文化セクターで働く人にとって、いや、チームで成果を出す人にとって、考えさせられるトピックが。さらに「仕事道楽 新版──スタジオジブリの現場」(鈴木敏夫著)など、ジブリの制作方法について書かれた本と比較して読むのもおすすめ。どちらがいいということではなく、同じアニメーションスタジオでありながら、制作プロセスの可視化やチームワークのあり方など、その違いが歴然としていておもしろいです。
次回執筆者
バトンタッチメッセージ
相馬さんはご存知の方も多いと思いますが、国際舞台芸術祭「フェスティバル/トーキョー」(F/T)の初代プログラム・ディレクターを6期にわたって務められ、KYOTO EXPERIMENTとは作品の招聘をご一緒するなど、大変お世話になってきました。F/Tの前身である「東京国際芸術祭」時代から若くしてプロデューサーとしてご活躍され、とりわけ相馬さんが手がけた「中東シリーズ」は先駆的な取り組みとして、日本の舞台芸術界に多大な影響を与えました。同世代のアートマネージャーの中で常に先頭を走ってきた相馬さんが、ネットTAMリレーコラムに11年ぶりの登場です。F/Tを経て、現在代表理事を務めておられるNPO法人芸術公社での活動に至る軌跡を中心に、興味深いお話がうかがえるのではないかと期待しています。(橋本裕介│ロームシアター京都/KYOTO EXPERIMENT プログラムディレクター)