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企業経営にこそ文化が必要不可欠な理由

株式会社メニコン

アートが理解できない人間は幹部になるべきでない

日本で初めて角膜コンタクトレンズの開発に成功し、今も国内最大手のコンタクトレンズメーカーである株式会社メニコン。その取締役兼代表執行役会長CEOの田中英成氏は、こう断言する。

「アートというものは経営にも絶対必要。アートが理解できない人間は幹部になるべきでない。会社を指導していく立場にあるべきでない」

メニコン取締役兼代表執行役会長CEOの田中英成氏

2000年に40歳の若さで2代目社長に就任して以降、「メニコンスーパーコンサート」をはじめとして、文化事業にも積極的にかかわってきた。2012年には本社社屋を改修し、美術展示スペース「ギャラリーMenio」や多目的ホール「HITOMIホール」を開設。さらに2023年、オーケストラピットを備えた本格的な芸術劇場「メニコン シアターAoi」をオープンさせた。

愛知県名古屋市の文化芸術活動を支援する組織「クリエイティブ・リンク・ナゴヤ」の理事長も務める田中氏に、企業が文化事業に注力する意義や、思い描く名古屋市の未来について聞いた。

お金があるからやるというものではない

JR東海の中央本線と市営地下鉄が乗り入れる千種駅から徒歩数分、江戸時代より名古屋を代表するメインストリートであり続ける広小路通(ひろこうじどおり)沿いに、メニコン シアターAoiはある。地元食材を使用した料理などを提供するカフェが併設された1階シアターロビーには、ストリートピアノが備えられ、定期的に入場無料のミニコンサートも開かれる。

 広小路通から見たシアターAoi

そんなまちに開かれたシアターAoiは、客席数301席とコンパクトながらオーケストラピットも設けられているというから驚きだ。舞台上の昇降装置「セリ」などの機構も備えられ、まさに利益を度外視してでも上質な鑑賞体験を提供したいという劇場側の心意気がうかがえる。

「たしかに劇場建設は想定以上にお金がかかりました。でも文化というのは、お金があるからやるというものではない。お金のあるなしにかかわらず、どのようにして文化とかかわることができるか考えること。それだけで人生の厚みが変わってくると私は信じています」

自身も脚本家として活動し、ラジオドラマなども手掛ける田中氏は「自分が使いたくてつくった部分もあります(笑)。2012年のHITOMIホール開館のときは未上場だったのでやりやすかったですし」と笑いを誘うが、決して趣味道楽と侮ることはできない。バブル崩壊後の経営を立て直し、2015年には晴れて東京証券取引所市場第一部に株式上場を果たしていることは、経営を疎かにしてこなかったことの一つの証左といえよう。

結果として社会貢献になっている

「ビジネスである以上、持続可能でなければならない」と釘を刺す田中氏が、ここまで文化に注力する理由とは何なのか。その答えの一つが美術展示スペース「ギャラリーMenio」にあった。「ものづくりの原点に触れるアートスペース」と謳う同スペースでは、創業者一族による彫刻などの作品群も展示されている。田中氏によれば、メーカーとして「よりよいものをつくりたい、お客様に届けたい」という「ものづくり」の姿勢を訴える場だという。

「企業理念というのも文化の一つ。それが社員一人ひとりに浸透しなければ受け継がれていかない。受け継がれるということは歴史なのです。それは創業とともに始まったわけではなく、それ以前から、もっといえば日本文化にも深く通じている。アイデンティティということです。文化を知ることで、自分自身の成り立ちやあり方を発信できるようになる。それは最高の営業ツールでもあります」

どれだけテクノロジーが発展しても、根本に横たわるのは人と人の関係である営業において、商品の細かなスペックを詳述することよりも大切なのは互いを信頼し合えることだと田中氏は力説する。メーカーとして、自らが背負う文化について理解してもらうことができれば、その「アイデンティティ」が反映された製品のよさは自ずと相手に伝わる、と。

「どんな小さなことでも構わないので、自分たちはこういうことを大事にしてきたと誇りを持って語れる。そういう人は嘘をつかないと私は信じています。だから自分たちの文化を知る場をつくりたい、シアターやギャラリーはそういう目的でやっています。いわば企業としてのメッセージ、PRであって、大上段から『社会貢献をしてやろう』などと思っているわけではありません。結果として社会貢献になっているということでしょう」

