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アート・デザインの価値観

ニューヨークで感じる日本との違い

 ニューヨークのソーホーに38年住んでいて、キュレーターの仕事をしながら体験したことなど、今後に役立てていただけたらと思って書いてみます。いつもは伊藤操さんのような専門家に書いていただくほうが多いようですが、いままで感じたこと、してきたことをまとめてみようと思います。
 1983年にGallery 91を始めた頃、ニューヨーク・SOHOの斜め前にあるフリーマーケットやできたばかりのレストランなどで、よくアンディ・ウォーホールを見かけ、バスキアはニューヨーク・タイムズに初めて出たときから、通りで出くわしたりで、声をかけたり知っていて、2度ほど同じ方向に帰るので、車に乗せてあげたこともあります。そんな関係で、日本がバブルでアートを買いはじめた時、トニーシャフラジ・ギャラリーが配ったポスターをほしいというディーラーが現れ、もう過ぎた展覧会なので、だれも手持ちがなく、バスキアに聞いてあげて、仲介をし、その時に私も記念に2人のサイン入りがほしいと言ったら、バスキアのバースデイ・パーティーに招待され、そこでサインをしてもらったポスターがあり、いまは宝ものになって飾っています。その頃Gallery 91を開けました。

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左:アンディ・ウォーホールとバスキアのサイン入りポスター
右:サインをしているアンディ・ウォーホール。左がその頃の若い私です。

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Gallery 91

 日本にいた頃、インテリアという言葉が最初に使われた業界で仕事をしていました―64年に1年間、欧米のインテリア・テキスタイルを見て回る旅で勉強しました。倉俣史郎氏、岩渕勝弘氏、境沢孝氏、内田繁氏といくつものプロジェクトをした関係で、業界の皆さんが、日本で発表しているような展覧会をニューヨークでやりたいという希望が多いことを実感しましたが、その頃は、MoMAやジャパン・ソサエティーになどかけあっても、まだ能、浮世絵の世界しか知られてなくて、日本のコンテンポラリー・デザインはとてもわかってもらえませんでした。
 ちょうどその頃は、SONYのウォークマンが出て、三宅一生が話題になってと、世界の人々の日本の見方が変わり、日本のデザインに興味を持ち始めた時期でした。アメリカにはデザイン専門のギャラリーはなく、Gallery 91は初めてのデザイン専門のギャラリーとしてデビューし、ニューヨーク・タイムズには、総計37回記事として取り上げてもらいました。日本のデザイナーの海外にでるお手伝いをしたわけです。2001年の9・11の後に閉めるまで、50回以上の企画展を行い、常にその時代の各ミュージアムの企画や大きなイベントにあわせて内容とタイトルを考えてきました。いまはミュージアムショップへの卸し専門のビジネスと、あちこちのミュージアムのキューレーションや相談に借り出されています。

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茶谷正洋--オリガミ建築展(1984年)。
この時にあわせてOAカードを創った
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Gallery 91 「91人のデザイナーによる91のオブジェ」展(1991年9月19日)
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Gallery 91 「Design Legacies:AIDSで亡くなったデザイナー達の展覧会」

 ニューヨークはアメリカといっても別の国といっても過言ではないかと思うくらい、世界中から(108か国語)ビジネスのスタートをめざすので、日本では考えられない、いろいろな厳しさがあり、その競争に打ち勝たなければならないという試練があります。
 何でも自由に受け入れるニューヨークの寛容さには、個々が批評家であるという厳しく真剣なビジネス・マインドがバックグランドにあると思います。これらをきちんと受け止めずに、日本式な企画展をしてお金を使っても、日本向けの成功物語にしかならないのではないかと、心配にもなります。予算が4月から3月まで単年度でしかとれないシステム、「世界に発信」といいながら日本に向けてだけの運営姿勢など、いつまでたっても昔と変わらない思考では、インターナショナルなビジネス・マインドに負けてしまうのではないかと案じています。ミュージアムの企画には4~5年かかります。いまは多少短くなりましたが、日本の単年度予算の時間枠で、提案、展示まで行うのは無理な話です。
 ニューヨークには54の美術館、200以上のコマーシャルギャラリーがあり、ギャラリーでは毎日のように世界のトップアーティストが新作を発表し、オークションや美術館では歴史的グランドマスターに新たな評価が加えられます。アート/デザイン・ジャングルともいえるニューヨークで、アートシーンは日々新しい作品、アイデア、素材、価値を生み出しながら動いています。

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Gallery 91 10周年展
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American Craft Museumでゲスト・キューレーターとして企画したオリガミ建築展

 私の今関わっているMuseum of Arts & Design(元American Craft Museum)は、あまり大き過ぎなく、日本の工芸、デザインと繋がるのにもってこいの専門のミュージアムですが、日本の企業はメンバーにもなってなく、皆さん「メトロポリタンとMoMAに寄付していますから」とブランド思考でおっしゃいます。他のミュージアムは、アートがメインで建築の中などで多少デザインが関わるといったくらいなので、もう少し日本の ファンドがあれば、思い切りすばらしい日本のよい工芸やデザインの展覧会ができるのにといつも残念に思いながら、日本のよいデザインの資料提供を続けています。
 ニューヨークではキュレーターは企画だけでなく、ファンドを集められる人でないと展覧会の運びまで、なかなかいきません。そのため、企画会議やパーマネント・コレクション選定でもコレクターファンドのあるボードの意見が勝ってしまい、なかなか日本のよさを発揮するところまでたどりつきません。「デザインを見ながら、自分の生きている時代を知り、情報を広め、若いクリエーターを育てること」「何気なく置かれているものに、役割を与え、置き場所を選び、生かすということ」--これが私の仕事かなと思っています。
 日本の付加価値を付けるというのは、あまり好きな言葉ではなく、ニューヨークライフにはあわないし、時代が違うと思います。各々自分の価値判断、好き嫌いが言える、好き嫌いが見えなくてはと思っています。
 こういったものの見方、考え方、生活の違い、ソーシャル・ライフ・スタイルの日本との違いを感じながら、どうにかならないかと考えています。

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モントリオール装飾美術館で開催された「デザインの展望:Gallery 91の80年代を通して集めた100点」の展示企画に関わる(1993年)
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ハモンド・ミュージアムでゲスト・キューレーターをしたオリガミ建築展)
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Museum of Arts Designの建物が正面に見えるコロンバス・サークル

(2010年12月21日)

今後の予定

  • 2011年1月30日~2月4日 「Accent on Japan」(NY International Gift Fair)に出展。
  • 2011年5、6月に日本での講演予定。
  • MAD Museumのための日本の作品推薦。
  • 2011年8月 「アクセント・オン・ジャパン」出展

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次回執筆者

バトンタッチメッセージ

宮崎勉さんとは、25年以上前SITEのJames Winesを訪ねるたびにお会いして、すばらしいデザイナーとして紹介されて以来ですね。そしてSOHOのまちづくりの仕掛人として知られ、私の長年の知り合いでもあるトニー・ゴールドマンの建築相談相手だったことも知って、いろいろなつながりを感じていました。活動されているハモンド美術館でも私がキュレーターとして展覧会をおこなって以来、若いアーティストたちを紹介したり、展覧会企画作りにアドバイザーとして参加したりして交友を深めています。理事長になられて、やりがいと、ご苦労が多いと思いますが、ぜひ日本のよいもの、本物を見せる美術館に育ててほしいと思います。
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