アートの力
私の所属するYMCA国際賛助会は、日本に住む外国人が中心となって、障がいのある子どもたちの教育プログラム実施のために資金調達を行なうボランティア組織です。
はたしてアートとどんな関係が?
YMCAの障がい児プログラムは、知的・肢体障がいとともに、全国の小中学生の6~10%に上るといわれている「発達障がい」のある子どもたちのデイリーなアスタースクールプログラムを全国19の都道府県で実施しています。
発達障がいには、学習障害やアスペルガー症候群、ADHD(注意欠陥/多動性障害)といったさまざまな障がいがあり、人によって感情面、学習面、コミュニケーションスキルなど症状の現れる部分もそれぞれです。また、いくつかの障がいが重なる場合もあります。
発達障がいは、幼少時からトレーニングや教育を受けることで、自分の感情との向き合い方、他者とのコミュニケーションのあり方、社会への適応度が変わってくるケースが多いといわれていますが、学校では学習面のフォローに重点を置かざるを得ない状況です。
障がいのある子どもたちとその家族にとって本当に必要なものは、特別なイベントや一時の賞賛ではなく、成長し就職し、世話をする親が年老いて死んでしまった後も、自分自身の力で生きていけるよう、長く続く地道なそして絶え間ない教育とそれを助けてくれる人たちです。
YMCAの発達障がいプログラムでは、幼稚園から就労支援まで長い期間をかけ子どもたちを見守っています。そしてどこのYMCAにもキャンセル待ちの長いウェイティングリストができるほど希望者は増える一方です。
症状がそれぞれの子どもたちに、ほとんどマンツーマンに近い形での付き合い方をしなくてはいけないこのプログラムに要する労力と費用はかなりのもので、私はそのための資金調達に努めています。
短期的に明らかな数値結果の出るCRM(コーズ・リレーティッド・マーケティング)が社会貢献の大きなウェイトを占めるようになった現在、いますぐに結果につながらない地道なプログラムは、企業・個人ともども、寄付者の目に止まりづらいものです。
だからこそ、チャリティイベントでプログラム内容を具体的にお話し、頻繁にアピールしていく必要があります。
ファンドレイザー(資金調達担当)の仕事は、一見アートとは無縁のように聞こえますが、チャリティコンサートやダンスパーティなど、アートを楽しんでいただくイベントが資金調達手段の大きなウェイトを占めており、その才能があろうがなかろうが、スポーツイベントからアートプロデュースまで何でもありな毎日です。
アートはそれを受容するすべての人を幸せにするからこそ、多くの人々が寄付に賛同してくださるのだと思います。「アートの力」については、これまでの稀有な経験により確信を深めています。
私はアートの専門的な教育をまったく受けていない素人ですので、芸術性については語れないのですが、この仕事に携わるまで、長く企業の社会貢献と広報を担当し、社会貢献プログラムを長い年月、企画・実施してきたことで「アートの力」を身を持って知る機会を数知れず体験しました。
アートは企業の社会貢献の中でポジショニングの難しい分野です。
社会貢献予算で資金繰りをする場合、どうしても「社会的意義」と結びつけなくてはならないケースが必然的に多くなってきます。
きっとアートに携わる方々にとっては、それが本来の目的や芸術性を損なうことになりかねないとつらいところではあると思いますが、無理やり何らかの形でマッチングしなくても、アートは社会の至るところでパワーを発揮していますので、それを見逃さなければ、高い芸術性を持たずとも多くの人たちが「アートの支援者」となるのは不可能なことではありません。
アートプログラムを支援する理由を社内で通すことに困っていらっしゃる企業のメセナご担当者の方に、そして企業の助成金を得たいと思っていらっしゃるアート関係者の方にも、この経験が、少しでも参考になりましたら幸いです。
発見はいつも意外なところからです。
私は企業の社会貢献担当者として、20年近く前から交通遺児のキャンプを実施していましたが、実は私自身はキャンプが嫌いでした。学校のキャンプでは、必ずアクティブに活動していなくてはいけなかったり、オンチなのに大きな声で歌わなくてはいけなかったり静かな一人の時間を持てなかったからです。
両親か片親を亡くし、保護者が忙しい家庭の子どもたちのためのキャンプには、必ずしも自分から行きたいと選択してきたわけではない子どもたちも参加しています。
自然にもアウトドアにも興味がない子どもたちにも楽しく過ごしてもらいたいと思い、必ず「自然の材料を使った自由な創作の時間」を取り入れることにしました。
逆にアクティブな子どもたちは嫌がるかと思っていましたが、予想に反し全員が集中して最も楽しんでもらえるプログラムになりました。
不思議な形にはがれた木の皮など、私には思いつかない材料を子どもしか気づかない森の隅からみつけてきては、毎年興味深い作品を生み出してくれました。
子どもたちはみんな、自由な心でいられる創作活動がとても好きなのです。
その経験から、子どもの心を開放するようなアートプログラムをやってみたいと思い始めた矢先に、アート・プロデューサー高橋雅子さんとの出会いがありました。
高橋雅子さんとご一緒した「子どものための自然アートワークショップ」は、著名な国内アーティスト、海外からの一流アーティストによる、子どもだけの贅沢な少人数ワークショップです。私自身も主催者ではなく、子どもとして参加したかった! と心から思いました。
子どもたちがまるごとはいってしまうような大きなキャンパスに思い思いの森を描くというプログラムに参加した子どもが、実はずっと不登校で、その絵を描いた日から1か月も自宅の「ふすま」に絵を描き続けて、その後再び学校に通い出しました、とお母さんから報告がありました。
アートはなんとパワフルなのでしょう。その子にとって描き続けることが癒しになり、次に励ましになり、自分の中に「生きるエネルギー」を取り戻していったのです。
この不登校児の一件をヒントに、折れかけた子どもの心の回復に少しでも役立てるプログラムを始めようと、児童養護施設(18歳未満の子どもたちが死別、または事情により両親または家族と離れて生活する施設)で、プロフェッショナルなアーティストによるワークショップを始めました。
子どもたちは他の大人に言われても素直に聞かなかったり無視したりしますが、訪れるなりさらりと作品を創り上げてみせてくれるアーティストに対しては、「魔法」にかかったように尊敬の眼差しでみつめ、話もじっとおとなしく聞くのです。
1つ驚いたことに、訪れた児童養護施設では、発達障がいの子どもたちの割合が高く、しかしそれは例外的な状況ではないということでした。
発達障がいのある各々の子どもたちから直接聞いたのは、家族も兄弟もいるけれども、自分だけが施設で生活しているという事実です。他の事情もあるのかもしれませんが、1人だけ預けられているということを彼ら自身はどう思っているのでしょうか?
