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震災に背中を押されて始まったこと

ON-PAM(舞台製作者オープンネットワーク)の立ち上げと大分県別府での活動

 2011年3月の震災に続く原発事故直後、海外の友人たちから毎時入ってくるメッセージに促され、東京から会社のスタッフを連れて、京都の知人宅へ1ヶ月ほど避難させてもらいました。これからご紹介する2つの取り組みは、その京都滞在中に始まりました。これまで2年間、紆余曲折を経て継続・発展してきたこれらの活動は、「アートマネージメント」という立場で現代社会とどのようにかかわれるかを模索してきた私の思考と実践の記録です。

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2012年10月 ON-PAMキックオフミーティング@アンテルーム/京都エクスペリメント

京都での勉強会スタート

 まず、2011年3月27日から数か月におよび、関西の舞台制作者を集めた勉強会を開催しました。震災によって浮き彫りになった課題を、地域を越えて共有し、未来につなげようという意図で始まったことでした。
 震災直後から、劇場での帰宅難民受け入れ、計画停電や交通規制、相次ぐ公演中止と世間の自粛ムードによって、首都圏の舞台芸術関係者は混乱していました。私自身が主催していた公演も、震災で舞台美術が壊れ、中止せざるをえませんでした。このとき、大きな問題が発生したのです。非常事態であれ、公演を中止した場合、芸術文化振興基金はすでに決まっていた助成金を支給しないと通達してきたのです。ただでさえ入場料収入が入らず赤字なのに、予定していた助成金も入らなければまさに弱り目にたたり目。舞台芸術を「振興」する目的でつくられた基金のその判断に、大きな危機感を覚えました。このときわれわれを救ってくれたのが、それまで1年間参加させてもらったセゾン文化財団とこまばアゴラ劇場主催の「創造型劇場の芸術監督・プロデューサーのための基礎講座」から生まれたネットワークでした。メーリングリストを通じて抗議内容をまとめた結果、われわれの主張がスムーズに当局へ伝わり、「非常事」対応として当初の決定が見直されました。ネットワークがあったからこそ、迅速に効果的な対策を取ることができたと切に感じた瞬間です。

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2013年2月 ON-PAM設立総会 @YCC/TPAM in YOKOHAMA

・ON-PAMの立ち上げへ

 それからさまざまな経緯と約2年間の準備期間を経て、鳥取、神戸、京都、横浜、東京、仙台から発起人となる13名の有志が集まり、2013年2月のON-PAM(舞台制作者オープンネットワーク)の設立につながります。ON-PAMは、具体的なアドボカシー(提言)を行うこと、制作者のモビリティー(可動性)を高め、東京のみならず日本各地で委員会や勉強会、シンポジウム等を開催することを軸に、会員組織として歩み始めています。(ここに書いているのはあくまでも私個人がこの組織にかかわるようになった経緯です。ON-PAM全体の設立経緯や目的についての詳細は、理事長に就任した橋本裕介さん(京都エクスペリメント)がセゾン文化財団の季刊誌に「孤独と連帯--舞台芸術制作者オープンネットワーク発足に向けて」という原稿を寄せておりますので、そちらをご参照ください。)

