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ともにつくり、ともに学ぶ

アートから学べることって美術だけじゃないでしょう?

アートを学ぶことのメリットが話題にのぼると、決まってこの問いが頭に浮かびます。私の育ての親ともいうべきアーティストグループには、いつでもどこでも誰からも学び、雑多なものから知識を得、誰もが自由に参加できるプロジェクトを展開する、という姿勢を教わりました。アートは学ぶことや生きることと切り離せない関係にあると。そういうことはアートスクールでは教えてもらいませんでした。単位の取得と作品づくりがすべてだったのです。

このコラムを書くきっかけとなった町田市立国際版画美術館を見に行ったとき、やはり例の問いが頭をよぎったのですが、学芸員の町村悠香さんは、日本の教育史において木版画がどのような役割を果たしてきたかを説明し、そのなかでアートを学ぶ大きなメリットとして、作品をつくる力だけではなく、批判的思考力やコミュニケーション能力、連帯意識も養われたのだと語ってくれました。

私は2019年にYCAMの一員になって初めて、最先端のメディアアートのプロジェクトを実施している、というイメージが強かったYCAMがコミュニティと教育にも重きを置いていることを知りました。その姿勢は「ともにつくり、ともに学ぶ」という理念に集約されています。コミュニティや教育に力を入れている証として、現に専門職としてエデュケーター(教育普及担当)が複数人在籍し、教育プログラムを展開しており、最近では一方的に発信するのではなく、意識的に広く市民を巻き込んだプログラムも展開しています。対話型鑑賞プログラム「サンカクトーク」や市民とスポーツイベントを協働開発する「YCAMスポーツ共創実験スタジアム2021」「わたしもアートがわからない」「ぐるぐるラジオ」などが代表的な例です。

ぐるぐるラジオ 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

ぐるぐるラジオ
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

サンカクトーク 撮影:谷康弘 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

サンカクトーク
撮影:谷康弘
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

YCAMスポーツ共創実験スタジアム2021 撮影:谷康弘 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

YCAMスポーツ共創実験スタジアム2021
撮影:谷康弘
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

YCAMのこうした精神に基づき、私も昨年「オルタナティブ・エデュケーション」と題する3カ年プロジェクトを立ち上げました。アートセンターは社会におけるアート活用を学び、問い直す場になるか、その可能性を探ろうというのが趣旨です。

1年目にはプロジェクトの第一弾として、ジャカルタを拠点に活動しているアーティスト・コレクティブ、セラム(Serrum)による展覧会「クリクラボ―移動する教室」を開催しました(2021年10月~2022年2月)。セラムはアーティストや美術教師からなるグループで、アートを学びや共有のツールとし、アートと教育を中心に据えたイデオロギーを追求しています。

知識のマーケット① 2021年10月30日 撮影:谷康弘 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

知識のマーケット① 2021年10月30日
撮影:谷康弘
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

この展覧会は開放感あふれるスペースを会場とし、来場者が積極的に参加して、ともに遊び、ともに学んで、知識を交換し合えるようにしました。組み立て式のテーブルや椅子をしつらえ、なごやかな雰囲気のなかで来場者に「未完成」の部分をつくり上げてもらおうというわけです。インスタレーションのほかに「あそぶっく」という製本キットを用意し、作業、情報、ゲームなどが盛り込まれた40枚のワークシートを使って、それぞれの教育観を問い直し、セラムが提示するアイデアを共有できるようにしました。

知識のマーケット②2022年1月15日 撮影:谷康弘 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

知識のマーケット②2022年1月15日
撮影:谷康弘
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

クリクラボ①「日本教育制度」2021年11月14日 撮影:ヨシガカズマ 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

クリクラボ①「日本教育制度」2021年11月14日
撮影:ヨシガカズマ
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

「あそぶっく」からの抜粋です。撮影:山岡大地 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

「あそぶっく」からの抜粋です。
撮影:山岡大地
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

また、オンライントークプログラム「YCAMオープンラボ2021」では、国内外のスピーカーを招いて、アートを用いた学習やアートがもたらす極めて重要なもの──エンパシー(共感力)、批判的思考力、エンゲージメント、倫理意識など──について語ってもらいました。オープニングセッションでは、アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]で「dear Me」プロジェクトを担当する堀内奈穂子さんと鞆の津ミュージアムの津口在五さんが、アートを介してウェルビーイングをサポートする取り組みについて語っています。創作のプロセスでとかく市民は受け身になりがちですが、お二人の活動はこのお決まりのパターンから脱却する可能性を示唆するものでした。またジョン・バーン(John Byrne)さん(リバプール)、アリスター・ハドソン(Alistair Hudson)さん(マンチェスター)のセッションも充実した内容で、「アルテ・ウティル(有用芸術)」という概念を共有することができました。これは芸術的思考をもって社会における人間の行動に変化をもたらす方法を考え、編み出し、実行しようというプロジェクトです。

YCAM OpenLab 2021 アートから何を学ぶことができるか? 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

YCAM OpenLab 2021 アートから何を学ぶことができるか?
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

YCAM OpenLab 2021 アートの有用性(ジョン・バーン)写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

YCAM OpenLab 2021 アートの有用性(ジョン・バーン)
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

以上の経験を踏まえ、今年も引き続きプロジェクトを進めていきます。ジョン・バーンさんや「アルテ・ウティル」とのコラボレーションを通じて、市民がYCAMのリソースにアクセスできる仕組みは整いました。次なる目標は、市民が創作のプロセスに全面的に関与できるようにし、アートセンターを教室として誰もがともにつくり、ともに学べるようにすることです。

ヨーゼフ・ボイスが提唱した「社会彫刻」という概念を想起していただくといいかもしれません。ボイスは「万物はアートであり、人間は自らの創造力をもって人生のあらゆるシーンにアプローチできる。すなわち誰もがアーティストになり得る」と主張しています。アートは創造力や会話、思いやりを引き出し、人類に成長をもたらす大きなポテンシャルを秘めています。そういえば、初めてアーティストグループ「ルアンルパ(ruangrupa)」に参加したとき、壁に巨大な文字でこんなことが書かれていました。「よきアートが万人に開かれたものであるなら、それは間違いなくストリートから生まれる」

2022年7月28日

今後の予定

現在、YCAMで「オルタナティブ教育」プロジェクトに関連した公開トークセッションのプログラムを準備中です。2023年には、今年度行った調査や議論をもとに、このプロジェクトに関するプレゼンテーションを行う予定です。

関連リンク

アート×教育~ひろがるアート 目次

1
異文化交流から生まれるもの
2
ブックカフェから広がるアクション
3
DOING NOTHING BUT STUDIO OPEN
4
動物園の思い出
5
教育版画運動が蒔いた種
6
ともにつくり、ともに学ぶ
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