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アートの力

 2012年10月から12月にかけて、大分県別府市で現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」を開催した。ここでこのフェスティバルがどういうものであったかを細かに紹介するのは控えるが、大きな特徴は「混浴温泉世界」は招聘したアーティストが別府のための新作を発表することが前提であるということだ。アーティストが別府を訪れ、そこで出会った人やもの、場所と影響し合いながら作品は変化していく。

 前回の眞島さんのコラムにも登場した山本さんは、地元のサラリーマンで「アートはよくわからん」と言いながら、元ストリップ劇場で開催したパフォーマンス公演「混浴ゴールデンナイト!」の全26回に毎回欠かさず来場し、金粉を身体に塗ったダンサーの人拓をとったり、ペンライトやおひねりなど観客がステージにアプローチするための小道具をつぎつぎに持ち込んだ。こうして「混浴ゴールデンナイト!」にはしだいに観客とダンサー、双方向のコミュニケーションが根づいていった。
 また、商店街に装飾を施し劇場に見立ててダンス公演を行った「楠銀天街劇場」では、会期前から作業を続ける美術や音響、照明担当のアーティストらに、地元の方が毎日差し入れを届けてくれた。高所で作業をする彼らがわざわざ降りなくても受け取れるようにと、差し入れをロープの先にくくり付け、上から引き上げて受け渡しをしていた。
 商店街のカメラ屋さんは、会期終了後に自分で撮影した写真を綴ったアルバムを誇らしげにプレゼントしてくれた。
 BEPPU PROJECTが運営するアートスペースの向かいのブティックのおばさんは、毎回展覧会を見ているので「今度の作品はなかなかいいわね」と感想を寄せてくれるようになった。

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金粉を塗ったダンサーの人拓をとる「金拓ショー」の様子。後方左でシーツを掲げているのが山本さん。
(撮影:安藤幸代 ©別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会)
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商店街の中で公開制作された「楠銀天街劇場」では、地元の方々とアーティストとの交流が毎日のように見られた。

 私はアーティストでもあり、かつてはニューヨークやパリに住み活動していたが、だんだんギャラリー主導型のアートのあり方に疑問を感じるようになってきていた。そして表現そのものよりも、アートと社会とのかかわりや、アートの持つ社会的な意味、町の中でアーティストやアートが果たす役割について考えるようになった。それが今の活動につながっている。

 そのほか別府では、文化にまつわる事業であれば何でも登録できる市民芸術祭「ベップ・アート・マンス」や、アートと町の経済を結ぶ仕組みとしての金券の発行、金券加盟店の情報と連動し、アートの情報も網羅したフリーペーパー「旅手帖」の発行など、さまざまな事業を絡め合うように実施している。
 「ベップ・アート・マンス」のアートのとらえ方はさまざまで、主婦のフラダンスの発表会やフィギュアコレクションの展示、ウエディングドレスの試着会や、あちこちの温泉宿を会場にした若手アーティストの展覧会など、昨年は「混浴温泉世界」と同時期に2か月間開催し149企画の参加があった。また、金券「BP」には昨年は120店舗以上の加盟があった。さらに、ボランティアスタッフや協力者の方々などを挙げれば、その数は数えきれない。地域で活動するうえでは、このように関係者や協力者を増やしていくことは不可欠だろう。

 2012年の「混浴温泉世界」のクロージングイベントが始まる直前、事務所宛にご年配の女性から電話がかかってきた。長年連れ添ったご主人が他界され「混浴温泉世界」の作品の1つになった別府タワーのそばで1人暮らしをしているそうで、狭い部屋に置かれたグレーの冷蔵庫を毎日見ていると、気がめいってしまうのだと言う。別府タワーの作品を見たその女性は「アートの力で、この冷蔵庫を明るく素敵な色に変えることができませんか?」と言い、名前も告げずに電話を切ってしまった。
 この電話を受けて、アートは社会から必要とされているのだとあらためて実感した。

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混浴温泉世界とベップ・アート・マンスの合同クロージングセレモニーには、BP加盟店や関係者も駆けつけてくださった。
(撮影:安藤幸代 ©別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会)
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別府タワーを使用した小沢剛の作品。ネオン広告の「アサヒビール」の6文字を組み替えてさまざまな言語を発信した。
(撮影:久保貴史 ©別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会)

 アートマネジメントの手法には正解はなく、その場や状況に応じた柔軟さが求められる。だからこそ、たくさんの人やもの、場とつながりながら思いもかけない結果を生むことができるのだろう。
 地域が抱える問題をいかに解決するか、そこにアーティストやクリエイターがどのように関与することができるかを考え、そのための場をつくり続けること。そしてクリエイティビティを資本に、多様性のある未来を、ここ別府で実現していきたい。

(2013年5月20日)

今後の予定

毎月全国各地で講演を行っています。近くの方はぜひおいでください。
現在「混浴温泉世界」の記録集を制作中。
初の著書「創造力は資本である」を今夏出版予定。
来年は大分県国東半島一帯でアートフェスティバルを開催予定。これまでのアプローチとは全く異なるアートフェスティバルのあり方を提示するため、現在準備をしております。

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次回執筆者

バトンタッチメッセージ

PUNTO precog、盛況ですね。
来年の国東半島芸術祭もよろしくお願いします!
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