ギャラリー開業に関心をもつ若い人のために
「同時代ギャラリー/Dohjidai Gallery of Art」は、京都市中心街の一角にあるコンテンポラリーアートのギャラリーです。三条通に面した「旧毎日新聞社京都支局ビル」の1階で、1996年、筆者が設立しました。 現在同ビルは、1999年に支局本体が転出したため「1928ビル」と改称、小劇場やカフェ、コミュニティFM局が同居するにぎやかな人気スポットとなっています。
拙文は、当ギャラリーの設立から今日までをトレースして、美術ギャラリーが地域づくりに果たす役割についてケーススタディを試みるものです。さらに次回本欄のバトンを渡す予定の若いフリー・アートディレクタである鳥本健太さんが、活動中の上海でのアーティストらとの関わりについて、ホットな話題を提供してくれると思います。あわせてお読みいただき、なにがしか参考になれば幸いです。
同時代ギャラリー内部(正面:筆者の作品) |
【1】まちづくりとの共同
開業のエネルギーときっかけ
一般的に、なんであれ事業をはじめるには相当のエネルギーや「きっかけ」がいるものです。
筆者はあるとき、期間限定のイベント的ギャラリーを主宰しました。わずか数か月、路面の小さな店舗でのごった煮なギャラリーに過ぎなかったのですが、周辺エリアの空気感を変えたような気がしました。
そのときのおもしろさが開業のエネルギーにつながったように思います。その興奮がまだ冷めやらない頃、たまたま通りかかった毎日新聞社京都支局ビル前の掲示板に張ってあった紙面の記事がきっかけとなり、これが開業の引き金を引きました。
記事は当時の支局長のコラムで、前年に発足した「三条まちづくり協議会」のことを書いていました。
当時、三条通界隈は長い不況で意気消沈、人通りも寂しくなっていました。協議会は、地域をなんとかしたいと地域住民や京都府建築士会が立ち上げたもの。それを「支局」も応援、協力したいというのが主旨でした。
掲示板を目にしたその足で支局長に面会を求め、ひらめいたばかりの同所でのギャラリー開設を打診しました。
三条通(右のオレンジ色の建物が1928ビル) |
賃貸条件=事業目的を相互の利益につなげる
その後賃貸契約を交わして、当時ほとんど使われていなかった1階を借りました。契約条件として、かなり長い間放置されていた感のある内部の修復工事等を負担するかわりに保証金はなし、また家賃は筆者が算出した金額で相談をしました。
提示した賃料の算出は、売上計画をもとに無理のないよう逆算。周辺相場よりかなり安い賃料となりましたが、その一方、ギャラリーがオープンすれば当該ビルの付加価値を高め、また地域への社会貢献ともなりうる(空気感を変える?)であろうとの予測とあわせて新聞社側に理解を求めました。長期安定したギャラリー運営ができてはじめてそうした利点も生じる。結果は提示した条件での合意となりました。事業が双方の利益につながることを理解してもらえたからだろうと思います。
この合意がなければ今日まで同時代ギャラリーが存続したか、あやしい。空間維持の固定費は経営維持の要なのです。
コンセプトは...誰にとっても魅力的なギャラリー?
ギャラリー開設の初期条件は定まりました。次はコンセプト。
筆者がまだ美術学生だった頃、ギャラリーは入るのが怖いところでした。特定の美術関係者だけの特殊な空間に見えたのです。
自分がギャラリーを開くならそんなスノッブな空気は漂わせたくない。だからギャラリーなんて一度も入ったことのない普通の人が、ふらりとはいれるような敷居の低さを工夫しました。ふたつあります。
- 展示の多様性
運営のコンセプトは「同時代性」。名は体を表す、です(詳しくは http://www.dohjidai.com/shiyoukitei.htm)。これによって「コンテンポラリーアート」のジャンル幅を広げて、美術とその周辺の表現の多様性を楽しめるようにしました。
- ギャラリー空間への導入
ビルエントランスにアート雑貨の小さなショップ、その奥に主としてクラフト展用のギャラリーショップ、さらにその奥にギャラリーが見えるような配置に。あたかもウィンドウショッピングのような気軽さでギャラリーに導きます。
エントランス(右の窓は「実験shop」、正面左奥にギャラリー。) |
ギャラリーショップ・コラージュ(エントランスホールとギャラリーの間にある) |
ギャラリー入口 |
工夫は成功した、と思っています。開廊直後から、ルーズソックスの高校生や「普通のひと」がたくさん来ました。他ではあまり見かけないギャラリーの光景。しかし、そうしたいわば「大衆化」の工夫は、一方ではギャラリーの専門性を低くしてしまうジレンマがありました。このジレンマをどう乗り越えるかについては後述します。
まちづくりとの共同
