まいにちが夏休み
みなさんこんにちは、柏木陽と申します。私は演劇百貨店の店長として、全国あちこちで子どもと演劇をつくっています。夏休みは子どもたちのための企画が多いのですが、年中そんなことに関わっている私は、いってみれば毎日が夏休みみたいなものです。今年の夏休みの話でもしたいと思います。
大きな保育の流れと、むしえんげき
揖斐幼稚園(佐木謙介園長)は岐阜の山あいにある幼稚園です。ここの園長先生からお話をいただき「むしえんげき」をやることになりました。最初に幼稚園とお話したとき、題材は虫がいいんだ、虫でやりたいんだっていわれて、そうか虫かあ、虫で演劇をやるんだったらどうやったらいいんだろうって考えながら行きました。
キャストは、私が構成・演出で、3匹の虫役に、山の手事情社の俳優・倉品淳子さんと、私が代表の演劇百貨店から大西由紀子と南波圭、そして虫の女王さまとして、ダンサーの上村なおかさんのメンバーで行きました。幼稚園側は園長先生、副園長先生のほか、アドバイザーとして宮崎清孝さん(早稲田大学人間科学学術院教授)がいらっしゃいました。
写真:渡辺悟/写真提供:揖斐幼稚園 |
幼稚園側の依頼は「虫」というのともう一つ、幼稚園の先生たちと一緒につくりあげるスタイルの演劇を希望するというものでした。イベントとして上演するのではなく、大きな保育の一環――お泊りや遠足があったり、いつもの園生活があったりする――としての演劇を捜していたんです。私たちが行くのは夏の間の数日ですから、それまでは虫の観察を続けたり、虫のうたをつくったり、虫になるための衣装を作ってもらったりしていました。
そして、私たち一同が到着した八月。打合せに入った子どものいない教室で愕然としました。教室のいたるところにある虫の絵、プリンの入れものをくっつけてつくった虫のめがね。虫、虫、虫。営々とした保育の時間が続く中で、どれだけの世界をつくって遊んでみたか、どれだけ虫に対して興味を持っているか、そのすべてが教室でくっきりと見えたんです。
写真:渡辺悟/写真提供:揖斐幼稚園 |
自分たちが用意してきたことが、人生のすべてをつかって虫を見てきた彼らの要求に応えられるのか。彼らの前に身をさらす≪虫≫として、この動きで、この衣装でいいのか。彼らの情熱に勝てるのか。俳優とダンサー、4人全員がそこまでのキャリアのすべてを賭けて、幼稚園児の集団に立ち向かうことになったわけです。
翌日≪虫≫と幼稚園児たちは出会いました。
虫との出会い、出会いなおし
その日、園児たちが遊戯室からもどって来たら、大きな≪虫≫がロッカーから這い出してきました。全身が顔も含めて真っくろけで足だけが黄色と黒のダンダラ模様の≪虫≫がいて、隣の教室には全身がミドリ色の、その隣には黄色の≪虫≫が。
写真:渡辺悟/写真提供:揖斐幼稚園 |
「へんなのがおる!へんなのがおる!」阿鼻叫喚とは、まさにこのこと。幼稚園児たちは大変なパニック状態になりました。教室の廊下で園児は遠巻きになっていて、ウギャー、ピギャーと泣き出して、あからさまに恐怖感を表明する子どもたち。園が騒然とする中、ロッカーから這い出してきた≪虫≫たちはカサコソ音を立てて奥へ消えていったのでした。この間は、わずかに10分間。
園児たちの反応を引き起こした3匹の≪虫≫たちは、楽屋に到着した途端「2時間の芝居を終えた後より、ずっとくたびれた」と倒れ込みました。「うわあ、なに?なに?」という、それなりに幸福な出会いをイメージしていたのに、パンパンの期待感で待っていた子どもたちなのに、子どもたちの体験は完全に底が抜けてしまった。園児が帰ったあと、事態を打開するための長い話し合いが持たれました。
少しメークの印象が強すぎたんじゃないか、先生と虫の橋渡しのやり方を変えたらどうか。数々の提案が大人たちの間から出されました。もちろんそれが本来的な解決ではないけれど、何らかの≪虫≫との出会い直しをしなければいけない。「本当は違うじゃないか、でもなあ」と俳優たちも引き裂かれるような思いだったようです。子どもたちのショックを緩和させる作戦を立てて、みんなホテルに戻っていきました。
しかし、活動最終日となったその翌日。幼稚園にやってきた子どもたちは、口々に昨日の≪虫≫のことでいっぱいになっているんです。ある子たちは「昨日いたのは、あれは人間だよなあ」「でも日本人じゃないぞ、きっとマレーシアの虫だ」と話していて、別の子は昨日見た≪虫≫の詳細な絵を――ただ怖がっていただけでは絶対に描けない――先生の分と休んでいた友だちの分、2枚を持ってきました。
子どもたちからその日出てきた行動の意味の大きさを感じ取った大人たちはみんなすごい勢いで考え始めました。前日のミーティングで検討された「緩和策」は止めよう、子どもたちは自分たちで出会いなおしの方法を自分たちで用意しているようだ、大人の浅知恵なんかは簡単に見透かされるって私は思ったんです。でも時間はありません。土壇場で「緩和策」を止め、昨日のまま虫たちは登場することにしました。一体どうなるんだろう?不安も抱えながら虫たちは登場していきました。その日は最後に、虫の女王様が誕生して踊りだす、という部分があったんだけど、子どもたちは踊りもせずにポカーンと突っ立ってました。その光景を見つめながら子どもたちの頭の中でどんな風景が展開されているのかを想像したら何だかぞくぞくする思いでした。
写真:渡辺悟/写真提供:揖斐幼稚園 |
濃縮されたフィクショナルな空間
子どもたちにとって≪虫≫との出会いで得たのは恐怖感だけじゃなかった。とっても複雑な感情で、大きくいえば「体験そのもの」だったと思います。私がいうとしたら「演劇そのもの」だったんです。舞台空間だったかはわからないけど、とてもフィクショナルな空間を作ろうとして、ちゃんとできあがった。
「演劇は舞台上の俳優とお客さんが作るもんだ」ってよくいいますけど、あれだけ期待感にあふれた目で、きちっと見ている観客がいれば、俳優はちゃんと応えて、搾り出すんです。
自分が訴えたいことを提示するのが演出家だとして、私にそれができたかといわれれば、いわゆる達成感はなかったともいえます。でもそんなことより、こっち側から出す、向こう側が受け取る、向こう側が出す、こっち側が受け取る、という濃縮な10分間がどれだけ貴重なものか。すごいことをやったなあ、と思うんです。あれだけの観客の体験としてものすごい質のものができたんだから。
じゃあ、この活動がどこにつながっていくのか。子どもたちにどんな効果があるのか。性急に話を進める前に、もう一つお話したいことがあるんです。それは、脈々と続いている兵庫県の大型児童館・兵庫県立こどもの館の取組みについて。
ジャアジャア溢れ出る表現と、それを受けとめる人
兵庫県立こどもの館(濱口清子館長)では中高生のための夏休みの演劇づくりの活動が、なんと16年も続いているんです。この試みをはじめたのは私の師匠にあたる劇作家・演出家の如月小春(2000年逝去)で、「ワークショップ」ということばが今ほど普及していなかったころに事業をスタートさせたのでした。
この劇団の作品は、建築家の安藤忠雄氏が設計した施設の中を、観客とともに練り歩き演劇をする、野外移動劇という類をみない上演スタイルをとっています。私たち演劇百貨店が「こどもの館劇団」の演出チームを引き継いで6年目。毎年夏に突如として出現する総勢50名ほどのこの劇団は、中高生の、そして大人のサンクチュアリとして大きな飛躍を遂げているのです。
今年は、平家物語の翻案作品「HEY! HEY! ヘイケな物語」を上演しましたが、おそるべきことに、これが全然「平家物語」ではない(ように見える)のです。ワークショップ初日はたしかに「平家物語」だったのに、子どもたちをばっちりサポートする劇団OGや学校の先生といった地元のメンバーと私たちが、子どもたちと一緒になってひたすらに演劇をつくり続けるうちに、まったくオリジナルであ然とするような作品ができあがりました。脚本もなく、役の設定もなく、衣装も小道具もない中から全14日間の日程で、とんでもない作品を作りあげたのです。