症状にもよりますが、軽度の発達障がいの子どもたちは、普通のクラスでも1人は必ずいるような「ちょっと変わった子」という印象くらいで、むしろ知性の高さを感じさせる子どもたちも多いのです。
養護施設でのプログラムを始めてみて気づいたのは、訪れたアーティストの方々が皆、そのクリエイティビティに関心を持ったのは、発達障がいのある子どもたちの作品だということでした。ワークショップを重ねるうちにいままでは「ちょっと変わった子」という存在だった子どもたちが、ワークショップの時間は「今日はどんなものを作るの?」と一目置かれる存在になっていきました。また集中力に乏しいといわれる「多動性障害」の子どもが3~4時間も創作に集中できるのです。アートを通して自分と向き合っていることが心地よいのでしょう。
最後に担当した「パパとキッズのアートプログラム」は、それまでの経験を踏まえて思いを結実させた最も印象深いプログラムです。
子どもたちのプログラムを手伝ってくれる社員ボランティアを募るたびに「うちの子とも遊んであげてないのに奥さんに怒られちゃう」という断りを何度聞いたことか...と思い、それなら「社員も子どもと一緒に参加できるプログラムもあれば、家庭でも理解してもらえるだろう」と子育て支援に「お父さんと子どものワークショップ」を考えました。
外で身体を動かすプログラムでは、金曜日に飲みすぎるとキャンセルしたくなるかもしれませんが、アートではそんな言い訳はできないのです。
このプログラムを企画する事前に何人ものお父さんにヒアリングをしましたが、アートのプログラムは「面倒くさい」と誰からも支持されませんでした。それでもアートプログラムに仕上げることにしたのは、「アートの力」を信じたからです。
ここでもやはり魔法は起こりました。
MAYA MAXXさんをファシリテーターに迎えたこのプログラムでは、お父さんと子どもの共通点である「パパも子どもだった」をテーマに、パパの子ども時代のストーリーを聞きながら子どもたちが好きなように作品に仕上げるワークショップで、お父さんは何もしなくていいのです。子どもたちはお父さんの話を聞きイメージを作品に仕上げるのが新鮮な経験だったらしく、飽きて走り回ることもなく真剣にお父さんの経験に耳を傾けました。
参加したお父さんからは「こんなに子どもをかわいいと思ったのは初めてです」「これまでは子どもと2人でいるとどう接していいのか不安でしたが、これからは大丈夫な気がします」という予想以上のフィードバックでした。
このプログラムは携わる多くの方々のご協力をいただきながら、現在2度目の全国巡回を終え、やがてパート3を迎えようとしています。
こうしたエピソードだけでも「アートの社会的影響力」は証明できるのではないでしょうか? 特に、子どもたちが健やかに成長するためにどんなに有効なことか! 仕事を通してこうした数々のすばらしいエピソードとアートに携わる人たちに出会うことができ、幸せでした。
現在所属するYMCA国際賛助会のチャリティコンサートでは、演奏家の方々のご協力が不可欠ですが、特に海外からの演奏家は自ら進んで無料で演奏してくださったり、CDの売り上げをそのまま寄付してくださったりと、「コンパッション」といわれる独特な、社会に対する責任感というか自分にできることで協力するというさりげない「親切心」を大人になるまでに身につけているように思います。
YMCAで来年新しく「先天異常の障がいのある子どもたちのキャンプ」を立ち上げることになりました。現代音楽の普及と教育をめざす「NPOグローヴィル」の岡崎展子さんのご尽力により今年3月に聖路加国際病院のホールで「チャリティジャズコンサート」を開催し、収益金をすべてご寄付いただきました。オランダの演奏家「ダッチ・ジャズ・トリオ」のドラマー、セバスチャン・カプティーンさんは世界的評価の高い演奏家で現在は沖縄在住です。聖路加国際病院のホールの空きにあわせて、既に決まっていた沖縄公演の日程を変更し、コンサートの実現に協力してくださいました。
グローヴィルでは海外アーティストの日本公演をマネジメントされていますが、来日される多くのアーティストから「せっかく来日するのだから何かチャリティをしたい」とお申し出をいただき、積極的に関わってくださっています。
お互いに自分の領域を超えて少しだけ助け合う、こういった積み重ねがよいコミュニティの構築につながる循環のように思います。アートの力を借りることで、関わるすべての人たちが幸せを感じながら大きな社会貢献が実現できるのです。
このたび7月8日(木)の夜、オーストラリア大使館の協力により、大使館のホールでチャリティコンサートを実施することになりました。皆さんもぜひ少しだけアートで社会貢献してみませんか?
(2010年4月28日)
今後の予定
2010年7月8日(木)オーストラリア大使館において、ヴァイオリニスト・川畠成道さんによるチャリティコンサート開催予定。
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