ネットTAM

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アートマネジメントの未来をつくる

~舞台芸術制作における人材育成と働く環境づくり~

特定非営利活動法人Explat

舞台芸術の縁の下の力持ちである舞台制作者。今回はその強い味方となるExplatさんの活動に注目しました。活動開始から間もないNPO法人ですが、その設立コンセプトから実施事業にいたるまで、細部にわたりよく考えられ、制作者の環境の抜本的改善に取り組んでいます。理事長であり、制作現場でご活躍中の植松侑子さんにお話をお聞きしました。

特定非営利活動法人Explat 理事長 植松侑子さん
特定非営利活動法人Explat
理事長 植松侑子さん

Explatの設立の目的を教えてください。

植松:Explatの最大のミッションは、舞台芸術制作者を中心とした芸術のマネジメントにかかわる専門人材が自身の仕事に誇りを持ち、心身共に健康で、生涯の仕事として続けられる労働環境をつくることです。「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律(劇場法)」には、劇場の中に舞台芸術制作を専門とする人材を置くことが明文化されており、文化庁の「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第4次基本方針)」でも、舞台芸術制作の人材を育成することの重要性がうたわれています。アートマネージメントを学ぶ大学や学部が増え、人を育てる環境は整いつつありますが、一方でその人材が実際に仕事に就いて働き続ける環境はまだ整備されたと言える状況ではありません。Explatは、仕事を続けられる労働環境をつくることこそが真の意味での人材育成であるという共通認識のもと、何が必要かを考えながら活動しています。

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主な活動のひとつである就労支援について、細やかな求人情報を提供されていますね。

植松:最初は、Explatが制作者を派遣するという人材バンク型のアイデアがありました。実際に、短期のイベントなどにExplatから制作を派遣してほしいという要請も、設立当初はありました。しかし、人材バンクの形を取らなかったのは、組織は新陳代謝して発展するものだという考えがあったからです。新しい人が入って、育って、卒業する、これが組織のあるべき形です。育てる部分を放棄して誰かに任せ、育った人だけを入れる、ということをしていくと、組織、ひいては業界の新陳代謝のシステムが崩れてしまいます。人を育てるのは組織の使命で、人材育成はそれぞれが責任を持ってやるべきだと自覚してもらわなければ、業界自体が先細りになるという危機感もありました。
一方、求人情報は設立当初から扱うことにしていました。もちろん、ネットTAMのキャリアバンクも参考にしましたが、ネットTAMは歴史もあり業界で働く人たちは見る習慣がすでにありますから、同じものを立ち上げても意味がありません。ネットTAMがさまざまな職種を幅広く網羅しているプラットフォームであるのなら、Explatは違うものを提供しようと、内容を吟味しました。そこで、応募する前に感じる悩みや迷いが解消されるよう、インタビュー形式でより細かな情報を掲載することにしました。応募する側は自分の希望に合っているかどうかを事前に知ることができますし、募集する側も、採用してから短期間で辞められてしまうといったリスクを減らすことができます。お互いに理解しあってから働き始める環境を提供しようと、この形になりました。
この延長で職業紹介事業をやるかどうかも検討しています。広く告知する公募形式の求人以外に、特定のスキルを持つ人を募集している場合もあります。こうした人材を自力で見つけられない場合、いまは口伝えで探し出している状況にあります。そこで、Explatが窓口となり、組織側の「こんなスキルを持つ人がほしい」という求人情報と、フリーランスや転職希望者の「こういうスキルを活かせるところはないか」という求職情報を幅広く溜められれば、お互いが望む形のマッチングがサポートできるのではないかと考えています。ただ、これは本当にニーズがあるかをもう少し慎重に検討する必要があるとも思っていて、現在、法人として有料職業紹介事業の資格を得るための要件を整えながらExplat内部で議論を重ねています。
Explatとして重要なのは、業界の未来を先読みし、必要となる情報を先手を打って伝えていくことです。例えば労働環境に関して、改正労働契約法が施行され、1年契約であっても契約を更新し、5年続けた時点で、本人が申請すれば無期雇用に転換できる制度ができました。しかし、この制度は諸刃の剣で、無期雇用に転換できる人もいれば雇い止めになってしまう人も出てくる可能性があります。働いている人の多くが有期雇用であるこの業界にとっては大変な問題なのですが、この法律を知らない人も多いので、Explatのウェブサイトでは改正労働契約法に関する情報を掲載し、実際に何件か具体的な相談も受けています。また、2015年に文化庁が「地域版アーツカウンシル」に発展する可能性のある制度を提唱し、2016年には自治体が応募できる助成金の枠組みを発表したとき、Explatでは、発表されたその日に文化庁の担当者を招いたシンポジウムの開催をアナウンスしました。このように、いち早く業界の流れを読んで先に動くことができるのも、身軽で中間的な団体だからだと思います。さまざまな情報をいち早くかみ砕き、業界内でどのように利用できるかを紹介していくことも、今後の重要なミッションだと感じています。

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調査・研究に関してはどのような活動をしていきたいとお考えですか?

植松:今年から業界全体を「見える化」していくことに取り掛かりたいと思っています。アート業界にはさまざまな組織があり、公立の施設や実演団体で働いている制作者に対しては、団体ごとに調査・研究が行われていますが、フリーランスや兼業している人やアートNPOに関しては、調査すらありませんでした。人を育てるために具体的な数値目標を掲げようにも、フリーランス、NPO、若手の劇団なども含めた業界全体の平均年収や、年代構成、産休・育休をどのぐらい取得しているかなど、全体を把握できる情報やデータはまったくと言っていいほどありません。業界の「見える化」に取り組めば、具体的な目標ができ、それに対する改善策を立てることが可能となります。こうした流れが人材育成につながると考え、アンケートなどを活用して今年から進めていきたいと思っています。

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他に、今後の事業展開について教えてください。

植松:業界全体の知恵袋のようなものを立ち上げたいと思っています。業界の労働環境が良くないのはなぜかと突き詰めていくと、組織や個人が持っているノウハウが業界で共有されていないことにも原因のひとつがあるのではないかと考えました。オープンソースで活用できるものが少なく、それぞれがゼロからの作業となり、無駄な時間がかかっているのです。各自が持っている情報を共有化することで、実務の効率化をバックアップすることができます。さまざまな立場で働いている方々の意見を集め、みんなでブラッシュアップしていくようなシステムにしたいと思っています。
Next」と合同で「今後の企画のためのアンケート」を行ったとき、現場で働いている方や学生、兼業している方などから140件ほどの回答を得ましたが、回答者のうち85.5%が「自分が持っている知識や情報を共有したいと思うか」という設問に「はい」と答えていました。自分が苦労したことやうまくいった経験を共有したいという思いや、うまくいかなかった場合にどうすればよかったのかを訊ねたい、という思いもあるようです。オンラインでつながる場をつくることは有効だと感じました。
同時に、オフラインで業界外とつながる場もつくっていきたいと思っています。そこでは、共通の問題認識を設定します。例えば、日本全国で増えている「空家」をキーワードにすると、既に空家で公演をしている劇団や、空家活用を目的としたプロジェクトを立ち上げているNPO、自治体や企業も興味を持つかもしれません。そうしたキーワードを設定することで、集まってきた人たちが有機的につながり、話を膨らませる場をつくることができるのではないかと思うのです。「食とダンス」など、いろいろなテーマが考えられますし、Explatは企業とのネットワークも開拓しているので、具体的に制作者を外の社会とつなげる機会が増やせるのではないかと思っています。

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今後の展望や夢をお聞かせください。

植松:将来的に、Explatがミッションを実現して解散すること、つまり、こういう組織が必要ではなくなる社会になることが、私たちの一番の夢です。Explatのミッションは事業を継続することではなく、課題を解決することなので、ミッションが実現したときが、役割を終了するときだと思っています。いまは「30代が仕事を続けられること」や「女性が出産・育児をしながら働ける環境を整備すること」が大きなミッションになっていますが、それが実現すると、今度は「退職後の制作者のセカンドキャリアを考えること」といったミッションが出てくるかもしれません。活動をしながら視野を広げて「これだ!」というミッションに辿り着き、それが実現できたときが解散のときだと思います。少しでも早く、この団体が必要ではなくなるときがくると良いなと思います。

2020年のオリンピック・パラリンピックについて、お考えのことはありますか?

植松:2021年以降に何を残していくかが大事です。東京オリンピック・パラリンピックは、業界の構造や生態系を変えていくチャンスだと思っています。単純に事業として何をするかではなく、これを契機に業界のあり方をデザインすることが重要だと感じています。
具体的には、2020年までに育った人材を2021年以降に社会でどう活用していくか、オリンピック関連の仕事が急になくなったときに溢れる人たちをつくらないようにすることです。
Explatとしては、「舞台芸術制作者」「アートマネージャー」を再定義したいと思っています。こうした職業は、知名度が低く専門性が認識されにくいということが、労働環境が良くならない理由のひとつでもあると思います。社会で認知度をあげていくために、業界を開いて社会に出ていく人たちを増やすことは重要です。オリンピック・パラリンピックは、多くの人や組織がかかわる規模のものだからこそ、この業界も「文化」という切り口に限定せず、さまざまな人たちと積極的にかかわるべきだと思います。それには「舞台芸術のため」「作品のため」というような作品至上主義から離れ、俯瞰できる視点を持って一般の方にも通じる視野を持つことも必要かもしれません。作品づくりの場をコーディネートするだけではなく、そうした手法や視点を持つ専門家として社会づくりに参画できるような存在となったとき、彼らの肩書は「舞台芸術制作者」ではないかもしれません。舞台制作という閉鎖的な小さい業界でキャリアをスタートした人材が、地域や日本の社会とのかかわり方を考えられるようになる、そんな流れが舞台芸術を出発点として生まれるとよいと思います。

芸術やアートが社会に対してどのように貢献できるか、その視点が必要ということですね。幅広い分野で活躍する方が、アートマネージャーや制作者のなかから出てくることを期待しています。ネットTAMでも発信のお手伝いができたらいいなと思いました。どうもありがとうございました。

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