何より自信があるのは、ひとりひとりの参加者──中学生だったり、学校の先生だったり、子育て中のママだったり──の存在がくっきりと見えてくること。こんな劇団、ほかには絶対ありません。
たとえば稽古の最中にあったことを話してみます。ある日の午後、1分間で自由なひとりパフォーマンス作品をつくってみる時間がありました。ふだんは小学校の先生をやっている参加者の男性(以下、ゲンさん)が「"みんなが静かになるまで話をしません"といって子どもをねめつける小学校の教師」を演じたんです。みんな笑い転げたんだけど、それは演技がうまかったからじゃないんです。その演技には、ゲンさんという小学校の教師としての肉体(つまり個性)が完璧に現われていたからなのです。役になりきるという演技の構築方法はあるけれど、ゲンさんはどこまでいってもゲンさんでしかないのです。ゲンさんは分かっていてゲンさんを引き受けているんです。みんなそれで大笑いしたんだけど、これってスゴイことじゃないかなあ。
自分というものを自分で引き受けて、誰かに伝える。説明するんじゃなくて、伝える。そして同時に受け取って感じる。こんな単純でむずかしいことが、子どもから大人までみんなそれぞれの方法でできている。児童館という大きな揺りかごのような場所だからこそできる贅沢な演劇のあり方だと思うんです。じゃあ、ゲンさんの演技が発表会で上演された平家物語の作品に結びついたかというと、全然関係ないわけです。どの参加者も、まるで温泉のかけ流しのように、ジャアジャア表現が溢れ出て当然捨て続けるわけです。とってももったいないけど、溢れ出て捨て続ける行為は、普通の日々の営みに存在するごく当たり前のことです。
子どもを、そして大人を信じ、待ち続ける
ここでは子どもも大人も、彼らが生み出そうとしたものだけを信用して、作品ができあがっています。彼らを信じ、受けとめて感じる人と、その場を守る児童館があるのです。こどもの館劇団では、種だったり種じゃなかったものを地面に少しずつ埋めて、それが大木になるまでじっと待っています。事業スタート1年目に中学1年生だった女の子が28歳の会社員になった今も参加して、作品づくりのために子どもと悩んだり笑いあっているんです。もう、若木ぐらいにはなっているのかもしれない。
子どものための事業は――それが芸術でも、教育でも、保育でも――目に見える成果が求められていて、そこに苦労している制作者の方が多いようです。でも私は言いたい。いますぐ、人の役に立つものへつながらなくてもいいんです。子どもたちを、子どもを取り巻く大人を信用して場を作り続けることの大切さを、その途方もなさを、伝えていかなくてはいけないんだと、この夏はとくに強く感じるのです。粘り強くあきらめずに仕事をしている制作者を、まわりの人も温か〜く見守ってもらいたいですね。
力が入りすぎて長い話になってしまったけど、この原稿をお読みいただいた頃には、世田谷美術館の塚田美紀さんの企画で、ポかリン記憶舎の明神慈さんとやる「誰もいない美術館で/身にまとう、すわる、夏の浴衣演劇」や、開館したての横浜アートフォーラムあざみ野で奮闘している副館長・兼井由紀子さんが企画した「はじめてのエンゲキ〜てんちょうさんと"はじめのいっぽ"」が進んでいる頃で、私の八月の総決算をお知らせしたかったのですが、〆切の都合で断念しました。
ともあれ私はいつでもどこかで、演劇百貨店の店長として演劇をつくっています。
(2006年8月21日)
今後の予定
中高生がアーティストと一緒に美術館内を巡り、パフォーマンス作品を創作するワークショップ。最後は閉館後の誰もいない美術館で、発表会を行います。10月のvol.10は、矢作聡子さん(ダンサー、振付家)と、12月のvol.11はAPE(楠原竜也さんほか)の皆さんを迎えます。
■ 渋谷区立臨川小学校「演劇フェスティバル」
学芸会よりパワーアップした発表会を毎年開催している臨川小学校。今年はフェスティバルディレクターとして関わって、先生たちの演劇づくりを後方から支えます。発表は11月に。