劇場は人々に勇気を与える場

「信頼関係を築くためには、自分の文化を知ってもらうことと同時に、相手の文化についても知ろうとすることが大事です。だから社内ではワインエキスパートの資格取得を推奨しています。ワインを勉強することはそのエリアを勉強すること、歴史を勉強することでもあります。その土地の歴史を学ぶことは、世界に製品を販売していくうえで大きなことです」

突飛な話に聞こえるが、たしかに土地の個性「テロワール」が重視されるワインは、その地域の風土を体感として学ぶのに適しているのかもしれない。「本当は私がワイン好きだから社内にワインエキスパートがいたら便利だなという話なんですけどね(笑)」。強固な意志を感じさせる面持ちで熱心に理念を語る田中氏だが、このように冗談めかす気さくな一面ものぞかせた。

他者の文化を知るのにも劇場はうってつけだろう。シアターAoiは、目指すものとして「かかわるすべての人が『自分が主役』と思える場」というテーマを掲げており、障がいを持つ人や外国語を母国語とする人にも劇場体験を楽しんでもらうことを長期的な目標としている。障がいを持つ人についても、相手の立場で考えることが大事だと田中氏は強調する。

「先日、視覚と聴覚に障がいを持つご夫婦を招いて、社員向けに講演をしていただきました。お二人は互いの知覚を補完し合って生活しているのですが、『障がいがあるから出会うことができた』と、障がいを非常に前向きに捉えていて感銘を受けました。シアターAoiでは『すべての五感で”みる”』ということをコンセプトにしています。たとえば視覚や聴覚を失ってしまっても、それで落ち込んでしまうのではなく楽しんで生きてほしい」

障がいのある人のための公演は「まだまだこれから」と振り返りつつも、将来的には聴覚障がい者に向けたコンサートなどを考えられないかと思案しているという。視力を補正するコンタクトレンズのメーカーであるからこそ、視力や聴覚を失った人の人生にも寄り添おうとする誠実な態度といえるだろう。「劇場は、そういう方たちにも勇気を与えることができるかもしれません」と、希望を込めて田中氏は語った。

あちこちから子どもたちの楽しい声が聞こえてくるまち

「文化のあるところに人は集まる。人が集まるとまちができて、まちは文化を生み、文化が人を育む。だから文化は、なくてはならないもの。」

そのように田中氏が語るとき、文化という言葉が指し示すのは、自分自身の歴史を学び、相手の立場を慮る姿勢のようなものだろう。だからメニコンが文化を重視するのは、まちのため、人のためでもある。名古屋市の文化芸術活動を支援する組織「クリエイティブ・リンク・ナゴヤ」の理事長を務める田中氏へのインタビューの締めくくりに、一企業としてではなく、名古屋というまちの理想についても尋ねてみた。

 シアターロビーにて

「子どもたちが文化を身につけられるように、やはり教育に熱心なまちがよいですよね。それは学校の成績という話ではありません。私自身も美術や音楽の成績はよくありませんでした(笑)。そうではなくて、子どもたちが五感を使ってのびのびと遊べるまち。あちこちから子どもたちの楽しい声が聞こえてくるまち。そういうまちが理想です」

まちが大切にする文化によって子どもたちが伸びやかに育まれていく。そうして生まれるのは、互いの文化を尊重し、人と人とが信頼し合えるまち。それが、メニコンが「みる」未来なのだろう。

取材を終えて

取材に際して、シアターAoiでの公演を鑑賞する機会を得た。演者の息づかいまでもが肌で感じられるような空間での贅沢な体験は、まさに五感を刺激されるようだった。「クリエイティブ‧リンク‧ナゴヤ」の理事長あいさつとして田中氏は「経営の根幹はマネジメントであり、またデータを分析するサイエンスでもありますが、カルチャーも非常に重要な要素」と述べている。単なる芸術礼賛でもなく話題づくりでもなく、文化の必要性を理知的に評価する態度はインタビューでも強く感じたところだ。業界トップの一流企業を率いてきた経営者の発言として、非常に頼もしく思う。


メニコン株式会社/公益財団法人メニコン芸術文化記念財団】
取材日:2023年12月27日(水)
取材先:株式会社メニコン本社(愛知県名古屋市中区葵三丁目21番19号)


メセナライター:清水康介(しみず・こうすけ)
ウェブメディア『タイムアウト東京』にてエディター/ライターとして、アート記事を中心に担当。退社後はフリーランスとして、レビューサイト『RealTokyo』の編集業務や、NPO法人スローレーベルの賛助会員向けコンテンツの記事執筆などを手がけるほか、ウェブサイトの制作や舞台作品の演出助手など、頼まれるまま色々と手を出しています。

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