ネットTAM


『人と人のあいだを生きるー最終講義エイブル・アート・ムーブメント』出版記念 & 『Good Job!播磨さん』の会に行ってきました。

ネットTAM「社会におけるアートの可能性」第5回「共生社会のつくり方」で取材させていただいた一般財団法人たんぽぽの家理事長の播磨靖夫氏が2024年10月3日に逝去されました。

播磨氏は、1970年代の日本が高度成長期に、障がいのある子どもたちのキャンプを取材したことを機に、障がいのある人々の存在を広く社会に伝えるための報道活動に携わり始めました。その後、奈良に赴任し、明日香養護学校に通う子どもたちやそのお母さんたちとの出会いがきっかけとなり、新聞記者を辞めて「たんぽぽの家」を立ち上げました。障がいのある人もそうでない人も、すべての人が生きやすい社会をつくるために、50年にわたって活動を続けてきました。播磨氏が手がけた取り組みには、「わたぼうし音楽祭」や「エイブル・アート・ムーブメント」、「ケアする人のケア」そして「Good Job!プロジェクト」などがあります。どれも、福祉や社会に新たな視点を投げかけ、常にネットワークを広げ、出会った人々とのつながりから多くの変革を生み出してきました。

播磨氏は2024年春、自身の病気が判明した際、2023年12月に女子美術大学で行った講義を本にしたいという希望を持ちました。その結果、2025年1月下旬に『人と人のあいだを生きるー最終講義エイブル・アート・ムーブメント』が株式会社どく社より出版されることが決まりました。この書籍には、未来を担う若い世代への強いメッセージが込められています。出版記念会は2025年1月25日、奈良市の「たんぽぽの家」で開催され、全国各地から180名以上が集まりました。播磨氏とかかわりを持つ人々が一堂に会し、彼の功績を振り返りながら、今後の展望について語り合う場となりました。

全国各地から大勢の人が参加しました

出版記念会

第1部では、出版記念会が行われました。書籍を出版した(株)どく社の多田智美さん、原田祐馬さんが、播磨氏との出会いや本の出版に至る経緯、編集中のエピソードを紹介しました。播磨氏は「自分なんて道半ばで、まだまだや」として本の出版を断わっていましたが、病気を知った後、「少しでも若い人達に残せるものがあるのなら」と心境が変わり、退院直後に打ち合わせを経て、急ピッチで編集や本の装丁を進められたそうです。本の装画として《どうくつ》が採用されたエイブルアート・カンパニー登録アーティストの山野将志さんと、本のページの数字を書いたたんぽぽの家アートセンターHANAの松本悟さんからもスピーチがありました。

左から、一般財団法人たんぽぽの家 森下静香さん、株式会社どく社 多田智美さん、原田祐馬さん

挿画には山野将志さんの《どうくつ》を採用
提供:どく社

松本悟さんの手描き文字をページ数のデザインに採用
提供:どく社

左から、山野将志さん、松本悟さん

Good Job! 播磨さん

後半は、『みんなで語ろう Good Job! 播磨さん』と題して、播磨氏の活動を振り返る写真投影の後、播磨氏と活動をともにした14名によるスピーチが行われました。障がいのある人の生きる場「たんぽぽの家」づくり運動を牽引した上埜妙子さん、播磨氏の運動のきっかけとなった奈良県立明日香養護学校の元教員の向野幾世さんなど、ともに活動した仲間や、播磨氏との出会いによって全国各地で障がいのある人やその家族に寄り添った活動を始めた人たちが、それぞれのエピソードを交えながら思い出を語りました。播磨氏の繊細で優しい一面に触れた話では涙する場面がありましたが、強い意志と行動力に驚かされたエピソードに会場から笑いがあふれるなど、播磨氏の多面的な姿が感じられる瞬間でした。

「たんぽぽの家」初代会長の上野埜妙子さん

明日香養護学校元教員の向野幾世さん

これからの社会とアート

第2部は「これからの社会とアート」をテーマにトークセッションが行われました。

一般財団法人たんぽぽの家の新理事長に就任した岡部太郎さんが冒頭に挨拶し、1995年に始まったエイブル・アート・ムーブメントが30年を迎えたことを振り返りました。

エイブル・アート・ムーブメントは、1995年阪神淡路大震災やオウム真理教によるテロ事件が起きた時期に、播磨氏が志を同じくする人たちとともに新しいムーブメントを立ち上げました。特に芸術文化の力を信じ、障がいのある人々の芸術性を正当に評価する仕組みをつくることが一つの大きな功績となりました。また、同時に日常生活の中でアートを楽しむことを提案し、市民活動、ボランティア、企業、研究者が一丸となって取り組んできました。そのあと、社会とアートの関係づくりに必要な5つのキーワードが紹介されました。