■ 世田谷パブリックシアター@スクール「かなりゴキゲンなワークショップ巡回団」
世田谷区内の小中学校をまわり、総合的な学習の時間などを使って子どもたちに演劇の楽しさをを届けるワークショップ巡回団に参加しています。通年で活動しています。
■ めぐろパーシモンホール「めぐろティーンズプログラム」
地域の中高生たちと長期に渡って演劇作品をつくります。春から夏にかけてのワークショップは終了し、9月下旬から本格的に作品つくりを開始し、来年2月にめぐろパーシモンホールで発表会を予定。
■ えずこホール「住民参加型総合音楽劇」
えずこホール開館10周年記念の総合音楽劇ワークショップ。作曲家の野村誠さんや、俳優の倉品淳子さんが参加する企画をお手伝いします。9月。
■ 盛岡市文化振興事業団「小学校演劇ワークショップ」
2004年から始まった学校へのアウトリーチ企画。今年もいくつかの学校におじゃまして、演劇ワークショップをしてきます。
■ エイブルアート・オンステージ「ファミリーシアター」
佐賀で活動を続ける「チャレンジステージ」の企画に、私もお供します。障害者のお家に出かけていって、家族の皆さんたちが観客となった演劇づくりをする企画です。10月にやります。
■ 東京都立若葉総合高校「演劇」
ゲスト講師として、都内でもめずしい学校設定課目である『演劇』の授業をお手伝いしてきます。11月に連続実施。
■ 神奈川県立厚木商業高校「発達と保育」
神奈川県+神奈川県教育委員会+STスポット横浜の協働事業「アートを活用した新しい教育活動の構築事業」の一環で「発達と保育」の授業をお手伝いします。11月。ちなみにこの協働事業は、演劇百貨店が年間を通じて運営協力してます。
■ 川崎市立多摩市民館「演劇わーくしょっぷ」
一般対象のこのワークショップから、昨年は劇団が誕生しました。現在、順次川崎市内を公演して回っているようです。めざせ市内全区制覇!今年はどんな出会いが待っているのでしょうか。12月から。
■ 横浜市高等学校演劇連盟「YOKOHAMA アート・ディベロップメント」
横浜の演劇部の顧問の先生たちが企画した、横浜市内の高校生たちと演劇をつくる年末年始、演劇漬けの豪華な10日間。今年で4回目。昨年はシェイクスピアの戯曲「テンペスト」を身体表現だけで演じました。今年も12月下旬~1月上旬に行います。
関連リンク
おすすめ!
- 『歌とお話の戯曲化の仕方集』
著者: 長尾 豊 出版社: 厚生閣書店 -
先に断っておきますが、昭和3年の本だから本屋においてませんし、そもそもそんな本を紹介してすいません。児童劇作家・研究家の著者が書いた、子どもの演劇をめぐる論考と実践をまとめたこの本は、小山内薫の序文も含めてあまりにも感動的で、学芸会でお困りの平成時代の先生も必読。たとえば、こんな感じ。
★ ≪子どもの演劇は≫説話によって内容を伝えることよりは動作によって内容を伝えることに力点をおくこと。
★ 説話の場合には聞き手になる子どもたちが感動しなければならないが、それが≪子どもの演劇として≫戯曲化した場合には、それを演ずる子どもたちが感動しなければならない。(これが普通の演劇とは大いに相違する点である)
★ ≪子どもの演劇では≫演出は即興であるか(こどもたちの思うままにやらせるか)あるいは非常に注意深い訓練(すなわち良い指導者がこどもたちの劇的本能を少しも妨げずに全体の統一を計ってやること)の結果でなければならない。
うわ。私がいつも考えてることって、80年も前からやってたんだ。なんていうか、進歩がないんだなあ。
次回執筆者
バトンタッチメッセージ
福井さんは「芸術家のくすり箱」という団体を立ち上げ、ダンサーをはじめとした芸術家のヘルスケアの問題に取り組んでいます。現場の実情に合わせた課題解決に取り組む情熱と努力に敬服しております。
お互いお酒が飲めないから、フルーツパフェか大福でも食べながらまたお話しましょうね〜。