お話のお話
いままでを振り返ると、興味がおもむくまま可能な限りいろいろなことに取り組んできた。いろいろなことをするのは興味が散漫になってしまうと以前はよく思ったけれど、だんだん、それこそ私の性格であり否定せずにメリットとして捉えるようになった。なんでも捉え方かな、という思いが生まれたからだと思う。優柔不断な性格もよくないが、同時に多面的に物事を考えることができるという強さもある。経験も豊富になるとともに、キャパシティーも広がったと思う。可能性が多い分、それを精査し決断していくときはひどく悩むが、選択することに、より意味がでてくるともいえる。複数の可能性が発見でき、そこからまたなにかが生まれる。あるいは初めの考えに戻ったり横に飛んだりする思考。このような見えない行程自体を感じ取れる作品を制作したいと思っている。
私のアーティストとしての始まりは移動美術館の運営。それは大学にいる頃に、グループ「Danger Museum(デンジャー ミュージアム)」としていろいろな国のアーティストの作品を収集し、展覧会を企画するものだった。首から箱を提げてその中を美術館として個展を展示したり、車内を展示スペースにして旅をしたり、その方法はさまざまだった。また、美術館によくある機能を模し、ガイド、図書館、カフェ、クローク、倉庫なども作品として作った。
これらの活動はフルクサスのなにでも美術館になりうるという考えに触発されたところが大きい。アジアとヨーロッパの人たちが同じグループに関わる活動も魅力的だった。コマーシャルな要素の強かったロンドンのアートシーンは留学生にとっては大きな壁に感じられたが、常になにかしてみたいという思いがあった。じゃぁ、自分たちでスペースを作ってしまおう! それが始まりだった。
大学を卒業して以降は、作品形態が美術館スタイルから徐々に離脱し、滞在場所に基づくプロジェクトになっていった。美術館のかたちにこだわり続けることに疑問が湧いてきて、他のあり方を模索したくなったからだ。この頃からノルウェー人のアーティストと制作をするようになる。最近雑誌のインタビューで、私と制作をし始めた理由について、自分だけで制作することに限界を感じていたとき一緒に制作する機会があり、対話の中で作品を作っていくことのおもしろさを感じた、と言ってくれた。片方が投げかけたアイディアをもう片方が新たな形にして表現する、その繰り返しだ。
レジデンスをすることで、アーティストとしての活動を続けることができた。スコットランドでは「An Clar Glas(灰色のアルバム)」というビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のLPジャケットのリメイクを制作したし、ソウル、オスロ、コークでは、それぞれのアートシーンをリサーチし、それをもとにした作品を発表した。訪れた場所ででしか制作できない作品へのおもしろさもあった。だが、滞在期間の短さや、レジデンスの作品を他の場所で発表する際どこまで作品の背景を紹介すべきか、悩んだりもした。
2008年には「Recycled(リサイクル)」展という展示をオスロで行うことになる。いままで行ってきた活動やレジデンシーの作品を一同に集めて紹介する初めての試みだ。もともとの制作背景を気にしすぎず、作品をあらためて見つめ直すというスタンスをとった。詳しく背景を知りたい人のためにはガイドとなるフリー ポスターを制作した。この時を機に、オリジナルの意味にとらわれないことのおもしろさを発見し、作者が意図しない読みが作品に新たな意味を与え、それが次の展開への創造の源にもなると思うようになった。この展覧会自体もコラージュのように捉え、江戸時代に流行したペーパークラフト、立版古にインスピレーションを受け、展覧会自体を立版古にしたものも会場に展示した。設営時には、このミニチュアの展示風景と実際のスペースが呼応するように制作し、どちらが先ともいえない感じになった。ガイドのポスターの裏に立版古を展開図にして配置し、観客が持ち帰り展覧会を回想しながら展示を作れるようにした。活動自体が、コラージュになっていく。
絵巻物の制作に取り組み始めて2年ほどになる。もともとはベルゲンにあるホルダランド アートセンター(HKS)に、ノルウェー西部をテーマにした作品の依頼を受けたことに始まる。もうすでにその過程として、HKSとKabusoにて展示を行っている。物語に登場しそうな動物達の水彩画、旅の中で訪れたロココ調の邸宅であるDamsgård(ダムスゴード)の庭にあった植物をモチーフにした壁紙のようなデザイン、それが巻かれたギリシャの柱を思わせる陶器の筒。以前の作品のように、土地特有の要素はあるが、空想的でもあり、関連づける意味合いも多岐にわたり、作品を読む幅が広がってきた。
動物のモチーフとして描いてきた鴨は、ベルゲンの18世紀ヨーロッパ木造建築であるダムスゴードの庭園で豊かな自然の中育っていた。その鴨が、誰かの手により庭から連れ出され、海に放たれたと聞いた。絵巻物のプロジェクトを始めた頃、ベルゲン特有の険しい山に囲まれた谷のようになっている地形から、狭い世界にいる大物(Big Fish in a small pond)がどのように羽ばたいていくかを物語にしようと話をしていた。作品と実際の出来事が呼応しているようで不思議に思えた。なにかまた急に世界が広がったような気がした。
(2012年5月18日)
今後の予定
-
2012年6月3日~
『måg:issue eight』
Danger Museum 特集
http://www.maagmag.com
国際的に活躍するノルウェー人アーティストを紹介する団体であるNABROADによるオンラインマガジン。 - 2012年8月23日~9月16日
「Multiple Choices」展
参加作家:リカルド・バスバウム、アナ・ヒョット・グット、アナ・リネマン、カティア・サンダー、アレックス・ヴィラ、清水美帆&オィヴィン・レンバーグ(Danger Museum)
(英国プリマス「KARST」にて) -
2012年夏
『Multiple Choices』の出版イベントをオスロ、ベルリンなどで行う予定。
出版:オスロ クンストフォレニング、編者:ジューディス・シュワルツバート、執筆:グロリア・フェレィラ、エバ・ディアス、サイモン・シェイク、リカルド・バスバウム、アナ・ヒョット・グット、アナ・リネマン、カティア・サンダー、アレックス・ヴィラ、清水美帆&オィヴン・レンバーグ(Danger Museum) -
2013年春
Davis Museumでの個展
世界最小の現代美術館、展示作品はすべてパーマネント コレクションとなる。
関連リンク
-
Danger Museum
随時更新中。英語中心のサイトですので日本語の資料はお問合せください。 -
PEANUT CIRCUIT
(ピーナッツ サーキット)
私たちが制作しているマルチプル作品のサイト。 -
HORDALAND KUNSTSENTER
(HKS、ホルダランドアートセンター) - Arnolfini
おすすめ!
-
イタヅ・リトグラフイック
この夏、こちらの工房でリトグラフの作品を制作する予定です。板津さんは、長年、多彩なアーティストのリトグラフ制作にかかわり、それらの作品の展示も企画していらっしゃいます。新しいリトグラフのあり方も模索されています。 -
Satoko Sai + Tomoko Kurahara
シルクスクリーンによる陶器への写真転写など、量産技術と手作業を組み合わせることで、陶を素材に写真や版画のような複製芸術としての作品を制作されています。いつも陶芸のアドバイスをしていただいています。
次回執筆者
バトンタッチメッセージ
美術館の活動に余裕があるときは、展覧会やイベントを個人で企画したりもしています。
またいろいろお話聞かせてください。