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2013年6月 ON-PAM文化政策委員会&飲み会風景

 「舞台芸術」といっても、劇団や劇場運営者、中間支援団体、伝統芸能から商業演劇、現代演劇、コンテンポラリーダンス、オペラ、ミュージカルなどさまざまな専門領域があります。現在、それらのジャンルをつなぐ横のつながりが希薄なこと、また世代間をまたぐ縦のつながりもほとんどないため、先人たちの偉大な功績すら引き継がれていません。加えて生身の表現であるパフォーミングアーツは、作品アーカイブもきちんとしたものがなく、歴史にあたることが容易ではありません。そのため、世代の違いがそのまま美意識の隔絶(芸術に関する対話・議論の不在)という形で顕在化しているように感じます。そのような中で、ON-PAMでは、少しでも世代や活動地域を越えて風通しを良くし、これまでは一部の人だけが持っていた情報をオープンソースとして共有し、きちんとアーカイブしようと考えています。つまり、私たちは、舞台芸術関係者が若いときからどんどん重要な情報にアクセスできたり、議論に参加したり、人脈を築いたりできるプラットフォームとしてON-PAMを運営していきたいと考えています。また、ON-PAMは、制作者の役割を「アーティスト・芸術団体と観客をつなぐ役割」と定義しています。「作品と社会をつなぐ役割」と言ってもいいでしょう。私利私欲を越えて、その役割を果たすための基盤整備を行うこと、そして観客数や入場料収入等の数字に還元・矮小化されやすい評価に対して、数字では図れない社会的価値を示す言葉をつかみ、人材の底上げをねらうことを目標にしています。10年後、20年後の活動環境を見据えて、変革を図ることを使命として動き始めているのです。(☆現在も会員募集中☆)

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PUNTO PRECOG別府

新たな拠点探しのスタート:別府での活動

 1つ目の活動の説明が長くなってしまいましたが、2011年3月の京都滞在中に始めたことがもう1つあります。それは、東京以外の地域で活動するための拠点探しです。
 東日本大震災の経験を通じて、東京一極集中型の日本社会について懐疑心が強くなり、自分の生活や仕事についてオルタナティブな方法を模索してみたかったのです。震災直後の首都圏での物流の停止や、都心へ向う交通機関の混乱から明らかなように、平時には整備されたインフラによって、スムーズに都市生活が営まれているように見えても、一旦歯車が狂うと、都市全体があっという間に機能不全に陥ることに愕然としました。同時に、具体的な行動を起こさないと、日々の仕事に飲み込まれ、ここで感じた思考が未来へ続かないのではないか、という危機感もありました。

・別府での新たな活動

 さまざまな土地を巡りましたが、最終的に別府に拠点を構えました。決め手は、まず第一に、BEPPU PROJECTというNPOがすでに現代芸術を専門にした活動を展開していたので、一緒に活動させていただければ楽しいことがやれそうだと直感したからです。次に、別府は対人口比率でいうと東京以上に外国人が多いので、多様性を受け入れる土壌があること、そのような多様性に対するオープンさは、現代芸術が育まれる場として適していると考えたからです。そして最後に、生活の中に温泉のある日常が魅力的だったことが別府を新たな拠点とした理由です。

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友人の大工さんと建築家に、2週間滞在していただき改修

・別府の裏路地にPUNTO PRECOGオープン

 時は経ち、2012年5月。カフェ&クリエイティブスペースとして、PUNTO PRECOGがオープンしました。別府駅から徒歩5分。戦後闇市だった中央市場と呼ばれる、裏路地文化がいまだに息づいているエリアの韓国料理屋さん跡地を選びました。ここは先月一周年を迎え、これまで、カフェ&バー、古本市、パン屋、コーヒースタンド、雑貨屋、展覧会など、使ってくださる方それぞれのこだわりを表現する場所になっています。(☆使いたい方募集中です☆)
 PUNTO PRECOGは、別府に地縁もない私たちが、まずこの活動場所を通じて別府の生活を肌で感じ、地元の方々と交流し、将来的にはさまざまな背景を持つ人々が、生活と文化を共有することができるような拠点として立ち上げました。別府は、その風土や歴史に根づく、素敵な生活や文化が色濃く残っているのが大きな魅力です。自然の息吹とともに生き、四季折々の新鮮な食材が身近にあり、家族がいて、馴染みの友達がいて、いきつけの酒場があり、伝統的な芸能や工芸品に恵まれた豊かで文化的な生活があります。

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PUNTO PRECOG1周年記念屋台祭やコーヒースタンド、
食と風景の設計室HOO.の展覧会の風景