「毎日新聞社京都支局ビル」は武田五一の設計で昭和3年(1928年)竣工、京都市登録有形文化財に指定されている古い建物。新聞社の支局機能を果たすにはいろいろと支障がありました。このためギャラリー開設からほどなくして支局は移転。
筆者は新聞社側と相談のうえ、過去70数年にわたって地域の文化的シンボルでもあったビルの性格を継承し、ギャラリーを核に文化情報発信機能を強化するリニューアル計画をたてました。これに共感した知人の建築家若林広幸氏がビルを買取り、共同して計画を実施することになりました。
廃墟同然だった地階は筆者自身の手でライブイベントのできるカフェとしてよみがえらせ、カフェ・アンデパンダンと名付けました。1階の車庫跡にはコミュニティFM局を計画、定休日のギャラリーを会場に勉強会をつづけ、2003年日本初のNPOのラジオ局「京都三条ラジオカフェ」を開局。さらに3〜4階は若林氏と小原啓渡氏のプロデュースで小劇場が誕生しました。
カフェアンデパンダン(かつての廃墟のようなムードを残している) |
ラジオカフェ(車庫跡のカフェ店舗、左奥にスタジオブース) |
ラジオカフェ(スタジオブース内) |
一連のリニューアルとともにビルの所在地「三条御幸町」の地名がタウン誌などでひっきりなしに特集されるようになりました。冒頭に記した「まちづくり協議会」への協力は現実のものとして実を結び始め、周辺はみるみる人気スポットとなり活気を取り戻していったのです。
まちづくりとギャラリーの視点から、複数のギャラリーによる共同事業の一例も紹介しておきましょう。同時代ギャラリーも参加する「京都アートマップ」。詳細はウェブサイトをご覧いただくことにして、この事業も都市におけるギャラリーの役割を考えさせるものであることを指摘しておくにとどめます。
【2】三位一体の成長
三位一体の成長=アーティスト+コレクター+ギャラリー
さて、前述の「大衆化」と建物リニューアルによってギャラリーの来場者数はさらに増えてにぎやかになっていきましたが、その一方で作品発表の場としては一部の鋭いアーティストたちに敬遠された感も。
「同時代性」を標榜してあえてジャンルをしぼらない方針だったので、あれこれさまざまな美術表現が展示され、見る人にはおもしろい。しかし、その分専門性は感じられず、シャープさに欠けたからでしょう。
本来ギャラリーはコレクターも育てなければならない。成長するアーティストを見いだして継続的にプロモーションし、ファンを増やしつつそこからコレクターを育てる作業が欠かせません。先述のジレンマを克服して、見る者にとっておもしろく、それと同時に表現者にとっても魅力的なギャラリーとなるには、ギャラリーとアーティスト、コレクターがいわば三位一体となって成長していくしかありません。
同時代ギャラリーは残念ながらこの作業ができていなかったといわざるを得ません。課題は早くからわかっていたし上記の処方箋もわかっていましたが、経営方針として明確に舵を切れずにいました。
同時代ギャラリーは開廊から10年を経て、いまようやくその舵を切ろうとしているところです。その動きのなかで、冒頭で記した上海で活動するフリー・アートディレクター鳥本健太氏と出会いました。鳥本氏はギャラリーをもたず、同世代の若いアーティストたちのプロモーションとマネジメントを手がけながら、彼等とともに本人も今まさに成長しつつあるように思われます。次回そんなホットな現場のレポートが届くことでしょう。
(2007年12月20日)
今後の予定
同時代ギャラリーは2008年春の上海のアートフェアに参加予定。鹿児島県大隅半島では、夏頃新しいNPO局を開局させたい。
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「ラジオ?」って…狭苦しいギャラリーの壁をすりぬけて都市だろうが山中だろうが、あまねく電波のシャワーを降らせる手軽な表現メディア!…というのは誇大広告かもしれない、実際の「コミュニティFM」という放送免許は出力20w、聴取範囲半径10kmとか15kmといった程度。それでもギャラリーどころかどんな大きな美術館にも負けない壮大な展示室!
放送法や電波法といったしばりはあるものの、他に番組制作と編成の自由(メディアの自由、表現の自由)を阻害しそうなのは、売上第一の商業主義。この阻害要因を外してしまえばおもしろくなる。
そこでNPO。当期利益目標について追求する株主はいない。アーティストと同様、放送番組を自らの表現手段として活用しようと試みる人たち」は多い。手軽な語り言葉と、あとちょっとした音楽でも用意すれば誰でもできます。いかがです、やってみませんか。
『アフターセオリー』(筑摩書房、2,625円)
テリー・イーグルトン著、日本語版は2005年出版でちょっと古いけど最近やっと手にした。痛快このうえなし!ただし私にとってはですが。創作活動に戻りたい私を元気づけてくれた一冊。翻訳も読みやすくていいですよ。