  1. アクセシビリティを高める
    文化施設や地域資源に誰もがアクセスしやすい状況をつくる。
  2. 地域の文化的発展
    自分たちの街の魅力を伝え、文化的発展を通じて、社会的に弱い立場の人々が社会に参加するきっかけをつくる。
  3. Good Job!
    障がいのある人々と一緒に創造的な仕事を作り、新しい働き方を提案する。
  4. Art for Well-being
    障がいを通して誰もが表現活動を楽しめるよう、年齢に応じた技術や表現方法を探る。
  5. ケアリング・ソサエティ
    これらを通じて、人と人と、そして人と環境が持続的に豊かである社会をつくる。

障がいのある人たちとともに始めたムーブメントは、その時代や地域にかかわる人たちによって拡がりを見せ、全国各地で中間支援に取り組むセンターも生まれてきました。エイブル・アート・ムーブメントのこれからの30年を考えるにあたって、ゲストそれぞれの取り組みを話しました。

ゲストは、播磨氏が「遠いところ、弱いところ、小さいところに種がある」と、全国で活動を広める中で出会った人々でした。

たとえば、東日本大震災で被災した宮城県亘理郡山元町で、心のケアが必要な人々のアート支援から復興に取り組んでいる NPO法人ポラリス 代表理事の田口ひろみさんは、「アートには地域をデザインする力がある」と語りました。

また、静岡県浜松市で障がいのある人々の文化プロジェクト たけし文化センター を運営する 認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ の理事長の久保田翠さんは、「社会の価値観を変えていくのがアート」と話しました。市民や地域だけでなく、企業や地域と連携した取り組みについても、活発な意見交換が行われました。

左から、
一般財団法人たんぽぽの家 岡部太郎さん
NPO法人エイブル・アート・ジャパン 柴崎由美子さん
障がい福祉サービス事業所PICFA 原田啓之さん
認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ 久保田翠さん
NPO法人ポラリス 田口ひろみさん
九州大学大学院芸術工学研究院 長津結一郎さん

エイブル・アート・ムーブメントとトヨタ自動車とのかかわりについて

1994年に京都で開催された「みずのき」の展覧会をきっかけに、1996年にはNPO法人エイブル・アート・ジャパン、各地実行委員会、トヨタ自動車が協力して「トヨタ・エイブルアート・フォーラム」を開催しました。このフォーラムでは、エイブル・アート・ムーブメントの認知向上と指導者育成を目的にしており、7年間にわたり、全国34都市で63回プログラムが実施されました。その後、ネットTAMブログで「トヨタ・エイブルアート・フォーラムその後の10年」の取材を行い、再びご縁が結ばれました。エイブルアート・カンパニーとの協働で、登録アーティストによるアート作品が、トヨタ自動車の関連施設や、トヨタ自動車の社有車に施されたアートラッピングとしてかたちになり、ダイバーシティ・インクルージョンのテーマを通じて発信されました。また、コロナ渦で行われたクラシック音楽イベントでは、ライブペインティングの動画配信など、アートの力が可能性を広げ、誰もが活躍できる社会を目指す取り組みが行われています。

その他の取り組みなどはトヨタ自動車のメセナ活動ウェブサイトをご覧ください。

愛知県内を走行する業務バスラッピング(Artist: 宮井 昭/AbleArtCompany)

愛知県内を走行する業務バスラッピング(Artist: ウルシマ トモコ/AbleArtCompany)

「みんなでベートーヴェン!」ライブペインティング(Artist: Seiyamizu/AbleArtCompany)

ウインドウラッピング/トヨタ会館

アートセンターHANAギャラリー特別展『Good Job! 播磨さん』

播磨氏のこれまでの功績や活動の軌跡、蔵書、生活の中で愛でてきた小芸術などが展示されました。

播磨さんの功績

播磨さんの書斎を展示

播磨さんの蔵書

播磨さんが愛用してきた洋服や帽子などを形見分けとして持ち帰ってもらった

播磨靖夫氏が提唱した、障がいのある人々とともに始めたさまざまなムーブメントは、全国の人々をつなぎ、障がいのある人、ない人にかかわらず、多くの人々に幸せをもたらしました。播磨靖夫氏のご尽力に心から感謝し、そのご冥福をお祈りします。

エイブル・アート・ムーブメントに関する記事は以下URLよりご覧ください。

関連リンク

社会におけるアートの可能性

  • 第5回:共生社会のつくり方
    播磨 靖夫(一般財団法人たんぽぽの家、社会福祉法人わたぼうしの会 理事長)
    布垣 直昭(トヨタ自動車株式会社 社会貢献推進部 部長 トヨタ博物館 館長)

リレーコラム:アート×福祉~ひろがるアート

芸術環境KAIZEN事例集

ネットTAMブログ

この記事をシェアする: