「コミュニティーアートとしての演劇--横浜から新しい波は起こせるか」と題して1998年に横浜でトヨタアートマネジメント講座vol.16を開催して、もう9年も経ってしまいました。10年一昔といいますが、今回事務局から講座開催のその後を書いてみませんかとお話しをいただき、ああ、もう9年も経ったのに新しい波は起こせたのだろうかと改めて考えてしまいました。
この機会ですから私が関わってきた演劇に関することを振り返ってみたいと思います。
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ASKワークショップ @上矢部高校 (2002.5.26) |
セッション2日目のシンポジウム「演劇を育てる」でも触れた教育の中での演劇の取り組みに関して、2000年から横浜市高等学校演劇連盟の先生たちと、教育の中に演劇を取り入れていくには何をしなければならないのか、まずは勉強会から始めました。しかし参考図書も少なく、そのような指導をしてくれる人がどこにいるのかもわからないというまったくの手探り状態でした。芸団協や世田谷パブリックシアターなどそのような活動をしているところから細い糸をたぐり寄せ、講師をお願いし、ワークショップを受けるということが始まりました。とにかく先生たちにさまざまなワークショップを経験してもらわなければなりません。学校の現場では外部講師を呼ぶなどという予算はごく僅かです。担うのは先生たち自身です。先生たち自身がさまざまなワークショップを指導できるように多くの経験を積む機会を作らなければなりません。
これはまさに今の日本の現状を表しているのではないでしょうか。ファシリテーターとして研修を受ける機会がまだまだ少ない。海外で研修を受けた人からの事例報告などはあちこちに聞きに行きましたが、この日本の現状の中で実施するにはどうすればよいのか、そこまでの研究をして、指導のひな型を示し、実践の機会を増やしていくことが必要ではないでしょうか。
私たちは、2003年夏休みに連日集まり、一つのひな型として年間のカリキュラムを作りました。これがこのまま実践に耐えるものなのかまだわかりませんが、試行錯誤の中一つ一つ実践していくことで、指導の方法が見えてきて、教育の中に演劇が取り入れられていくのではないかと思っています。大事なことは私たちは芝居を創ることが目標ではないということです。子供たちが自分を表現できない、相手の気持ちを読みとることができない、コミュニケーションすることの難しさを日々実感しているのが現場の教師です。表現教育(コミュニケーション教育)の確立が今問われているのではないでしょうか。
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シンポジウム「表現教育の可能性を探る」 @神奈川県民サポートセンター (2004.3.6) |
教育界の中ではゆとり教育が叫ばれ総合学習という新しい取り組みが始まっていました。これは演劇を教育の中に取り入れるには一つのチャンスでもありました。私たちも2005年には文科省の進める地域子ども教室推進事業を受託し、横浜ボートシアターのメンバーが市内の小学校で一年間週2回、約60回、放課後の学校で「ゲキアソビ」と題して子供たちに演劇的な要素を取り入れた遊びをする中で、コミュニケーションすることの楽しさを経験する機会を作りました。
一方、神奈川県では総合高校という新しいタイプの学校で、選択制ではありますが、多くの学校で演劇が授業の一つとして取り入れられ、各校の先生たちが待ったなしで実践を求められています。しかし文科省の中ではそのゆとり教育そのものがまた見直されようとしています。私たちは人間教育として演劇の果たす役割は大いに有効であると確信しています。2000年頃と比べれば各地に同じ思いで取り組んでいらっしゃる方が見えてきました。皆さまそれぞれに地域で活動されていたのだと思います、ネットワークの大切さが実感されます。
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横浜ボートシアター「仮面ワークショップ」 @東鴨居中学校 (2004.3.13) |
私は1981年から小劇場系の演劇を横浜で公演することを企画してきました。そのような活動の中で横浜ボートシアターと出会い、木造船の小さな空間が演劇空間として大きな空間に変貌していく感動を味わいました。その木造の船劇場も1995年には老朽化で沈没してしまい、1996年から「横浜ふね劇場をつくる会」の設立に関わり現在事務局長をしています。この活動の中で演劇のあり方、劇場のあり方をさまざまに検討する中で、演劇と教育の結びつきが重要ではないかと思い、高校の先生たちとの活動が始まったのです。
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ふね劇場 ©古屋 均 |
2001年には鋼鉄の艀を改造したふね劇場を作り、横浜ボートシアターの創立20周年公演「王サルヨの婚礼」を実現させました。このふね劇場を日常的に使用し、演劇を創るだけでなく、ワークショップやセミナーを開催し、ふね劇場が地域のコミュニティーアートセンターとして機能することが大きな夢ですが、いまだに実現できません。船ですからどこかの岸壁に係留しなければ使用できませんが、横浜市から変わらず言われているのは、岸壁は公共施設である、特定の団体に占有許可を出すことはできないというたった1行の文言です。イベントとして短期間の使用なら許可は出ますが、日常的な使用にはまだまだお役所の壁は厚く高いです。これまで全国の方から10,744,377円の基金が寄せられています、この皆さまのご支援に応えるためにももう一踏ん張りをしなければなりません。
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横浜ボートシアター20周年公演 「王サルヨの婚礼」 ©古屋 均 |
アートマネジメント、アートNPOと新しい波が全国で起こっています。しかし人材不足、資金不足と戦っているのが全国の多くの皆さまではないでしょうか。横浜から新しい波は起こせたのか、あまり自信はありませんが、これからもがんばっていくしかありません。
全国の皆さま、さらなるネットワークが生まれることを願っています。またその仲立ちをネットTAMが担っていかれることを期待します。
(2007年7月17日)
一宮 均
PAW YOKOHAMA代表/横浜ふね劇場をつくる会事務局長
1951年愛媛県大洲市生まれ。81年から小劇場系の演劇を横浜で公演するというプロデュース活動を主宰。92年アジアをテーマにした演劇祭(PERFORMING ASIAN WAVE)を開催したときからPAW YOKOHAMAを名乗る。最近では演劇の公演よりも、演劇と社会の繋がりをどうやって創るか、いわゆるアートマネジメントの活動の方が大きくなっている。
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