個々の語りから「アートマネジメント」を描く
「ネットTAM開設20周年を振り返る企画を考えてみて。若手の視点で!」というオーダーは唐突に降ってきました。ネットTAM事務局の方々が集まる打ち合わせでのことです。たまたまその場に居合わせていただけの私は、同席していた熊倉純子先生から出された突然の宿題に若干困惑しました。
というのも、記念企画ということなら、ひよっこの私ではなくほかに適任者がいるのではないかと思ったからです。しかし、その場で断ることもできず、「考えてみます。」とひとまず答えました。それから企画したのが「大座談会 アートマネジメントのはじまり・いま・これから」です。
アートマネジメントに身を投じてみたら
ネットTAMは、私がアートの現場に足を踏み入れる前から、数えきれないほど利用してきたサイトです。海外の大学で学びながらアートの裏方の仕事に夢を膨らませていたころ、日本在住の知人に教えてもらったのがネットTAMでした。日本から遠く離れた地でも、日本のアートの現場知や最新トピックに触れられるサイトとして、ネットTAMを度々覗いていました。
そして、ネットTAMを通じて、アートの現場にはアーティストやキュレーター以外にもさまざまな専門家がいるらしいということを知ります。その後、アートマネジメントを専門的に学ぶべく大学院に進学し、実践と研究の両方からアートマネジメントに関する経験を少しずつ積んできました。
ところが、現場に邁進すればするほど、アートマネジメントという職能のプレゼンスはどうやら低いようであるという実感が強まっていきました。私のまわりには、自覚のあるなしにかかわらず、アートマネジメントに奔走している人が少なからずいます。しかし、その業務の守備範囲の広さや役割の重要性が、現場レベルでも見落とされているのではないかというもどかしさを徐々に抱くようになりました。
なぜ「大座談会」なのか
アートマネジメントとは、単に現場で使い回される雑用係なのではないかとシニカルになっていた時期に、この企画の話が転がり込んできました。正直にいうと、はじめにいただいた「アートマネジメントの過去・未来・現在」という大きなお題に気後れしました。なぜなら、両手で数えられるほどの現場歴しかない私は、アートマネジメントの過去や未来へのアプローチを考えるどころか、「アートマネージャーの地位が低い」という現在にすっかりやさぐれていたからです。
そもそも私が日々悪戦苦闘しているアートマネジメントとは、どのような現場の積み重ねのうえに必要とされてきたものなのか。そして、これからどこに向かうことができるのか。それらを知りたがっているのは、ほかの誰でもなく自分自身なのではないかとふと思いました。一人で考えられることは有限です。だからこそ、遠くや近くにいる現場の人々の声を借りて、埋もれかけた自分なりのアートマネジメント像を掘り起こしたい。そのために、漠としたアートマネジメントなるものに縦串と横串を差すように、さまざまな角度からヒントを聞く機会があればと「大座談会」を提案したのでした。
大座談会を設定するにあたり、できる限り幅広い世代かつ多彩な経験を持つ方々にお声がけをしました。そして、僭越ながらも、一筋縄ではいかない現場でどのように汗をかき、何に悩んでいるのかというリアルな声をうかがいたいとお願いしました。アートマネジメントの理想や重要性そのものを叫ぶのではなく、絶え間ない現場の日々をしたたかに、それとなくうまくやっていく技を知りたかったのです。
大座談会は、大変幸運なことに、私がぜひともお話をうかがいたいとお声がけした全員からご出演をご快諾いただけました。1990年代に一早くアートマネジメントの必要性を感じ、TAM講座を立ち上げ運営されてきた「はじまり~オリジナルTAM世代」、数々のプロジェクトを経て独自のキャリアを築いてこられた「いま〜第一線で活躍する中堅世代」、私と同世代であり孤軍奮闘されている「これから〜未来を切り拓く若手世代」という3部構成で、12名それぞれが過ごしてきた時間や出会い、悲喜こもごもについて率直にお話いただきました。
道なき道をサバイブするつなぎ手たち
各パートの内容は、詳細なレポートとほぼノーカットの動画をぜひご覧いただきたいのですが、それぞれの語りからは、「アートマネジメント」を一概には定義できない豊かさが垣間見られました。オリジナルTAM世代の方々は、真っ新な地にアートマネジメントの種を撒き、全国各地で水を注ぎ続けてきました。TAMメンバーによって語られた約30年前と今を比べると、アートマネジメントを取り巻く環境が着実に変化してきたという明るい兆しを見出すことができます。
そして、ようやく芽が出た大地の上で、中堅世代のみなさんは人と人とを媒介する術を体当たりで試行錯誤されています。特に印象深かった3人の共通点は、ゆるやかなつながりを組織しながら、点ではなく面で活動を広げようとするしなやかさです。目の前にある追いかけたい背中として、今後も中堅世代の動きに注目していきたいです。
最後に、地中で必死に養分を蓄えている若手世代の声にもフォーカスする、というのがこの大座談会のちょっとしたチャレンジであったことを述べておきます。ネットTAMの執筆者一覧にはまだまだ見受けられない世代ではありますが、若きアートマネージャーたちは各地でひっそりと、しかし確実に自分なりのノウハウをこしらえています。
企画立案や進行管理、各所との調整、広報、会計、時には力仕事まで...アートマネージャー一人がいくつもの業務を担うことは珍しくありません。それでも、彼/彼女らが、決して容易くはない現場に挑んできたのは、見たい景色や想像もできなかった出来事が、アートを通じてなら開かれるかもしれないという予感をどこかで信じているからではないでしょうか。そして何よりも、その予感をアートマネージャー自身が楽しんでいるのかもしれません。それぞれに異なる語りを聞きながら、私がアートマネジメントの門を叩いたときに抱いていた高揚感を久々に思い出したのでした。
今回の大座談会でお話をうかがえたのは12人でしたが、今日のアートマネジメントのあり様は個々のストーリーの数だけ存在しているように思います。引き続きアートマネージャーたちの言葉や経験が持ち寄られ、それが連鎖したりしなかったりしながら、これからの20年もアートマネジメントの道程が脈々と続いていくことを願っています。