北九州芸術劇場は、北九州市の都市計画・都心構想に基づいた再開発事業の文化拠点として、2003年8月開館しました。
私は、1997年度から2006年度まで10年もの間、市職員としては異例のことでありますが、(財)北九州市芸術文化振興財団への出向も含め、開設準備から開館・運営まで、北九州芸術劇場とともに歩むことができ、とても貴重な体験ができたと思っています。
1998年10月「トヨタ・アートマネジメント講座(演劇セッション)」(/tam/series/17/)の北九州市での開催は、北九州芸術劇場の開設準備2年目にあたり、事業運営計画の本格的な作業が始まった時期でした。
本講座では3本のパネルディスカッションが開催され、その中の『ホールを育てる(地域における公立ホールの役割』の内容が、開設準備のあり方を振り返り、見直す契機となりました。
コーディネーターの草加さんから『ハードウェア』『ソフトウェア』『ヒューマンウェア』の<三位一体のバランス>というテーマが提示され、再開発事業ということから建物先行の施設づくりを急ぎ過ぎていないか、という反省もありました。
また、事業中心の具体的なアクティビティの内容をどうするのか、そのための人材や組織づくりをどうするのか、といった取り組み課題も整理されました。
当時は、市の内部で他都市の事例調査を中心に劇場計画を進めていたのですが、その限界から運営・経営を担う専門的な人材としてプロデューサー制の導入と具体的な人選を行いました。
2000年から津村プロデューサー(現館長)を中心に事業計画・運営母体の検討、そして劇場のミッションを具現化してゆくため、『「(仮称)北九州芸術劇場」事業計画書』がまとめられました。
『芸術を活用して地域貢献を行う21世紀型の公共劇場』という、北九州芸術劇場の役割・位置づけが明確になり、『長期ビジョンの展開内容』で10年間の具体的なアクティビティと事業目標が示されています。
本講座の意義は、劇場が地域にあることの意味を考える機会と、行政を含む地域と劇場の専門家との出会いづくりにあったと思います。
それは人材の流出という地方都市に共通の悩みをよそに、この劇場では舞台芸術のUターン、Iターンも生じています。高いレベルの人材とノウハウが劇場に持ち込まれ、それが地元の演劇関係者にも伝授され、良質なプロデュース作品の公演につながっています。
また、多彩な鑑賞事業、ワークショップやアウトリーチなども通じて、地域文化の振興はもとより、教育や福祉といった分野にも大きく貢献し、地域に立脚した公立劇場のあり方を提示したということで、平成20年度のJAFRAアワード(総務大臣賞)を受賞することもできました。
現在では、この劇場で公演することが、劇団にとってのステータスにまでになっています。
(劇場についてでご確認できます。)
北九州芸術劇場
北九州市小倉北区の中心部、紫川や小倉城、勝山公園など、緑豊かな自然と歴史に囲まれた、複合商業施設「リバーウォーク北九州」。
北九州芸術劇場は、「リバーウォーク北九州」の高層階にあり、大・中・小3つの劇場、創造工房、芸術文化情報センターがあり、文化を創造し、街ににぎわいを作りだしています。
リバーウォーク北九州の外観
北九州芸術劇場は、リバーウォーク北九州の6Fに位置しています。
建物の外観に使われている色彩は、日本の伝統的色彩美の融合を表し、「茶色」は大地、「黒」は日本瓦、「白」は漆喰壁、「赤」は漆、「黄色」は収穫前の稲穂を表現しています。
学芸事業 エンゲキで私イキイキ、地域イキイキ 公演「冬の盆」
平成21年よりスタートした3年プロジェクト「エンゲキで私イキイキ、地域イキイキ」は、1年目に"より多くの人と出会う"事を目標にワークショップを、2年目は"出会った人が一緒に創作してみる"という事を目標に7日間でミニ作品創りをしました。そして3年目は、演出家・多田淳之介氏と参加者が枝光北市民センターで約3ヶ月の時間をかけて演劇作品を創ります。じっくりゆっくり3年かけて紡いできた地域との関わりを盆踊りに絡めて皆さまにお届けします。
「冬の盆」、新しいけれど、なんだかとても懐かしい...有形無形の想いがつまった劇場空間をお楽しみください。
北九州芸術劇場プロデュース/市民参加企画
合唱物語「わたしの青い鳥2011」
撮影:藤本彦
合唱物語「わたしの青い鳥」は、メーテルリンクの不朽の名作のストーリーにオリジナルの詞と曲をつけ、ワークショップに参加して練習を重ねてきた、市民の皆さんの合唱で綴っていくものです。
この物語には、さまざまな人たちのストーリーが詰まっています。 さぁ、あなたも"幸せの青い鳥"を探しに、一緒に旅に出かけてみませんか?
(2012年7月12日)