・「地方・地域」に「芸術」は必要なのか

 このような充実した土地にいわゆる「芸術」は、必要なのでしょうか?
 たとえば、大都市には有象無象の「ゆがみ、ひずみ」があります。同時代のアーティストやクリエイターは、そのいびつさに光を当て、不協和音に耳をすまし、作品を生み出します。そしてその作品がまたインスピレーションとなって、新たなアーティストやクリエイターを生むという、循環があります。では、「地方・地域」においては、「芸術」はどのような役割が果たせるでしょうか。その場所・文化特有の、まだ認知されていない豊かさや社会問題はないのか?と言えばそんなことはなくて、大都市とは違うところに、作品の種となるような要素は存在するはずだと考えるようになりました。そこを探ってみたい。何年かかるか分かりませんが、私たちが「芸術」の専門家であるとしたら、その地域に必要とされるような芸術の場は生み出せる、ということを信じて挑戦してみたいのです。

これからの舞台芸術の発展に向けて私たちがなすべきこと

 たとえば、芸術を志す若者が「地方・地域」を離れ、大都会や海外に流出してしまう現実は、それぞれの地方・地域に、優れたプログラムをつくる専門家がいる芸術拠点と教育機関があれば変えていけると信じています。そこで、たとえ50年に1人でも世界に名だたる芸術家が誕生すれば、その地方・地域が世界的な名声を得て、人が集まり、新たな産業も発展する、そういう数十年先のビジョンを持つことは、夢物語ではないでしょう。いや、もっと早く優れたモデルケースが生まれる可能性はあります。

  「芸術」は、余裕のある人にしか必要とされていないと考える向きもあるでしょう。「芸術」は、都会に生活する人々の贅沢だと言う人もいるかもしれません。しかし、それでは「芸術」の力を過小評価し過ぎです。時間やお金の余裕はなくとも、感動や衝撃を体験し、それについて個人で思索を巡らせたり、家族や仲間と語り合いながら、心の糧を得ている人々は確実にいます。「芸術」が地域・地方での生活の中に溶け込むことが当たり前になる日が来ること。そのような未来を夢想しながら、すでに充実した地域の文化的生活を、さらに充実させるために「芸術」が役立てる手法をひとつひとつ実験していくのが、舞台芸術の制作者として私の課題であり、いま考えている未来のビジョンです。

(2013年6月26日)

今後の予定

プリコグ
http://www.precog-jp.net/ja/

・別府PUNTO PRECOG
「コーヒーは椋木」
日時:6/8(土)~8/11(日) 8:00~17:00

・チェルフィッチュ
「女優の魂」全国ツアー
(香川、愛媛、別府、鹿児島、新潟、大阪、東京)
日時:7/16(火)~8/4(日)

・ミクニヤナイハラプロジェクト
「前向きタイモン」全国ツアー
(伊丹、仙台、いわき、東京、名古屋) 日時:7/19~9/8

吾妻橋ダンスクロッシング ファイナル!
@アサヒアートスクエア
日時:8/17(土)


ドリフターズ・インターナショナル
http://drifters-intl.org/

ドリフターズ・サマースクール2013開講
日時:7/20(土)~9月29日(日)

ドリフターズ・サマースクールアドバンス2013「午前3時の子どもたち」
日時:8/9(金)~11日(日)


ON-PAM
http://www.onpam.net/

シンポジウム@京都エクスペリメント(予定)
日時:10/13(日)・14(祝)

関連リンク

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

 TPAMは、アーティスト、制作者双方にとっての、国際的なパフォーミング・アーツのプラットフォームですが、とくに、制作者の職能の専門性には重きを置かれていて、私もディレクターとして企画をさせていただいたり、TPAMを通じて、国内外の多くのプログラムディレクターと知り合い、知見を広めることができるなど、日本の舞台芸術を世界とつなぐ、重要な役割を担っています。TPAMをつくられるなかで、運営理念など聞かせていただけたらと思います。
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