アートマネジメント温故知新
~いま、現場のデザイン力を高めるには
ネットTAM開設20周年記念 大座談会
先般、「ネットTAM開設20周年記念 大座談会」という企画に携わらせていただくという、大変光栄な機会を頂戴いたしました。異なる三世代がそれぞれに集い語る3つの座談会で司会を務めさせていただいた私は、あらためてネットTAMのレガシーを感じ、アートマネジメントの現場を俯瞰する場をいただいた気がします。
まず、オリジナルTAM世代と称した座談会では、ネットTAMの前進であるトヨタ・アートマネジメント講座でディレクターを務めた一同が久しぶりに集まりました。全国でアートマネジメントを広め考える場が20世紀の終盤に生まれた背景やその後の変遷などを語り合う中で、当時の状況などを振り返り、なんだか若い人たち向けの昭和の熱血歴史講座みたいになりました。
つづいてアラフォー世代に集まっていただいた中堅世代の座談会では、そろそろ現場の責任を担う時期となりつつあるみなさんが、それぞれにネットワークを広げる工夫や、現場を背負っていくうえでの気持ちの持ちようのコツなどを語り、頼もしさがにじみ出る会となりました。次世代の成長に私もなんだかほっとすることができました。
最後の若手世代の座談会は、大変な現場に足を踏み入れてしまったことを痛感しているはずのみなさんですが、それぞれに足取りがしっかりしていて、現場の理不尽さをむしろ笑って受け止める明るさに救われるような気がいたしました。アートマネジメントに挑むしなやかさとたくましさが未来を感じさせます。まぶしい笑顔は、ぜひ動画でチェックしてください。
それぞれの座談会の詳しい内容は、ネットTAMのウェブサイトからテキスト・アーカイブや記録動画でご覧になれます。アートマネジメントの過去・現在・未来を読み解く「大座談会」をぜひご覧いただければ幸いです。
01 はじまり〜オリジナルTAM世代
座談会レポート アーカイブ動画
オリジナルTAM世代
左から、熊倉純子、岡部修二さん、森司さん、西巻正史さん、市村作知雄さん、若林朋子さん
02 いま〜第一線で活躍する中堅世代
座談会レポート アーカイブ動画
中堅世代
左から、武田知也さん、田村かのこさん、吉田武司さん
03 これから〜未来を切り拓く若手世代
座談会レポート アーカイブ動画
若手世代
左から、西村聡美さん、冨山紗瑛さん、安藤行宥さん
ピアレビューのすすめ
しぶとく懲りずにアートマネジメントに携わるオリジナルTAM世代、頼もしい中堅世代、笑顔まぶしい若手世代と、「大座談会」からは現場のしたたかさと明るさが感じられますが、実際の現場はどうなっているのでしょう?
後日お話をうかがう機会のあったオリジナル世代の森司さん(現アーツカウンシル東京事業部事業調整課長)からは、「コロナ禍を経て、現場が経験を失っている」と厳しい状況認識をうかがいました。「企画・広報・運営のいずれも弱くなっていて、特に参加の仕方のデザインが急務の課題」とのこと。「どんな現場にしたいのか、お客様に何を体験として持ち帰っていただきたいのか、イメージする力」を強化するには、どうしたらいいのでしょうか?
私も森司さんも専門はアートプロジェクトという分野ですが、この分野でおすすめしたいのが「ピアレビュー」という手法です。アートの現場は公共文化施設でもアートプロジェクトでも人手が十分ではなく、自分たちの事業を回すことに精一杯なのが常ですが、少数精鋭のスタッフたちは自らの現場に意識を集中せざるを得ず、視野がどうしても閉じてしまいがちです。そうした中で、意識を外に開く機会を設けるのに有効なのがピアレビューです。ピアレビューとは、同業他者による相互評価のことですが、自分たちの現場に似たよその現場に声をかけて、お互いの比較をしてみると、相手が自分の写し鏡のようになって、自分たちがどんな現場を志しているのかが、案外明確に見えてきます。事業や運営方法をすべて比較するには膨大な時間が必要となりますが、どのような人たちをターゲットと考え、どのようにお客様の体験をデザインしているのかなど、比較するポイントを絞ってピアレビューをすれば、2,3回の話し合いでも見えてくるものがあるはずです。
公共文化施設など、さまざまな職員の人が働く現場でももちろん可能な手法ですが、こぢんまりとしたチームで企画から運営までのすべてを担うアートプロジェクトでは、「ピアレビューやってみようか」という合意形成が容易なので、より取り組みやすいのではないでしょうか?
熊倉純子・槇原彩(編著)『アートプロジェクトのピアレビュー:対話と支え合いの評価手法』水曜社、2020年。
キュレーションへの熱いまなざし
最後に、大変な現場で日々奮闘するアートマネージャーのみなさまへのエールを込めて、少しだけ明るい話題を提供しましょう。
2年前から東京藝術大学キュレーション教育研究センターでは、藝大生と社会人がともに学ぶ「社会共創科目(公開授業)」を開設しています。これが社会人のみなさまに大きな反響を呼んでおり、オンラインで受講できる科目のなかには、約200人におよぶ受講者がいる授業もあります。対面で実際にワークショップの現場や展覧会設計をおこなう科目も、藝大生たちがやや気圧されるほど、社会人の受講生の熱意は高いのです。受講する社会人の方々は、企業、行政、医療従事者、福祉関係とさまざまな職種からのご参加で、既定の出席回数を達成して修了証を受け取る人の割合もとても高いです。こうした受講生のみなさんは、アートの専門職の人ももちろんいらっしゃいますが、大半が非専門家で「アートは初めてだけど、とても興味がある」という方々です。
東京藝大キュレーション教育研究センターによる社会共創科目「現代美術キュレーション概論」の2023年度受講生の集合写真 写真:冨田了平 写真提供:東京藝大キュレーション教育研究センター
数字や論理で実証できる認知的価値は、存外、誰が考えても似たような思考回路となってしまうため、さまざまな分野で非認知的な価値への関心が高まっていることが背景にあるように思われます。
現場で奮闘するアートマネージャーのみなさん、いま社会の関心はかつてない高まりを見せていて、みなさんの現場を訪れたい、できればスタッフとして参加してみたいという層は確実に増えていると思われます。ぜひ、そうした人びとに向けた「体験のデザイン」を心がけてみてください。
(2025年1月28日)